新社会兵庫ナウ

おんなの目(2024年3月13日号)
ガザの大虐殺に思うこと

2024/03/13
 去年、ハマスによるイスラエルへの攻撃のニュースを聞いて1861年にオーストラリアで起こったカリン・ラ・リンゴの虐殺を思い出した。
 18世紀以降、英国人入植者による不均衡な交易、搾取、略奪、暴力に耐えかねたアボリジニ先住民が、幼児を含む19人の入植者を殺害した。これを契機にアボリジニに対する徹底的な殲滅政策が始まった。
 大航海時代以降、ヨーロッパ人は先住民を虐殺し、略奪し、新しい国を作った。先住民は病気で人口を減らしたというが、ダイヤモンド博士の著書によると、先住民がヨーロッパ人の病気に弱いと知ると、病人が使った毛布を積極的に先住民に配っていたそうだ。病人の毛布はドローン等の兵器に変わったが、21世紀の今、パレスチナで大航海時代以来の「開拓」を見せられている気がする。
 パレスチナの紛争は、宗教の対立ではなく、先住民に対する侵略とその抵抗の紛争であると捉えている。パレスチナ人は2千年前はユダヤ教徒であり、キリスト教が広まればキリスト教徒になり、イスラム教が広まればイスラム教徒になった。そして3つの宗教が混在し共生していた。ユダヤ教徒の一部は、改宗せず、追い出されたのか逃れたのかヨーロッパに移動した。
 教皇の権力が絶大だった中世ヨーロッパで、キリスト教徒のコミュニティから脱落した人のセイフティネットになったのはユダヤ教徒のコミュニティだったのではと推測する。なのに、ヨーロッパの為政者たちは民衆の不満をユダヤ人に向けさせ、彼らを蔑み迫害した。19世紀後半、国民国家や民族自決の思想が広がる中、シオニズムという幻想をユダヤ人に抱かせ、ヨーロッパから排除するため、中東に押し付けた。移民の国・米国でさえユダヤ人には入国制限をかけた。
 この紛争を解決する手立てになると思われたオスロ合意は、占領強行派イスラエル人によるラビン首相の暗殺で反古になった。ガザの信頼を集めたハマスの創始者ヤースィーンは、度重なる投獄や拷問で足は萎え盲目になっていたが、穏やかで痩せ細って修行僧のようだった。人々に抱えられて移動する姿を映像で見たが、辛酸を舐めたガザの人々が信じてみようと思うのは当然のことと思った。
 今、欧米政府がイスラエルを支持するのは、過去のユダヤ人に対する迫害や虐殺の反省からというのは嘘ではないかと思うようになった。様々な利権のためであるのと同時に、アラブ世界に打ち込んだ楔としてイスラエルを利用するつもりではないかと思う。
 特にドイツは虐殺したロマの人々に対しての謝罪は不十分であるし、また植民地ナミビアでヘレロ人の8割、ナマクア人の5割を虐殺し、ユダヤ人虐殺の雛型と言われた。その謝罪は近年になってからだ。
 アパルトヘイトを克服した南アフリカがイスラエルを国際司法裁判所に提訴した。私は先住民や旧植民地の人々がその尊厳を認められ敬意が払われることを願う。そして「共生する」ということがいかに大事か考えたい。
(OK)