新社会兵庫ナウ

おんなの目(2023年1月18日号)

2023/01/18
『10周年記念誌』作成秘話

 去年、ボランティアとして参加している『中国残留日本人孤児を支援する会の10周年記念誌』が完成し、私はその編集過程に一員として加わった。アイ女性会議ひょうごの機関誌「ウーマンズカレント」を3カ月に1度発行するお手伝いをしている関係から、他人の文章を直したり、手を入れたりすることには慣れているつもりだったが、10周年誌はさまざまな点で違っていてその苦労はけた違いだった。
 構想をまとめて取り掛かったのが2019年。私たちは残留孤児の人たちと毎週のように出会っているが、どこの出身なのか、家族関係はどうなのか、何に一番困っているのかなど何も知らないままだった。実際の姿をまず掴むためにアンケートをとろうと、神戸大学の浅野慎一教授のもとを訪ね、この問題の核心について教えてもらった。そしてアンケート項目だけではどうしても足りない個人の思いも聞きたいと思った。しかし、残留孤児の人から「文章」を集めることは実に難しい。中国語でもいいと言って書いてもらおうとしたが、ほとんどの人は尻込みしがちである。連絡を取り、了解をもらって家まで押しかけ、ようやく話を聞かせてもらえた。
 次に関係者やスタッフの「作文」も集めたが、これがなかなか揃わない。あの人もこの人も過去の人も、とぬかりないように当たっていくうちに、時間がどんどん過ぎて行く。ようやく原稿が揃いかけて、校正にかかったが、これがすべてメールでの作業。どこまで字句修正するのかで意見も分かれ、結局いくら表現に間違いがあっても帰国者さんたちの文章は触らないことにした。
 しかし、聞き取って書いた文章や日本人たちの文は、仮にも「日本語教室」で教えるものとして恥ずかしい間違いはしてはならない。○○さんのこの言い方はわかりにくい、ここはこういうふうに変えるべきではないか、など1か所の変更についても、いろいろ意見が出て数日間を要する。本人の了承も得なくてはならない。
 どういう順番に載せるか、中国名がある帰国者さんの名前はどう読むのか、日本語読みか中国語読みか、五十音順にするためには全員の正確な読み方がわからなければならない。毎週教室に来ている人なら聞くことができるが、来ない人には電話をかけるが通じない(知らない人からの電話には出ない人が多い)。仕方なく往復はがきで読み方を尋ねるが返信はない。1人でも分からないと並べられない。目次が出来上がらない。
 だんだん出稿する締め切りが近づき、みんな焦ってくる。○ページの「そして」は「そこで」の方がいいのではないか、○ページはここで改行した方が分かりやすい、○行目の数字が半角になっていない、亡くなった人の名前に○○さんが抜けている、等々。
 しまいには夜中の2時に送られたメールに早朝の5時に返信という具合。まさに24時間の編集作業だった。おかげで、ほぼすべてのページに目は行き届いたと自負している。
 出来上がった冊子を胸に抱いて、撫でて過ごした正月であった。
(門永三枝子)