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藤原辰史氏講演要旨③

2021/02/23
藤原辰史(ふじはらたつし)さん 197 新刊に『縁食論』 (ミシマ社、2020年)。 (青土社、2019年)など著書多数。最 (岩波新書、2018年)、 『分解の科学』 研究所准教授。 専門は農業史。 『給食の歴史』 (現・奥出雲市)出身。京都大学人文科学 6年、北海道旭川市生まれ、島根県横田町
■見せかけではないエコロジーを
 最後に、では今日のような状況の中でどんな思想を紡いでいくことができるか、皆さんと考えていきたい。
 私が強く申し上げたいのは、「見せかけのエコロジー」ではない思想である。今、国連などでもSDGsがよく言われている。SDGsの内容は一見耳心地よく聞こえるが、多くのグローバル企業が口を揃えてSDGsをアピールすることで、ある意味、集団的な責任逃れをしている場合も多い。しかし、誰一人飢えさせないということと、経済成長を一緒に続けるというSDGsの思想に、私は疑い深い気持ちを抱く。これまでの経済システムでよかったのかと厳しく問うていかなければならない。新自由主義でいいのか、ということだ。流行に惑わされることのない、揺るぎない思想が今、求められていると思う。
 ひとつ上げるとするなら、肉の問題である。今回、新型コロナで、食肉処理場で多く感染が拡大したことがよく報道された。アメリカでも黒人やヒスパニックの労働者が多く感染して、食肉工場を閉めざるを得なかったと報道されている。ドイツでも、テンニースという大手食肉企業が、ルーマニア系の移民をかなり狭い場所に閉じ込めて生活させ、低賃金かつ厳しい労働環境で働かせた結果、クラスターが発生した。こういう労働の状況や、食肉処理場のような場所で感染が起こるのだ、ということが明らかになった
 危機の時代には、必ず食肉処理場が警報を鳴らす。100年ほど前、アプトン・シンクレアという社会主義者の作家が書いた『ザ・ジャングル』という小説がアメリカでよく読まれた。シカゴの食肉処理場で働く移民が、次々に身体的に害を被り、最終的に首を切られる。さらに、ある移民の集団が使い物にならなくなれば、次は違う移民の集団をちょっと低い給料で雇う。彼らがストライキを起こすと、今度は全国の黒人労働者を集めてスト破りをさせる。そんな中で作られ、加工される肉にもネズミやいろんな肉が混ざったり、害虫が混ざったりして、スパムとして売られている。そういう状況に、シンクレアは小説を通じて警鐘を鳴らした。
 また、つい20年前にも、有名なエリック・シュローサーというアメリカのジャーナリストが、『ファストフード・ネイション』(邦題=『ファストフードが世界を食いつくす』)という本の中で、ファストフード産業が最終的に頼りにしている食肉処理場で、膨大な回転数の早いベルトコンベアの中で多くの労働者が手や指を失い、怪我をして、ファストフードや小売店が求める大量の食肉を処理しようとして体を壊しているという、アメリカのことを明らかにした。
 そういう意味で、私たちのフード、食べるという当たり前の事実も、このコロナ禍の中で、非常に不正義、不公正な状況の中で営まれたということが明らかになった、と私は思っている。
 そんな中で私たちが考えるべき思想は何なのか。
 ひとつは、いま、培養肉が注目されている。牛や豚の細胞を分裂させて、実験室で培養し肉を作っていく。それによって、ベジタリアンも食べられる。牛や豚を育てなくていいので、飼料も育てなくていい。そうすると、地球環境問題もクリアできる。そういうふうなことが、にわかにアメリカで言われるようになっている。この培養肉は日本でも結構注目されているが、私はとても違和感がある。これが、本当に私たちが手に入れたい食べ物なのか、と思う。もちろん、いろんな意見の人がいて、これで地球が救えるという意見もある。
 だが、本来、私たちは何のために生きてきているのかということである。私たちは本来、美味しいものを食べて、人と語らって楽しい時間を過ごすことのために生きてきたのに、いつの間にか、地球環境を守るために生きていたり、経済活動を続けるために消費したり、そういう社会になってきている。解決方法さえも、こんな培養肉みたいな形で提示されてきている中で、本当のエコロジーを探さないといけないはずである。
■『土と内臓』―植物の思想・分解の思想―
 そんな中で紹介したいのは、モントゴメリー&ビクレーの本だ。アメリカの地質学者モントゴメリーと生物学者ビクレーの夫婦が書いた『土と内蔵』という本で、これは私のバイブルである。この本が述べていることは、「もう一度エネルギーではなく、微生物の力を重視した農業、工業、エネルギー産業を作っていくべきだ」という考えである。植物が根を張り、その根っこは非常に多くのデンプンを土にばらまいている。ばらまいた結果、
参考文献として、岸本聡子 さん著
『水道、再び公営 化!』
微生物たちがいっぱい寄ってきて、そのおこぼれをもらい、代わりにたくさんのミネラルを植物に与える。そういう根の分散型のあり方というのが、生物学者たちに注目されていて、微生物たちをたくさん飼って、その力で植物の栄養を保っている。これは、実は、人間の内臓にも当てはまる。私たちは、小腸や特に大腸に膨大な数の微生物を飼っている。腸ではけっこう美味しいエキスがばらまかれ、そのおかげで腸内細菌がいっぱい飼われ、その細菌に私たちが食べている野菜とか繊維質を分解してもらい、その結果、免疫を高める効果がもたらされていることが医学で明らかになった。腸内サイクルが微生物を増やし、免疫を高めていくことがいま明らかになっている。これはつまり、植物も人間も似ているということにほかならない。人間は、土壌をチューブの中を通して、腸に根を張って動く植物と同じ。そういうふうに人間観をとらえ直すと、とたんに自分の腸にいる微生物も、土壌中にいる微生物も愛おしくなってくる。
 このシステムは、トップダウンではなく、中央集権型でもなく分散モデルである。微生物の力を借りるということは、一方で、いま日本がやろうとしている化学肥料と農薬を中心とした競争力の強い農業とは違って、日本が棄権した「小農の権利宣言」にあるように、スモールサイズの、化学肥料と農薬による土壌劣化を防ぐような、土壌を見直すようなものだ。
 いま、土壌劣化は世界的に非常に深刻な問題だ。日本では全く報道されないが、土壌生産力が落ちている。大事なのは、生ごみを捨てずに分解するようなシステムを築いていくことである。生ごみを捨てるのは止めよう。生ごみは重いので清掃員たちの腰を痛める。マンションやアパートに住む人でも、大きなコンポストを使えばいくらでも分解してくれる。
 また、非常に水分を含んだ生ごみに、大きな火や重油を使ってごみを燃やしていることも問題である。世界中のごみ焼却炉の数の内、半分は日本にある。日本はごみを燃やす国で、地球を破壊しまくっている。これを微生物に分解させるだけで、かなりのごみの量を減らすことができる。そういう知恵が、コロナによって破壊された循環社会を復活させる大きな課題になる。
 
■ミュニシパリズム
 そんな中で注目されているのが「ミュニシパリズム」という思想である。これは、トップダウンではなく、自治の力を回復しようということで、このことが今日のお話しの中心に位置づけられるだろう。
今日のグローバル資本は、私たちの「コモン」(水、食、風景、土地、知識という共有すべきもの)を奪い続けてきた。
 いま、ヨーロッパで起こっている注目すべき試みは、自治体がこれらの猛威から市民を守ることである。ミュニシパルというのは自治体という意味だが、ミュニシパリズム(=自治の回復)が言われている。どういういうことかと言うと、水道法で、水道の民営化がヨーロッパでは逆に戻りつつある。水はコモンだから、みんなで守ろう、自治体で守らないでどうする、となっている。
 自治体も、地産地消で給食を始めようとか、食料を回そうとなっている。バルセロナを中心として行われているので「バルセロナinコモン」という言い方をされていて、世界中の都市が賛同を示している。世界各地で「自治体主義」が登場してきている。
私たちも自治体にもっと目を向け、自治体自身が自治の力を取り戻し、真のエコロジカルな政策をとっていく中で、自然と弱者に対するケアをもたらすような自治を作っていく動きを作っていかなければならない。そういう社会をもう一度築き直さなければならないというのが、私のメッセージである。
私たちは国会中継はよく見るが、自治体の議会の中継を見ることを怠っている。本当は、国と同じように自治体の議会や委員会を見ないといけない。私は給食の運動にも関わっているので給食に関する議論を見るが、給食で議論されている内容は、京都市は驚くほどレベルの低いものでびっくりする。そういう意味で、自治体を監視する力を身に着けることによって、最終的に国を変えていくわけだが、自治というものをあらためて見つめ直すことが重要だということを最後に申し上げたい。(おわり)