ひょうごミュージアム

ひょうご碑物語52

2021/12/29
朝鮮人労働者追悼碑
(宝塚市切畑長尾山)


1914年から始まった千刈貯水池から神戸に至る「導水路」建設の難工事で亡くなった朝鮮人らを追悼する碑
 開港後の神戸は、人口が急増しインフラ整備に追われた。なかでも1,000人が犠牲になった1890(明治23)年のコレラ禍を機に、近代的な水道敷設が喫緊の課題となる。しかし、市内の水源では賄いきれず、宝塚の千刈貯水池から西宮の上ヶ原を経て神戸に至る15キロの「導水路」の建設が始まることになる。1914(大正3)年から始まった工事の大半が山中のため、トンネルでの水路となり、工事は15年におよぶ。難工事の連続で多くの犠牲者を出したとされる。
 追悼碑には、この工事で亡くなった3人の朝鮮半島出身者の名前が刻まれているほか、旧国鉄福知山線の改修工事(1926年)の爆発事故で命を落とした2人の朝鮮人労働者の名もある。碑の表面には「越鳥南枝」の文字。望郷の念に駆られたであろうと朝鮮人労働者の心情を表している。
 ちなみに武田尾駅近くには、武庫川を横断し対岸に向かって伸びる建設当時そのままの巨大な水管橋をみることができる。
 なお、福知山線敷設工事殉難者の碑は、同市切畑立会新田にある。(鍋島)
【メモ】JR福知山線武田尾駅下車。廃線敷を生瀬方面へ約20分。親水広場にある。