新社会兵庫ナウ

私の主張(2021年12月29日号)

2021/12/29
「新しい資本主義」の分配政策では国民は幸福になれない
 
 12月6日から始まった臨時国会での所信表明演説で岸田首相は、①新型コロナへの対応、②経済回復に向けた支援、③新しい資本主義、④外交・安全保障、⑤憲法改正の5項目を重点課題として取り組むとした。演説の主眼は、「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」を柱とした「新しい資本主義」の実現らしい。ここでは、「成長と分配の好循環」の分配政策に焦点を当て、「新しい資本主義」とは何なのかを考えてみたい。
 「新しい資本主義」の下での2つの分配政策が提起された。ひとつは、介護・保育・幼児教育などで来年2月から賃金3%、年間11万円程度の引上げ、看護ではコロナ対応を条件に、段階的に賃金3%、年間14万円程度の引上げ。ふたつは、賃上げした企業の法人税減税の優遇税制の強化である。しかし、経済界は政府の介入を警戒している。
 介護などの賃上げについては、来年2月〜9月までの過去最大の総額35・9兆円は今年度補正予算からの補助金で、10月からは介護報酬、診療報酬などを見直す公定価格評価検討委員会の結論で対応をする。介護職の賃上げに必要な財源は、年間で平均11万円の賃上げ×介護職員総数210万人で約2,310億円。この賃上げの財源をどこに求めるのかの議論が最大の焦点になることは明らかだ。 
 介護労働者の現状はどうなのか。厚労省の統計調査では介護職の賃金水準は29・3万円で全産業平均の35・2万円を大きく下回っている。「暮らしネット・えん」代表理事の小島美里さんは、「介護保険制度の始まった頃はたくさんの人がこの業界に入りました。でも、来なくなってしまった。給料が上がらない、人手も足りないから肉体的、精神的にもきつい、だから辞める。この世界の実情です」と語る(朝日新聞)。コロナ禍でこの実情はさらに厳しく、昨年度の訪問介護職の有効求人倍率は14・92倍だ。厚労省は高齢者がピークとなる2040年に介護職員が280万人必要で、約69万人が不足すると推定している。
 高齢者の負担はどうなのか。現役世代の保険料を軽減するとの口実で来年10月から年収200万円以上の後期高齢者は医療費窓口負担が1割から2割に引き上げられる。財務省ではさらに2024年度から介護保険サービス利用料も原則2割負担に引き上げる検討を始めた。
 ある勉強会で、70歳代の女性は「脳梗塞で倒れた夫のリハビリの費用負担がきつい。私も介護保険を利用する。医療と介護の負担が2倍になると、2人の負担は1ヵ月分の生活費と同じ額になる。11か月の収入で1年を暮らすことになる」と今後の負担増や生活への不安を語った。
 政府は12月9日、介護などの賃上げ財源を協議する「公定価格評価検討委員会」の初会合を開いた。「負担能力のある高齢者に支え手になってもらう。全世代型社会保障改革こそが分配戦略の柱となるべき」などの意見が相次いだと報道されている。同検討委員会の「中間報告」(年末に予定)が注目される。
 「新しい資本主義」の分配政策とは、爪に火をともして暮す高齢者からさらに保険料や利用者負担を取り立て、これを財源に劣悪な処遇で働く介護職などの賃金引上げを施すものである。大企業の内部留保や富裕層の所得に指一本触れることなく、労働者と高齢者の間で所得などを「分ち合う」、悪く言えば「奪い合う」ことが分配政策と言えるのか。
 このような分配政策に対して、介護などの賃上げが利用者の負担増にならないような工夫が必要だと提起する新聞記事を読んだ。介護報酬など社会保険制度とは別建てで継続的に公費を投入する新たな処遇改善のシステムが必要だと。給付を増やせば必ず負担も増える社会保険制度の問題点を克服した適切な提言として歓迎したい。
 しかし、公費負担は「税と社会保障の一体改革」により国税収入のトップとなった消費税の引上げにつながる危険性が大きい。コロナ対策の補正予算などで積み上げた1000兆円を超える国債残高を前に、自民党内で財政再建派と財政積極派が対立している。前年度国税収入は、消費税21兆円、所得税19・2兆円、法人税11・2兆円である。
 労働運動の強化や政権交代による税制改革によって大企業や富裕層に偏在した内部留保や所得を賃金や税金として取り戻すことが本来の分配政策ではないのか。
菊地憲之(安心と笑顔の社会保障ネットワーク代表)