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神戸空襲を記録する会・前会長
中田政子さんが逝去

2021/07/27
 神戸空襲を記録する会・前代表の中田政子さんが6月26日、亡くなった。75歳だった。同会事務局長・小城智子さんから追悼文を寄せてもらった。【編集部】

神戸空襲犠牲者合同慰霊祭であいさつする中田政子さん 

中田政子さんを偲ぶ
 中田政子さんが亡くなられたのを知ったのは6月28日、お嬢さんからの電話でした。あまりの驚きに声も出ませんでした。早すぎます。
 お元気になられたら、1997年から神戸空襲を記録する会の代表を担って始められた取り組みについて聞き取りをさせていただく予定でした。
戦跡ウォークを始め、「震災後の神戸に」と2度目の全国大会開催地に立候補、会場を中央小学校とし、学校での空襲体験をお話しする第一歩とされました。
 また、神戸市に何度も陳情し、8千人と言われる空襲犠牲者のお名前をおひとりおひとりの生きた証として集めることを要請、2011年から協力作業が始まりました。市の広報誌8月号に呼びかけと神戸空襲の体験や学校での取り組みが掲載されるようにもなりました。あわせて中央図書館での神戸市主催「戦災関連資料展」も始まりました。
2013年には中央区の大倉山公園に「神戸空襲を忘れない―いのちと平和の碑」を建て、犠牲者のお名前を集め続けてこられました。
 中田さんが子どもたちに伝えてきたのは、母、三木谷さんが話し続けた家族を失った哀しみ、口惜しさです。そして、その母が生きてくれたおかげで1945年9月に政子さんが生まれ、今語り継いでいることです。理不尽に奪われた命を、生きたくても生きられなかった命のことを私たちは忘れてはいけないこと、一生懸命生きた命があって、今の自分の命があり、命はつながること、そして平和と命の大切さを次の世代に語り継いでほしい―いつもそのことを訴えてお話が終わりました。
 私たちは、中田政子さんからのバトンをしっかりと繋いでいきたいと思います。
小城智子(神戸空襲を記録する会事務局長)