新社会兵庫ナウ

私の主張(2021年5月25日号)

2021/05/25
コロナ禍対策にとって
「緊急事態条項」は必要ない

 
 今年も昨年に引き続き、コロナ禍という状況下で憲法記念日を迎えることになった。
 改憲、護憲両派それぞれの集会が開かれた。日本会議系の集会では、自民党から下村博文政調会長、日本維新の会から足立康文衆院議員、国民民主党から山尾志桜里衆院議員が出席した。事実上の与党である維新はともかく、野党共闘を構成する立憲野党の一角を占める国民民主党が参加したことは、この政党の立ち位置を明確にしたという意味はある。玉木国民民主党代表や神津連合会長は、「共産党との野党連合政権」には「国家観が本質的に違う」、「健全野党による野党連合政権樹立」との趣旨から不参加、否定の発言をしている。先の参院長野補選では立憲民主党と共産党が締結した選挙協定を問題視し、国民民主党は推薦を取り消す、取り消さないなどドタバタ騒動を展開したことは記憶に新しい。市民と野党共闘が叫ばれて久しいが、憲法という最高規範をどう見るか、扱うか、これほど政党の国家観を体現しているものはないだろう。枝野立憲民主党代表は、連合会長に頭を下げたり、玉木代表とも関係維持をアピールして取り繕っている。また、共産党とも共闘の確認を行った。菅政権の支持率低下、低迷が続く中、立憲の支持率がいっこうに上向かない。その理由は、野党共闘では八方美人、脱原発政策ではなかなか決めきれないなど、立憲民主党という政党は政権交代を叫ぶが、その目的や交代をしていったい何をしたいのか、有権者には皆目わからない。それならば、支持政党なしでいい、あるいは、どうせ菅政権も長くはないだろうと自民党内の「疑似政権交代」に期待した方が現実的だと国民の目には映っているからではないか。市民と野党共闘の行方、来るべき年内の総選挙においていかなる結果をもたらすかは、立憲民主党のこれからの動向次第だ。
 さて、憲法集会で下村自民党政調会長は停滞気味の改憲機運を盛り上げたい意図からか、コロナ禍の今こそ自民党改憲案「緊急事態条項」の議論をと、「ピンチをチャンスに」と述べた。これには大方の人たちが開いた口が塞がらないと思ったのではないだろうか。昨年1月に新型コロナウイルスが国内に上陸し、3度にわたる「緊急事態宣言」、営業の時短要請、「緊急事態宣言」に準ずるまん延防止措置制度導入とあれこれ適用した。しかし、歳月を経れば経るほど、1日当たりの感染者数は増加し、今や感染しても(症状のレベルに関わりなく)入院先がない、宿泊療養先もパンク状態、結局、自宅療養か自宅にて療養先決定まで待機というのが現状である。大阪や兵庫では救急搬送しても搬送先が見つからない。命の選別(トリアージ)が現実味を帯びてきている。まさに国民にとっては命の危機(ピンチ)である、それをチャンスにという下村氏の発想には怒りさえ覚える。
 コロナ対策に改憲までして「緊急事態条項」を設ける必要性など全くない。現行憲法の枠内で十分対応できる。いくつか論点を示すと、①緊急事態宣言でも、もっと厳しい措置(外出規制等)は国民の命の安全確保、感染拡大防止の観点からは可能だ。これらには収束までの時限立法を制定する。この場合、事業者等にはコロナ前の営業と比較して遜色のない補償措置を講ずる。一般個人には生活上の経費増大、あるいはサービスが必要とも考えられるが、これらに対応する金銭・サービスの給付を行う。こうした様々な配慮により、私権制限の違憲性が縮減され得る。②破綻したコロナ対策と経済の両立からコロナ対策特化型行政に。現に、特別法で五輪相、万博相、復興相の3人の閣僚を増員しているが、復興相以外の閣僚については整理し、コロナ専任閣僚を置けばいい。このように機動的かつ速やかに対応できる体制を整備し、一刻も早く収束の方向にもっていくことは可能だ。
 「緊急事態条項」は、日本国憲法制定の国会審議でも議論になったが、そのうえで、このようなものは必要がないと退けられた。当時の金森憲法担当国務相は、「緊急勅令及び財政上の緊急処分は行政当局者に取りましては実に調法なものであります。しかしながら調法という裏面におきましては国民の意思をある期間有力に無視し得る制度であるということが言えるのであります。だから便利を尊ぶか、あるいは民主政治の根本の原則を尊重するか、そういう分かれ目になる……」と答弁している。つまり、権力者にとっての調法(重宝)が国民に対しいかなることを及ぼすのか、民主政治の土台を覆すことの危険性を指摘している。このことは、連合国軍の占領下の時と現在という全く違う社会状況に関わりなく「政治(統治)の基本原則」である。
 コロナ禍で無為無策、やるべきこともやらない政権が、このような条項を手にしたらどうなるのか。有害としかいいようがない。
 鈴田 渉(大阪労働学校・アソシエ、憲法・政治学研究者)