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ひょうご描き歩き165
広渡寺跡歴史公園(小野市広渡町)
2025/10/08
小野市役所の北1㌔ほどの広渡町にユニークな廃寺跡公園がある。2000年に「国史跡広渡廃寺跡歴史公園」としてオープンした。2㌶の広い段丘台地の一角に、ジェラルミンとセラミック製の寺院が縮尺20分の1の大きさで細部まで丁寧に造り込まれて再現されてある。50年ほど前から行われた発掘調査の結果、南大門、中門、東西2つの塔、金堂、講堂、回廊などの主要施設の位置や規模がほぼ解明され、それを精巧に屋外に造り、展示しているのが凄い。復元模型は、博物館などの屋内に展示されていることが多いが、ここではそれが屋外展示されていて、この部分を上手に切り取って写真にすれば、本物の寺院と見紛うばかり。
段丘下に併設されたガイダンスホールには、広渡廃寺関連のパネルや瓦などの出土品が展示されている。この寺の創建時期は、出土遺物から奈良時代中頃の7世紀後半頃とみなされていて、何度となく改修を重ねたが、鎌倉時代初頭頃に広渡廃寺を含む古来よりの9カ寺が大破壊を受け荒廃していたことが、ここから東2㌔ほどにある国宝浄土寺の縁起に記されているそうだ。
東西約100m、南北約150mの規模の回廊が取り囲む奈良薬師寺式伽藍配置であったようだ。寺の記録も残っていないので、寺の名も不明で、地区名を冠して呼ばれている。
(嶋谷)
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段丘下に併設されたガイダンスホールには、広渡廃寺関連のパネルや瓦などの出土品が展示されている。この寺の創建時期は、出土遺物から奈良時代中頃の7世紀後半頃とみなされていて、何度となく改修を重ねたが、鎌倉時代初頭頃に広渡廃寺を含む古来よりの9カ寺が大破壊を受け荒廃していたことが、ここから東2㌔ほどにある国宝浄土寺の縁起に記されているそうだ。
東西約100m、南北約150mの規模の回廊が取り囲む奈良薬師寺式伽藍配置であったようだ。寺の記録も残っていないので、寺の名も不明で、地区名を冠して呼ばれている。