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ひょうご描き歩き157
五色塚古墳(神戸市垂水区)
2024/11/27
山陽電車・霞ヶ丘駅で降り、線路に沿って東に延びる遊歩道を案内表示で辿ると、5分ばかりで五色塚古墳が目前に現れる。県下で最も大きい古墳で、全長194m、高さ19mの前方後円墳。このすぐ西隣に円墳の小壺古墳も並ぶ。五色塚古墳は葺石やレプリカの円筒埴輪などを使って当時の姿に復元されていて、国指定の史跡で、日本で最初に復元整備が行われた古墳とか。前方部を南方に向け、墳丘は3段からなり、墳丘外表の各段に円筒埴輪列が巡らされ、各段斜面には葺石が葺かれているが、この葺石は対岸の淡路から多量運ばれたものであることが判明している。
50段ほどの石段を上がって墳頂に立つと、すぐ南に明石海峡大橋の先に淡路島が望め、東西と北には垂水の住宅地が広がっている。少し離れた高所からなら美しい前方後円墳の全貌が見られるのだろうが。
古墳が築かれた当時をCDで復元された画像で見ると、周囲は深くて大きな濠が全周し、後円部ではその外に、さらに深い溝が巡らされていたようだ。古墳に葬られたのは4世紀後半に明石海峡とその周辺を支配した豪族と考えられている。この古墳のことは日本書紀にも記載されているが詳しいことは解っていない。
(嶋谷)
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50段ほどの石段を上がって墳頂に立つと、すぐ南に明石海峡大橋の先に淡路島が望め、東西と北には垂水の住宅地が広がっている。少し離れた高所からなら美しい前方後円墳の全貌が見られるのだろうが。
古墳が築かれた当時をCDで復元された画像で見ると、周囲は深くて大きな濠が全周し、後円部ではその外に、さらに深い溝が巡らされていたようだ。古墳に葬られたのは4世紀後半に明石海峡とその周辺を支配した豪族と考えられている。この古墳のことは日本書紀にも記載されているが詳しいことは解っていない。