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大内裕和氏講演要旨(2020年2月11日号)
2020/02/11
憲法を生かす阪神連絡会などでつくる実行委員会の主催で中京大学教授・大内裕和さん(中京大学教授)の講演会が2019年11月30日、西宮市で開かれた。以下は、「憲法25条―9条をどう生かすか」と題された講演の要旨。【文責編集部】
(大内裕和さん)
中京大学国際教養学部教授。専門は教育学・教育社会学。著書は『奨学金が日本を滅ぼす』(朝日新書)、『ブラックバイトに騙されるな!』(集英社)、『ブラック化する教育』(青土社)など多数。奨学金問題対策全国会議共同代表。「入試改革を考える会」代表。
25条の実現こそ若者の切実な課題
“99%vs1%”を明示化する政治を
深刻な若者の安倍支持
このところ、若者の安倍支持率が高い。2017年10月の衆院選での投票日のNHKの出口調査では自民党支持が、20代が50%と最も高く、30代42%、40代36%、50代34%、60代32%、70代以上が38%と60代までは年齢があがるほど自民党支持者が減るという状況だ。小泉内閣末期の2006年の調査結果を見ると、自民党支持率は20代と30代はだいたい30%前後、40代、50代が30%後半から49%台。そして60歳代以上が40〜50%と年齢があがるとともに支持率が増加していた。
転機は、2012年9月。安倍が自民党総裁になった野田政権の時だ。同月の世論調査では若い世代の自民党支持率が高くなった。そして、同年12月、衆議院選挙で民主党が破れ、第2次安倍政権が誕生する。
なぜ民主党が負けたのか。消費税増税を含む「社会保障と税の一体改革」を「野田民主党」が受け入れ、若年層の自民党支持が増加した。これが、自民党とマスコミの世論操作によって民主党の失政という解釈に転換した。その後、アベノミクスによる「景気回復」「若年層の就職状況の好転」という?の「宣伝」が若年層支持を定着させている。
では、若年層が「右傾化」しているのか。憲法9条についてみてみると、2017年のNHKの世論調査「日本人と憲法」では憲法改正は必要かに対して、男性(18歳〜29歳)では改正する必要があると思うは21%(全世代で最少)、改正する必要はないと思うが66%(全世代で最多)。また、女性(18歳〜29歳)は改正する必要があると思うは17%(全世代で2番目に少ない)、改正する必要がないと思うが62%(全世代で最多)。こうしてみると、憲法9条「改正」の支持が安倍支持を生み出している訳ではない。逆に言えば、憲法9条「改正」に反対でも、安倍支持が大勢いることを意味している。なぜこうなっているのか、若者の実態や意識の動向を護憲派が十分にキャッチして若い人たちに的確なメッセージを送れていないからだと思う。
若者の安倍支持は、アベノミクスと「不安」の時代の特徴
1991年のバブル崩壊以後の「就職難」「氷河期」時代のショックが尾をひいている。新規学卒一括採用を重視する日本型雇用の特徴で、途中入職労働市場が不整備であり、正規と非正規の賃金格差が非常に大きい。まるで身分差だ。だから学校卒業時に就職が決まらなかったらおしまいというほど、デメリットが非常に大きい。アベノミクスのせいではないのだが、アベノミクス以降の失業率の低下、新卒を含む求人倍率の上昇が若年層へ与えた影響は大きい。「氷河期」「リーマンショック時」との比較で現在を「景気が良い」と考える。この点で50代以上の世代との相違がある。アベノミクスの問題点を分かりやすく伝えることの重要性がある。実質賃金の低下の事実を若者に示しても、「自分たちは仕事があるかないかが重要。あるだけでありがたい」という返事が返ってくるのが現状だ。
リーマンショックの2008年から有効求人倍率と有効求人数が下がり始めて、2009年7〜9月に底を打つ。そこからは有効求人倍率は上昇基調だが、実は、民主党政権時から上昇している。アベノミクスの効果ではないのだ。
医療・福祉分野で雇用が増加している。2012年677万が2016年には778万人で、100万人の増。しかし、これは高齢化の影響だ。 雇用増は社会の高齢化、有効求人倍率の上昇は団塊世代の退職増の穴埋めによるものだ。生産年齢人口の減少、人手不足による有効求職者数の減少によって有効求人倍率が上昇している。
2005年基準によると、民主党政権時GDP成長率(2010年〜2012年)が6・05%なのに、自民党政権時のGDP成長率(2013年〜2015年)は1・89%。決して自民党政権時に成長率が上がったわけではない。これらの情報がマスメディアやネットなどを通じて若年層に伝わるかどうか。運動側がこれらの情報を若年層に伝えることができるかどうかがポイントだ。
安倍改憲反対派が多数派を形成するためには(1)
重要なのは、若年層にとって切実な課題とは何かを掴むことだ。私が奨学金やバイトやテストの問題を扱っていることにも関わるのだが、「格差と貧困」を是正するかどうかが、若年層にとって決定的に切実な価値を持つ。憲法9条よりも25条が切実なのだ。まずは、この間の新自由主義によって社会状況、若者の生活実態が日本型雇用の形成期とはまったく違っていると認識すべきだ。
日本型雇用の形成期(1960年〜1990年)に主たる人生経験を経た人たちは、自分たちの状況を「当たり前」と考えがちで、若者の「貧困」を正確に理解することが難しい。大人の貧困と若者の貧困は違うのだから。
藤田孝典さんの『貧困世代』(講談社現代新書)は第2章で、「大人が貧困をわからない悲劇」として、①働けば収入を得られるという神話、②家族が助けてくれているという神話、③元気で健康であるという神話、④昔はもっと大変だったという時代錯誤的神話、⑤若いうちは努力するべきで、それは一時的な苦労だという神話、―こんな「神話」が持ち出されてくる悲劇を指摘している。平和主義・リベラルな思想の持ち主でさえ、若者の「自己責任」などを持ち出すと若者からはまったく支持を得られない。若者を平和主義や改憲反対から遠ざける機能となる。だから運動の再生産がなかなか起こらならない。もっと若者との接点をつくるための工夫がいるのではないか。この点では右派の日本会議の活動に負けている。彼らは実にていねいにやって若いリーダーを育てている。若者に近づけている。
若者の動向は、実は世界的にも同じことがいえる。この間、アメリカやイギリスにおける新自由主義批判・「反緊縮」勢力が登場して若者の支持を多く集めている。
1980年以降の新保守主義・新自由主義の先進地域としてイギリス、とアメリカがあり、サッチャーリズムとレーガノミックスが進行したが、それが行きすぎたこともあって、1980年)、イギリスは労働党ブレア政権(1997〜2007年)が誕生し、「第3の道」路線、すなわち社会民主主義・リベラルの「中道化」(中道右派化)への転換を図った。しかしそれは、結局はグローバル金融資本・多国籍企業との妥協・協調だった。
いちばん重大なことは、その方向を選んだことによって両者ともに富の垂直的再分配を手放してしまったことであり、これでは「貧困と格差」の是正が行われない。こうして、「貧困と格差」がいっそう拡大し、それが排外主義の台頭を生み出すとともに、旧来からの支持層の離反も起こった。
そこで激しく、新しく起きたのが、アメリカではバーニー・サンダースのブームだ。彼は2016年、アメリカ大統領選挙において民主党に入党し予備選に立候補。民主党予備選挙でヒラリー・クリントンに敗れたものの、大きなブームを生み出した。
民主社会主義(デモクラティック・ソーシャリズム)、格差是正、オバマケアをさらに進めたユニバーサルヘルスケア(国民皆保険制度)、公立大学授業料ゼロ、最低賃金15ドルなどの政策を掲げた。アメリカでは今や学生の半分が“死語”のようになっていた「社会主義」を支持しているのではないか。それだけ貧困が深刻だということだ。
イギリスではジェレミー・コービン。2015年9月に労働党党首に就任。「ニュー・レイバー」に対してトラディショナリストを自称、急進左派を唱えて、大学授業料無償、鉄道などの再国有化を打ち出した。2017年の総選挙では30議席増の262議席を獲得し、保守党を単独過半数割れに追い込んだ。圧倒的多くが20代、30代の支持だ。いまや海外では社会主義が若年層のブームにさえなっている。こうして、サッチャー政権以降の新自由主義の政治の転換をめざすとの明言もでてきた。
安倍改憲反対派が多数派を形成するためには(2)
2017年9月〜10月、日本政治では激変があった。「前原―小池」のクーデタだ。反安保の野党共闘ができるなかで、安倍政権による改憲2大政党・極右2大政党の構築への動きとみることができる。小池「排除」発言によって挫折はしたが。
そして、2017年の衆議院総選挙で枝野新党「立憲民主党」が躍進し、リベラルvs極右の対立構造が形成された。このことによって、かつての 「社会党・総評」ブロックの解体と小選挙区制による社会党解体と民主党結党以来、軸は違うが、曖昧化されてきた対立軸が明確化したといえる。
2017年の総選挙では立憲民主党は、リベラル(安倍改憲反対と脱原発の明確化)だから支持を受けた。極右2大政党・改憲2大政党への対抗軸として、選挙前の15議席に対し、小選挙区で18、比例代表で37議席の計55議席と飛躍、野党第1党の座を獲得した(希望の党は50議席)。
与党が「3分の2」議席を獲得したが、しかし、野党第1党が改憲反対の立憲民主党となり、安倍改憲阻止の橋頭堡となることができた。
そして、2019年の参議院選挙。「老後2千万円不足」問題や2019年10月からの消費税10%増税問題が浮上していたが、しかし、「立憲」野党共闘は「消費税10%増税阻止」までしか言えなかった。「老後2千万円不足」問題も争点化できず、失速した。
立憲民主党は2017年衆議院選挙で比例票1108万(得票率19・88%)だったのが、2019年参議院選挙では比例票791万票(得票率15・8%)と大きく票を減らした。
こうしたなかで、消費税廃止、奨学金徳政令、富裕層課税や累進法人税の強化など、大胆な所得再分配と財政出動を唱えた山本太郎氏の新党、れいわ新選組が躍進した。税の垂直的な再分配を訴えれば勝てるということを示した。参議院選挙の比例票は228万票(得票率4・55%)となった。
1人区32選挙区のうち、野党4党統一候補(無所属を含む)は10勝22敗となった(前回の2016年参議院選挙では11勝21敗)。とくに東北地方での野党統一候補勝利の意義はたいへん大きい。これによって与党の「3分の2」議席割れ、自民党単独過半数割れが起こったが、メディアはこのことを書かず、「自民党が勝った」という。それによって世論の動向も変わってくる。
安倍改憲・憲法改悪阻止へ向けての今後の課題
奨学金、学費、入試制度改革など私自身が取り組む個別の問題ももちろん大事だが、社会全体でいうと9条をめぐる問題は重要だ。しかし、9条(+脱原発)だけでは「3分の1」は取れても「立憲」野党で過半数は取れないだろう。それはこの間の選挙結果で示されている。
安倍政権・自民党の「日本会議」化が続いている。たとえ明文改憲はなくても「解釈改憲」「憲法の空洞化」が続いていく。
9条だけでなく、9条に「格差と貧困」に対抗する「25条」を積極的に加えていく必要がある。
25条を具体的に実現するためには、奨学金の債務帳消し、貸与型奨学金から完全な給付型奨学金へと転換していくこと。また、学費ゼロ化、ブラックバイト・ブラック企業を根絶していくことだ。さらに、最低賃金全国一律時給1500円、非正規公務員の正規化と増員、保育・介護労働者の公務員化を含む公務員定員の増員、家賃補助制度の導入と公的住宅の増設などハウジングファーストを実現することが大事だ。
根本的に社会を改造しなければならないということだ。
そのためには、最低限度の「賃金+社会保障」の実現が重要だ。
社会保障の財源を消費税ではなく、金融取引課税や資産課税の強化、所得税の累進性強化、法人課税の強化など「応能負担」税制によって行うことを明確に打ち出すべきだ。「持っている者はより多く負担する」という原則に帰ることだ。
また、最低賃金全国一律時給1500円に加えて教育・住宅・医療・介護・保育の領域の「脱商品化」が重要だ。
これらが、2021年までにきっと行われるだろう衆議院選挙の最大の課題といえる。 いま、山本太郎氏が「消費税5%への減税」を言い、日本共産党も「消費税5%への減税」での共闘を検討している。だが、「消費税5%への減税」だけに終わらずに、「社会保障財源の明示化」、すなわち垂直的再分配による格差と貧困の是正の方向が明確化できたときに野党は大きく勝てる。その野党共闘(いわば25条共闘)ができれば大勝利すると考える。
この衆議院選挙にむけて、最低賃金上昇(時給1500円)、ブラック企業・ブラックバイト根絶、奨学金問題、ハウジングプア支援など、「ソーシャル」な社会運動を立憲野党の政策へと結びつけていく「回路」が切に必要だと思う。
日本における立憲野党・「社会民主主義」の多数派形成には、憲法25条の実現と9条改憲阻止との連携が必要だ。
世代間断層を克服していくことも問われる。40歳未満と50代以上では不安の対象が違う。「下流老人」におびえるのが40代〜60代で、20代〜30代は「貧困世代」だ。このことを同時に問題にしないと分断されてしまう。権力側は野党を割るか、市民を割るかを考える。 いま、貧困層の固定化と中間層の解体が同時進行しているなかで、分断支配を打破する社会運動・政治勢力の登場が求められているのだ。その「求められるもの」とは、「99% vs 1% 」を明示化する政治ではないだろうか。「1億以上を持っている層に課税せよ」と言える政治だ。
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(大内裕和さん) 中京大学国際教養学部教授。専門は教育学・教育社会学。著書は『奨学金が日本を滅ぼす』(朝日新書)、『ブラックバイトに騙されるな!』(集英社)、『ブラック化する教育』(青土社)など多数。奨学金問題対策全国会議共同代表。「入試改革を考える会」代表。
25条の実現こそ若者の切実な課題
深刻な若者の安倍支持“99%vs1%”を明示化する政治を
このところ、若者の安倍支持率が高い。2017年10月の衆院選での投票日のNHKの出口調査では自民党支持が、20代が50%と最も高く、30代42%、40代36%、50代34%、60代32%、70代以上が38%と60代までは年齢があがるほど自民党支持者が減るという状況だ。小泉内閣末期の2006年の調査結果を見ると、自民党支持率は20代と30代はだいたい30%前後、40代、50代が30%後半から49%台。そして60歳代以上が40〜50%と年齢があがるとともに支持率が増加していた。
転機は、2012年9月。安倍が自民党総裁になった野田政権の時だ。同月の世論調査では若い世代の自民党支持率が高くなった。そして、同年12月、衆議院選挙で民主党が破れ、第2次安倍政権が誕生する。
なぜ民主党が負けたのか。消費税増税を含む「社会保障と税の一体改革」を「野田民主党」が受け入れ、若年層の自民党支持が増加した。これが、自民党とマスコミの世論操作によって民主党の失政という解釈に転換した。その後、アベノミクスによる「景気回復」「若年層の就職状況の好転」という?の「宣伝」が若年層支持を定着させている。
では、若年層が「右傾化」しているのか。憲法9条についてみてみると、2017年のNHKの世論調査「日本人と憲法」では憲法改正は必要かに対して、男性(18歳〜29歳)では改正する必要があると思うは21%(全世代で最少)、改正する必要はないと思うが66%(全世代で最多)。また、女性(18歳〜29歳)は改正する必要があると思うは17%(全世代で2番目に少ない)、改正する必要がないと思うが62%(全世代で最多)。こうしてみると、憲法9条「改正」の支持が安倍支持を生み出している訳ではない。逆に言えば、憲法9条「改正」に反対でも、安倍支持が大勢いることを意味している。なぜこうなっているのか、若者の実態や意識の動向を護憲派が十分にキャッチして若い人たちに的確なメッセージを送れていないからだと思う。
若者の安倍支持は、アベノミクスと「不安」の時代の特徴
1991年のバブル崩壊以後の「就職難」「氷河期」時代のショックが尾をひいている。新規学卒一括採用を重視する日本型雇用の特徴で、途中入職労働市場が不整備であり、正規と非正規の賃金格差が非常に大きい。まるで身分差だ。だから学校卒業時に就職が決まらなかったらおしまいというほど、デメリットが非常に大きい。アベノミクスのせいではないのだが、アベノミクス以降の失業率の低下、新卒を含む求人倍率の上昇が若年層へ与えた影響は大きい。「氷河期」「リーマンショック時」との比較で現在を「景気が良い」と考える。この点で50代以上の世代との相違がある。アベノミクスの問題点を分かりやすく伝えることの重要性がある。実質賃金の低下の事実を若者に示しても、「自分たちは仕事があるかないかが重要。あるだけでありがたい」という返事が返ってくるのが現状だ。
リーマンショックの2008年から有効求人倍率と有効求人数が下がり始めて、2009年7〜9月に底を打つ。そこからは有効求人倍率は上昇基調だが、実は、民主党政権時から上昇している。アベノミクスの効果ではないのだ。
医療・福祉分野で雇用が増加している。2012年677万が2016年には778万人で、100万人の増。しかし、これは高齢化の影響だ。 雇用増は社会の高齢化、有効求人倍率の上昇は団塊世代の退職増の穴埋めによるものだ。生産年齢人口の減少、人手不足による有効求職者数の減少によって有効求人倍率が上昇している。
2005年基準によると、民主党政権時GDP成長率(2010年〜2012年)が6・05%なのに、自民党政権時のGDP成長率(2013年〜2015年)は1・89%。決して自民党政権時に成長率が上がったわけではない。これらの情報がマスメディアやネットなどを通じて若年層に伝わるかどうか。運動側がこれらの情報を若年層に伝えることができるかどうかがポイントだ。
安倍改憲反対派が多数派を形成するためには(1)
重要なのは、若年層にとって切実な課題とは何かを掴むことだ。私が奨学金やバイトやテストの問題を扱っていることにも関わるのだが、「格差と貧困」を是正するかどうかが、若年層にとって決定的に切実な価値を持つ。憲法9条よりも25条が切実なのだ。まずは、この間の新自由主義によって社会状況、若者の生活実態が日本型雇用の形成期とはまったく違っていると認識すべきだ。
日本型雇用の形成期(1960年〜1990年)に主たる人生経験を経た人たちは、自分たちの状況を「当たり前」と考えがちで、若者の「貧困」を正確に理解することが難しい。大人の貧困と若者の貧困は違うのだから。
藤田孝典さんの『貧困世代』(講談社現代新書)は第2章で、「大人が貧困をわからない悲劇」として、①働けば収入を得られるという神話、②家族が助けてくれているという神話、③元気で健康であるという神話、④昔はもっと大変だったという時代錯誤的神話、⑤若いうちは努力するべきで、それは一時的な苦労だという神話、―こんな「神話」が持ち出されてくる悲劇を指摘している。平和主義・リベラルな思想の持ち主でさえ、若者の「自己責任」などを持ち出すと若者からはまったく支持を得られない。若者を平和主義や改憲反対から遠ざける機能となる。だから運動の再生産がなかなか起こらならない。もっと若者との接点をつくるための工夫がいるのではないか。この点では右派の日本会議の活動に負けている。彼らは実にていねいにやって若いリーダーを育てている。若者に近づけている。
若者の動向は、実は世界的にも同じことがいえる。この間、アメリカやイギリスにおける新自由主義批判・「反緊縮」勢力が登場して若者の支持を多く集めている。
1980年以降の新保守主義・新自由主義の先進地域としてイギリス、とアメリカがあり、サッチャーリズムとレーガノミックスが進行したが、それが行きすぎたこともあって、1980年)、イギリスは労働党ブレア政権(1997〜2007年)が誕生し、「第3の道」路線、すなわち社会民主主義・リベラルの「中道化」(中道右派化)への転換を図った。しかしそれは、結局はグローバル金融資本・多国籍企業との妥協・協調だった。
いちばん重大なことは、その方向を選んだことによって両者ともに富の垂直的再分配を手放してしまったことであり、これでは「貧困と格差」の是正が行われない。こうして、「貧困と格差」がいっそう拡大し、それが排外主義の台頭を生み出すとともに、旧来からの支持層の離反も起こった。
そこで激しく、新しく起きたのが、アメリカではバーニー・サンダースのブームだ。彼は2016年、アメリカ大統領選挙において民主党に入党し予備選に立候補。民主党予備選挙でヒラリー・クリントンに敗れたものの、大きなブームを生み出した。
民主社会主義(デモクラティック・ソーシャリズム)、格差是正、オバマケアをさらに進めたユニバーサルヘルスケア(国民皆保険制度)、公立大学授業料ゼロ、最低賃金15ドルなどの政策を掲げた。アメリカでは今や学生の半分が“死語”のようになっていた「社会主義」を支持しているのではないか。それだけ貧困が深刻だということだ。
イギリスではジェレミー・コービン。2015年9月に労働党党首に就任。「ニュー・レイバー」に対してトラディショナリストを自称、急進左派を唱えて、大学授業料無償、鉄道などの再国有化を打ち出した。2017年の総選挙では30議席増の262議席を獲得し、保守党を単独過半数割れに追い込んだ。圧倒的多くが20代、30代の支持だ。いまや海外では社会主義が若年層のブームにさえなっている。こうして、サッチャー政権以降の新自由主義の政治の転換をめざすとの明言もでてきた。
安倍改憲反対派が多数派を形成するためには(2)
2017年9月〜10月、日本政治では激変があった。「前原―小池」のクーデタだ。反安保の野党共闘ができるなかで、安倍政権による改憲2大政党・極右2大政党の構築への動きとみることができる。小池「排除」発言によって挫折はしたが。
そして、2017年の衆議院総選挙で枝野新党「立憲民主党」が躍進し、リベラルvs極右の対立構造が形成された。このことによって、かつての 「社会党・総評」ブロックの解体と小選挙区制による社会党解体と民主党結党以来、軸は違うが、曖昧化されてきた対立軸が明確化したといえる。
2017年の総選挙では立憲民主党は、リベラル(安倍改憲反対と脱原発の明確化)だから支持を受けた。極右2大政党・改憲2大政党への対抗軸として、選挙前の15議席に対し、小選挙区で18、比例代表で37議席の計55議席と飛躍、野党第1党の座を獲得した(希望の党は50議席)。
与党が「3分の2」議席を獲得したが、しかし、野党第1党が改憲反対の立憲民主党となり、安倍改憲阻止の橋頭堡となることができた。
そして、2019年の参議院選挙。「老後2千万円不足」問題や2019年10月からの消費税10%増税問題が浮上していたが、しかし、「立憲」野党共闘は「消費税10%増税阻止」までしか言えなかった。「老後2千万円不足」問題も争点化できず、失速した。
立憲民主党は2017年衆議院選挙で比例票1108万(得票率19・88%)だったのが、2019年参議院選挙では比例票791万票(得票率15・8%)と大きく票を減らした。
こうしたなかで、消費税廃止、奨学金徳政令、富裕層課税や累進法人税の強化など、大胆な所得再分配と財政出動を唱えた山本太郎氏の新党、れいわ新選組が躍進した。税の垂直的な再分配を訴えれば勝てるということを示した。参議院選挙の比例票は228万票(得票率4・55%)となった。
1人区32選挙区のうち、野党4党統一候補(無所属を含む)は10勝22敗となった(前回の2016年参議院選挙では11勝21敗)。とくに東北地方での野党統一候補勝利の意義はたいへん大きい。これによって与党の「3分の2」議席割れ、自民党単独過半数割れが起こったが、メディアはこのことを書かず、「自民党が勝った」という。それによって世論の動向も変わってくる。
安倍改憲・憲法改悪阻止へ向けての今後の課題
奨学金、学費、入試制度改革など私自身が取り組む個別の問題ももちろん大事だが、社会全体でいうと9条をめぐる問題は重要だ。しかし、9条(+脱原発)だけでは「3分の1」は取れても「立憲」野党で過半数は取れないだろう。それはこの間の選挙結果で示されている。
安倍政権・自民党の「日本会議」化が続いている。たとえ明文改憲はなくても「解釈改憲」「憲法の空洞化」が続いていく。
9条だけでなく、9条に「格差と貧困」に対抗する「25条」を積極的に加えていく必要がある。
25条を具体的に実現するためには、奨学金の債務帳消し、貸与型奨学金から完全な給付型奨学金へと転換していくこと。また、学費ゼロ化、ブラックバイト・ブラック企業を根絶していくことだ。さらに、最低賃金全国一律時給1500円、非正規公務員の正規化と増員、保育・介護労働者の公務員化を含む公務員定員の増員、家賃補助制度の導入と公的住宅の増設などハウジングファーストを実現することが大事だ。
根本的に社会を改造しなければならないということだ。
そのためには、最低限度の「賃金+社会保障」の実現が重要だ。
社会保障の財源を消費税ではなく、金融取引課税や資産課税の強化、所得税の累進性強化、法人課税の強化など「応能負担」税制によって行うことを明確に打ち出すべきだ。「持っている者はより多く負担する」という原則に帰ることだ。
また、最低賃金全国一律時給1500円に加えて教育・住宅・医療・介護・保育の領域の「脱商品化」が重要だ。
これらが、2021年までにきっと行われるだろう衆議院選挙の最大の課題といえる。 いま、山本太郎氏が「消費税5%への減税」を言い、日本共産党も「消費税5%への減税」での共闘を検討している。だが、「消費税5%への減税」だけに終わらずに、「社会保障財源の明示化」、すなわち垂直的再分配による格差と貧困の是正の方向が明確化できたときに野党は大きく勝てる。その野党共闘(いわば25条共闘)ができれば大勝利すると考える。
この衆議院選挙にむけて、最低賃金上昇(時給1500円)、ブラック企業・ブラックバイト根絶、奨学金問題、ハウジングプア支援など、「ソーシャル」な社会運動を立憲野党の政策へと結びつけていく「回路」が切に必要だと思う。
日本における立憲野党・「社会民主主義」の多数派形成には、憲法25条の実現と9条改憲阻止との連携が必要だ。
世代間断層を克服していくことも問われる。40歳未満と50代以上では不安の対象が違う。「下流老人」におびえるのが40代〜60代で、20代〜30代は「貧困世代」だ。このことを同時に問題にしないと分断されてしまう。権力側は野党を割るか、市民を割るかを考える。 いま、貧困層の固定化と中間層の解体が同時進行しているなかで、分断支配を打破する社会運動・政治勢力の登場が求められているのだ。その「求められるもの」とは、「99% vs 1% 」を明示化する政治ではないだろうか。「1億以上を持っている層に課税せよ」と言える政治だ。