新社会兵庫ナウ

私の主張(2023年7月26日号)
学校教育の今を考える(1)デジタル教科書の功罪

2023/07/26
 すすむ「GIGAスクール」
 いま学校では、1人1台のタブレットを児童生徒に貸与して、「GIGAスクール」と呼ばれる教育が進められている。ランドセルに入れて持ち帰ったタブレットで宿題をする姿が普通になった。
 しかし、これを単なる教育機器導入の条件整備として捉えるのは間違いだ。それには財界や経済界が提唱し、政府が目指している「society5・0社会」が大きく関連している。society5・0とは、これまでの情報社会のIT化をさらに進め、IoT(すべてのものがインターネットとつながる)、AI、ビッグデータ、ロボット工学などの最新テクノロジーをフルに活用した社会である。日本経済の行き詰まりへの対策として浮上したもので、いま強引に進められている国民の生活を丸ごとデータ化しようというマイナンバーカードのような行政のデジタル化もその一つである。この構想に教育も巻き込もうというのが、「GIGAスクール」の正体だ。
 たがって、学校教育の目的は、「society5・0社会」を実現するための人材育成になる。IT機器を駆使することで将来の社会を担うことができる国民をつくることが目指される。これまで公教育の大きな目的とされた「人格の形成」がはるか後ろに遠のく印象である。
 いま大きな流れとして進められている「GIGAスクール」だが、子どもたちに端末機を使わせる教育的効果が実証されているわけでは決してない。今後導入されるデジタル教科書についてもその功罪をしっかり捉えておかなければならないと思う。
 新しい機能を持つ教科書
 来年2024年度から小学校は新しい教科書になる。そのタイミングでデジタル教科書の本格導入が始まる。デジタル教科書とは、紙媒体の教科書の内容をそのままパソコンやタブレットで見ることができ、文字の大きさや色などを変えることができる教科書だ。
 デジタル教科書の現在の使用状況調査によると、その使用率順位の1位は小中学校の英語。100%の使用率だ。市販されているハイテク絵本の中に、付属のペンで動物や乗り物の絵を押すとそれが英語で発音されるというものがあるが、デジタルの英語教科書もまさにそれに似た機能があり、子どもたちは自分で何度も英語の発音を聞くことができる。従来の紙の教科書にはない優れた特徴をもっているからこそ使われているのだろう。
 しかし、その他の教科になると利用率はぐんと落ちる。2位が小学校算数で37%、3位が中学校数学で23%。算数や数学で比較的多く使われているのは、グラフや図形の学習に有効だからだろうか。4位以下となるとさらに低い使用率となるので、この結果からは来年から一気にデジタル教科書が普及するとは思われない。どうやら英語のみの「本格実施」になりそうである。
 情報の多さが弊害に
 韓国でデジタル教科書の実証実験が行われたが、デジタル教科書を利用した効果は、成績レベルが低いか、あるいは地方に住む児童に多く見られたようだ。パソコンの画面に子どもが興味を惹かれ、説明が分かりやすいからだと考えられる。一方、成績レベルが高く大都市に住む児童にはほとんど効果はなかった。紙からデジタルへの変更が一概に成績向上につながるとはいえないようである。
 情報量の多さが弊害になるという別の実験結果もある。文章内にハイパーリンクがあると注意散漫になり深い読みができないことが分かった。また、動画も含めて情報量が多すぎると、受け取る側が受け身になってしまい、能動的に考えることを妨げることになる。動画を見て分かった気になってしまう現象は、動画が能動的思考を奪うからだと考えられる。
 体を通した体験が大事
 タブレットによるデジタル教科書を使うことが、子どもたちの教育に本当に有効なのかどうかは、立ち止まって考えるべきだと思う。国立情報学研究所の新井紀子教授は、「2次元の世界には、においも舌触りも手触りもありません。そもそも平面的なものを立体的に見ようというのは無理」だと言う。そして、「鉛筆を使う。消しゴムを使う。物差しをしっかり押さえて線を引く。こうした原始的な体験を積むことが大事」と指摘する。
 そういう作業がタブレット内で簡単にできてしまい、「原始的な体験」を遠ざけてしまうデジタル教科書を、無批判に子どもたちに使わせることにはやはり疑問を持つ。使うことを目的にせず、あくまでも「便利な道具」として利用していくことが肝要である。
渡辺修二(兵庫教育労働運動研究会)