新社会兵庫ナウ

私の主張(2023年7月12日号)
止めよう! やりたい放題の岸田”超壊憲”政治

2023/07/12
 この国の進路にとって、この国の社会のあり方として、そしてそれは国民の暮らしに大いに関わる重大な内容の法案が、さほど大きな抵抗も受けずに政権のやりたい放題に次々と成立していく―。先の第211通常国会の光景に、腹立たしさだけでなく、何とも虚しく、不思議とさえ言えるような複雑な思いを持った。国会の数の力によるものとはいえ、悪法の相つぐ成立がこれほど簡単に許されてしまうほど、これらを止めようとする社会的な力は弱まっているのか。政治の劣化や社会の鈍化がこうも進んでしまっているのか。そんなふうにも考え込んだ。もちろん、自分を問題の埒外において、第三者的に嘆いてみても意味のないことである。この政治状況に何を考え、何が課題なのか、共に考えてみたい。
 そこで第211通常国会に現れた状況を改めてふり返ってみる。特徴的なことのひとつは、野党各党の政治方針の違いがはっきりし、かつての野党共闘が崩れて野党間に分断が起こっていることだ。このことが政権の思い通りの国会運営を容易にしているひとつの要因だろう。成立した重要法案のうち、原子力政策を大きく転換し原発回帰をはかるGX脱炭素電源法案、健康保険証を廃止するマイナンバー法改定法案、武器・兵器の開発・輸出を支援する防衛産業強化法案、そして入管難民法改定案には、野党である維新と国民民主は賛成に回った。両党は改憲をめぐっても、いまや、今秋の臨時国会での改憲条文案のとりまとめを急ぐほどに、ほぼ完全な共同歩調を取る。
 防衛産業強化法案には両党のみならず立憲民主も賛成した。ここにみられる立憲民主の政治的立ち位置も、市民の平和運動には少なからぬマイナスの影響を与えている。
 こうして、重要法案をめぐってさえも従来の対決型の構図にかわって、政権・与党への接近を躊躇しない一部野党の現実主義的対応が目立つのも一つの特徴となった。
 その一方で、共産党や社民党など、いわゆる左派の相対的力量の低下も際立った。
 総じて立憲野党の存在感が薄らいだ印象だ。マイナカードをめぐるトラブルなどで内閣支持率がふたたび急降下しているなかでも、立憲野党の支持率は上がらない状況がずっと続いている。立憲民主に代わり維新が野党第1党になる勢いで支持を広げているのも、この間の特徴的な事態だ。
 一方、国会外に目を転じればどうだったろうか。たしかに、大軍拡に反対する大衆運動は全国各地にある。また、改悪入管難民法案などをめぐっては幅広い、若い人たちをも巻き込んだ市民の新たな行動も起きた。だが、違憲の大軍拡の具体化を図る防衛財源確保法案に対しては、国会会期中、大衆運動としてどれだけ運動化しえたのか、行動を起こせたのか、自分の問題としても大きな反省が残る。
 あの2015年の安保法制=戦争法制に反対する大衆運動の広がりや高揚を思い起こせば、その落差は大きすぎる。こうした状況の底流にある有権者の意識の変化にも注意を払う必要があろう。安保法制の成立以降も、政権は法制の周辺を整備しながら「戦争のできる国」への道を歩み続け、既成事実化してきた。国民にとってはその現実を既成事実として見せ続けられてきたことになる。
 そこにロシアのウクライナ侵攻が、有権者の意識にさらに大きな変化を生み出した。台湾有事のことも煽られ、昨年秋の各種の世論調査では防衛費増額や反撃能力=敵基地攻撃能力の保有については、賛成が反対を上回っている。増税はいやだけど、防衛費の増額は必要だ、抑止力を高めなくてはならない―、その先に起きうることの議論などを抜きに、こうした意識が浸透してきている。
 問題のポイントのひとつは、この意識状況をどう打ち破っていくかである。政治課題に限って言えば、現下の情勢で「戦争は絶対にさせてはいけない、してはいけない」という主張をどう訴えていくのか、もっと言えば、新社会党の掲げる「非武装・中立」という”理想”をどう分かりやすく、現実的なものとして訴えていくことができるのか、この議論と工夫はぜひとも必要なことだ。
 さらに、今は直ちに大きなものにならないにしても、日頃の、地道な、草の根的な呼びかけと行動を続けていくことの大切さである。相手の綻びを衝くような、マイナンバーカード問題への取り組みも一考できよう。そうした運動の積み重ねの中で改善点や工夫も出てこよう。運動の高揚を意識した準備としても戦略的に考えよう。それらが改めて野党共闘、市民と野党の共闘の土台を下からつくっていくことにもなりうると考えたい。
上野恵司(平和運動研究会)