血の池跡碑 (姫路市)
 「血の池」とは何とも物騒な名前ではある。 姫路城の南東に位置する播磨国総社(射楯兵主(いだてひょうず)神社)西門の南側には、かつてはうっそうとした樹林に囲まれた神池があり、文化元年(1804年)の「播州名所巡覧図絵」にはすでに「血の池」と記されている。
 昔、総社では旧暦7月に行われる恒例行事に、人々が抜刀して踊りを舞う「刀劔おとり神事」と呼ばれる行事があり、江戸時代には「修羅神事」とか「修羅念仏」「修羅踊り」「豊年踊り」などと呼ばれた。この行事では、当然のことながら負傷者が多く出たため、この神池の水で傷を洗って止血したことが池の名前の由来だという。
 かつては池に隣接した東側に能舞台があり、霜月礼大祭には「神能」が奉納され、とても賑わったそうだが、1976年の埋立・整備工事と2005年の全面改修工事で池は埋め立てられ、市民の一時避難場所、憩いの場として「総社公園」となって新しく生まれ変った。そして公園の片隅に「血の池趾」碑はひっそりと佇んでいる。
  【メモ】JR姫路駅北のバス停から、姫路城周辺を周回しているレトロ調ボンネット型バス「城周辺観光ループバス」に乗り、「姫路郵便局前」で下車スグ。姫路駅からは約6分。
(森山)
写真:姫路城の南東に位置する播磨国総社西門の南側に200年前からあった「血の池」は今や埋め立てられ「総社公園」の片隅にその碑がひっそりと立つ
2019年11月12日号