

- 洲本城(洲本市)
(洲本市)
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夏休みを利用して娘や息子たちの家族と洲本温泉に泊まった翌日、少しでも暑さがましな朝のうちにと何十年振りかで洲本城に上がってみた。城への登り道の途中に駐車して蝉時雨の降る石段や坂道を木陰を選んで上って行く。穴太積みの石垣や濠などが当時のまま残り、国の史跡に指定されている。本丸の郭を構成する石垣は見事なものだ。上り詰めた先の広場の向こうの石垣の上にかわいい天守閣がちょこんと鎮座していた。小振りのかわいい天守閣だったとの記憶通りの姿でそこに在った。この標高133mの三熊山の山上に築かれた平山城は「三熊城」とも呼ばれ、戦国時代から江戸時代にかけて淡路国統治の拠点になった。現在ある天守閣は昭和の初めに展望台としてコンクリートで造られたもので、模擬天守閣(展望台)としては日本最古のものらしい。壁面にひび割れが見つかり、立ち入り禁止で本格的な補修工事を実施したが、改修後も中に入れないままになっている。が、中に入れなくとも、ここからの展望は素晴らしい。眼下に洲本市街が広がり、紀淡海峡の彼方に紀伊半島が望める。この城郭の一帯は桜の木が多く、花見時には多くの人で賑わうことだろうが、盛夏のこの時期、人影はまばら。50年程前までこの洲本から福良まで島を横切って淡路鉄道が走っていたことをふと思い出しもした。
(嶋谷)
2019年9月24日号
- 「ひょうご描き歩きが100回」
嶋谷数博さんが2010年9月開始 -
隔号で月1回、1面に連載している「ひょうご描き歩き」が今号で100回を迎えた。第1回は2010年の9月14日号。加古川の鶴林寺から始まった。
作者の嶋谷数博さんに並々ならぬご尽力をいただいてきた結果だ。あらためて感謝を申し上げます。連載100回の節目に嶋谷さんからコメントをいただいた。
【編集部】
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或るグループの会報にスケッチ画を連載していたのが発端で、2010年9月の紙面から始まった「ひょうご描き歩き」の連載が100回を数えた。好きで描いているだけの素人の拙いスケッチ画が政党紙の貴重な紙面を汚すのではないかと多少戸惑いながらも引き受けたのも、定年後の暇な時間に好きな絵を描くことを自分に課すこともまた楽しからずや、との思いで、県下各地の自然や景観を色紙に描き続けている。月1枚位なら常に描き下ろせばいいのだが、窮して貯め置きの作品を使うこともしばしば。自分が住む播磨地方の絵が必然的に多くなってしまい、申し訳なく思っている。たんに趣味として描いているだけの画、恥じ入りながらももうしばらく連載することをお許し下さい。
嶋谷数博(高砂市)
写真:嶋谷数博さん
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