西国街道まわり道・碑(神戸市東灘区)
  この碑は15年前に、神戸市が西国街道のうち浜街道を「まわり道」とネーミングしたのを機に地元自治会によって設置された。
 西国街道は、芦屋市打出から生田神社にかけて南北2つに分岐する。山側のルート(阪神とJRの間)を本街道、南のルート(国道43号線南)を浜街道と呼んだ。
 主として参勤交代など武士が目立った本街道に比べ、浜街道は庶民の生活道路であり、物品の輸送ルートであった。
 碑の場所には出土した石臼や酒絞りに使われた重し石があるが、石臼はこの地で盛んだった灘目素麺づくりに使われたもの。1897年(明治30年)には380トンを生産。20数軒の素麺倉があったという。ちなみに、灘目素麺が西播の揖保乃糸のルーツとされるのは、龍野からの出稼ぎ職人が帰郷して素麺づくりを根付かせたのが始まりという。昭和初期にはこの地の素麺づくりが消滅し、西播地域に引き継がれた。
 白砂青松の海岸線に沿う浜街道の一角に青木(おうぎ)魚市場があったが、ここが有馬への魚屋道の起点となった。また、魚崎郷の東端に位置し酒造りの拠点でもあった。
【メモ】神戸市東灘区青木1丁目。阪神青木駅から南へ7分。 
(鍋島)
写真:西国街道の浜街道の方を15年前に神戸市が「まわり道」と名付けたのを機に地元自治会によって設置された
2019年6月11日号