- 神馬供出記念の碑(たつの市御津町)
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碑は、歴史的に残したいことを顕彰するものであると思っていたら、そうではない碑もある。昔はあったのだが、今は無くなっていることを顕彰する碑である。
たつの市御津町の富嶋神社境内にある「皇紀二千六百年記念奉納」と書かれた立派な台座の上に、「神馬供出記念」と書かれた小さな石盤だけが残されている。その昔、勇壮な姿をした青銅の神馬像が立っていたのだが、戦時中の金属類回収令により供出してしまったのだ。
ところで、戦時中は国民は率先して戦争に協力したのであろうか。もう亡くなったが、先輩の活動家が、「自分に召集令状が届いた時、お母さんに『立派に死んでまいります』と挨拶をしたら、『何言うとん!どんなことがあっても生きて帰ってこなあかんで!』と叱られた」と話されていた。
大日本帝国憲法の下、天皇と国民は親子の関係だと説きながら、子どもが心の糧にしていた神馬を臆面もなく取り上げてのうのうとしている。そんな親がどこにいるだろうか。
石盤の裏面には、「青銅ノ新馬ハ大東亞戦爭ノ際金属回集ノ爲供出ス」と書かれている。私には無念さがにじみ出ているような気がするのだが……。
【メモ】富嶋神社へは山陽電鉄・網干駅より室津行きのバスに乗り、苅屋西口で下車。南南西に徒歩約10分。
(森山) 写真:かつては台座の上にあった神馬像が戦時中の金属類回収令で供出しまったことを顕彰する碑
2019年4月23日号
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