- 宮本武蔵生誕之地碑(揖保郡太子町宮本)
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江戸時代初期の剣術家、兵法家として誰もが知っている宮本武蔵は『五輪書』を著し、その中で13歳から29歳までの60回以上の決闘にすべて勝利したと記述している。
武蔵の生誕地については、『五輪書』に「生国播磨」と自ら記載しており、江戸時代中期の地誌「播磨鑑」にも「宮本武蔵ハ揖東(いっとう)郡鵤(いかるが)ノ南宮本村ノ産ナリ」とあり、播磨生誕説となっている。
ただ、江戸時代後期の地誌『東作誌』では美作国宮本村で生まれたと記載されているため、美作生誕説も存在する。その美作生誕説を採用した吉川英治の小説『宮本武蔵』があまりにも人気を博したため、美作生誕説が有名になり、岡山県美作市では宮本武蔵生誕の地として大々的に観光事業に取り組んでいる。
一方、美作生誕説よりも古い伝承を持つ播磨生誕説は地元の人さえ知らないぐらいに埋もれている。その原因として、宝暦年間(1751〜1764)、この地を襲った大火災で、武蔵に関する史料、古文書、系図等の大部分を焼失、さらに、1887(明治20)年の再度の大火災が追い討ちをかけ、残された資料も灰と化してしまったことが挙げられる。
【メモ】JR山陽本線・網干駅から西へ約3q、徒歩40分。車では国道2号線・鵤西交差点を南西に2q、約5分。石海(せっかい)神社前。
(森山) 写真:武蔵の著『五輪書』には自ら「生国播磨」とあり、太子町宮本の石海神社にはその碑が立つ
2018年11月27日号
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