- 史蹟 神戸事件発生地(神戸市中央区)
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開港150年の記念行事が繰り広げられているが、神戸事件に関するものは見当たらない。お祝い事にはふさわしくない出来事だからだろうか。
この事件は、開港まもない1868(慶応4)年1月11日に起きた。この日、西宮警備のため西国街道を東進中の備前藩士の隊列を外国水兵数人が横切ったことが発端となった。怒った備前藩士が切りつけ、傷を負わせた。これに対し、停泊中の軍艦から外国兵が上陸、交戦の末、付近一帯が占領される事態となった。
欧米列強6か国は、居留地の安全確保と責任者の処分を要求。交渉の結果、命令したとされる砲隊長の滝善三郎の切腹をもって決着した。
切腹は、薩摩藩の本部が置かれていた兵庫の永福寺で列強6か国の立会いのもとで行われた。滝の墓は同じ兵庫の能福寺にある。
当時の写真が残っているが、事件の舞台となった三宮神社は西国街道に面し、深い木々に覆われている。境内には茶店もあって、旅人の憩いの場だったようだ。今の境内の隅には備前藩が使用したものと同型の大砲が展示されている。
ちなみに、この事件が明治新政府にとって初の外国との交渉となった。
【メモ】神戸市中央区三宮町。トアロ―ドの南端。大丸百貨店の東北角。
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