- ムーセ旧居(朝来市)
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神子畑選鉱所を初めてスケッチに訪れたのは16年前の秋。山が装う山間を車で走っていて突如出現した不気味な廃墟に鳥肌が立ったことを思い出す。山の斜面に横長の建屋がひな壇状に何段も並び重なっていた。この時、すでに操業が中止されて久しかったが、建屋はそのまま放置されていた。最盛期にはここで3千人が働いていたという鉱石選鉱所の跡だが、荒れるがままの姿は不気味で哀れだった。
ここから北西6`の地に日本一のスズ鉱山として栄えた明延鉱山があった。そこで採掘された鉱石がこの選鉱所に運ばれ、金・銀・銅・鉛・スズなどに選り分けられた後、生野鉱山併設の生野製錬所他に送られていった。
初めて訪ねた2年後に建屋は解体撤去されたそうで、今はコンクリートの土台がむき出しに並ぶだけ。
ここの入口にムーセ旧居が移築されて在る。明治初頭、生野鉱山で働く外国人技術者の宿舎として建てられたうちの一つで、フランス人技師ムーセの住居であったものがここに移築され、当時は事務所兼診療所として利用されていたが、閉山後、老朽化が進み、改修を受けて今は資料館として、また、写真美術館として利用されている。(嶋谷)2018年06月12日号