- 淡路人形浄瑠璃訪ソ記念碑(淡路市志筑)
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淡路の人形芝居は500年の歴史を誇ると言われているが、初めての海外公演は、1958年(昭和33年)のソビエト連邦公演だった。
きっかけは、津名郡五色町の人形座が解散することになり、日本人形劇協会の中坪氏が衰えゆく郷土芸能を東京で紹介。公演をしている内にモスクワ博物館長が注目し、ソ連へ招こうということになった。
当時、社会主義国のソ連と日本の封建時代の義理人情を中心とした人形芝居とではかけ離れていると思われがちだったが、淡路人形芝居は元来農民の芸能であり、むしろ労働者・農民の国ソ連にふさわしいのではないかとなり、17人の訪ソメンバーが決定された。
メンバーの中で最も注目を集めたのは三原高校2年生の神代(こおじろ)初美さんで、「オカッパ太夫」として人気を博した。
公演はモスクワとレニングラードでそれぞれ10日間ずつ行われた。入場料はボリショイ劇場並みの23ルーブルであったが、初日には完売し連日の超満員。しかも、感動のあまり涙を拭いている人もいたと言う。「日本語を知らないソ連の人にどうして理解できたのか不思議である」との解説もある(資料の提供は淡路人形浄瑠璃資料館と淡路人形座)。
この訪ソを記念して「いこいの宿・津名ハイツ」の入口に碑が建てられた。題字は大内兵衛の筆になっている。
【メモ】津名ハイツへは神戸淡路鳴門自動車道・津名一宮ICから東へ車で10分。
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