- 鳴尾義民碑(西宮市)
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「田水張り水攻めのごと家浮かぶ」。稲作は大量の水を必要とするが故に古来より水争いが絶えなかった。
旧鳴尾村(現西宮市)周辺も例外ではなかった。1585(天正13)年に歴史に残る大騒動が起きる。天正北郷樋事件と言われるもので、上流の瓦林村が武庫川の氾濫による水害を防ぐために堤防を築いたが、その際、同じ武庫川の伏流水を利用する鳴尾村の灌漑用水路が破壊されたことから、近隣の村々を巻き込んでの大争乱となり多数の死者を出すに至った。
この騒動は大阪の豊臣氏に訴えられ、「命より水が大事」と主張した鳴尾村の水利権は認められたが、鳴尾村25人、瓦林26人の農民が打ち首となった。
この事件のあと、戦前まで鳴尾側から用水供給の礼として酒肴を瓦林に贈るという儀礼が続いていた。
鳴尾村が暗渠に使った楠材は大正年間に掘り出され、戦争末期に防空壕に再利用されたが、空襲で焼失した。
義民碑は当時の農民の水への思いを伝えるために、1940年に建立された。
【メモ】西宮市甲子園3番町11。3番町交差点の北東の北郷公園内にある。阪神甲子園駅から北へ徒歩6分
写真:多数の死者を出した1585年の用水路を巡る大騒動の際の農民の水への思いを伝えるために1940年に創建
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