大正ロマン館 (篠山市)
 家(高砂)から篠山へは舞鶴若狭自動車道を使えば便利で早く行けるのだろうが、加東市社町を経由して西京街道国道372号でデカンショ街道を通り、のんびりと山間の風景を楽しみながら車を走らせるのを常とする。
 静かな山ふところに抱かれて篠山のまちは穏やかでやさしい。まちのシンボルは別名桐ケ城と呼ばれた篠山城。徳川家康が関が原合戦後の西国大名の監視と大阪城の包囲作戦の拠点として藤堂高虎に縄張りを命じ、外様大名20家を動員して築かせた天下普請の城であったが、今は城の建物はなく、苔むした高石垣がそびえ、お壕が取り囲む城跡が往時をしのばせる。
 この城跡のすぐ前に「大正ロマン館」はある。大正12年から約70年間、篠山町役場であったのを保存再利用するため装いも新たに「大正ロマン館」としてその瀟洒な姿で大正ロマンの面影を伝える。都市と農村の交流の館として多くの人々に親しまれている。
 近くには、30年前まで木造の日本最古の裁判所として使われていた篠山地方裁判所が内部改装されて歴史美術館としてある。他にも武家屋敷や妻入商家など飽きない。
(嶋谷)
2011年2月22日号