高源寺 (丹波市青垣町)
 丹波屈指の禅寺、高源寺は但馬や播磨から京都に入る京街道として栄えた青垣町の中心部やや西よりの国道沿いにある。
 鎌倉時代末期の1325年に中国杭州で修行した僧、遠谿祖雄禅師が臨済宗中峰派の寺院として開いたのが始まり。戦国時代、明智光秀の丹波攻めの際に全焼。江戸時代に入り、1720年頃に天巌禅師が再建に着手し、それを引き継ぐ形で弘巌禅師が柏原藩の資金援助もあって再建、1799年頃に現在の形になったといわれる。
 関西花の寺4番札所で「丹波のもみじ寺」とも呼ばれている。ここのもみじを天目楓という。遠谿が修行した中国杭州天目山から持ち帰ったカエデということからそう呼ばれ、紅葉の名所として秋の紅葉シーズンには大勢の観光客で賑わう。
 自然石の苔むした惣門の石段、本堂、三重塔、山門など見所が多く荘厳。参道を埋め尽くす2千を超える天目楓のトンネルは目を見張る美しさだ。
 秋の見事な紅葉のほか、春はツツジ、夏はあじさい、冬は椿と年中いろいろな花が咲いている。このスケッチの時は早春、冬の名残の淡雪がうっすらと薄化粧を施して迎えてくれた。もみじの新緑もすがすがしくてよい。
木の根橋 (丹波市柏原町)
 青垣町の高源寺より南東に20キロほど下ると氷上町を経て柏原町に至る。柏原は、織田信長の弟、織田信包が作った城下町で、明治の版籍奉還まで織田氏の城下町として栄えた。この柏原町旧役場の傍に、樹齢千年を超えるケヤキの根が橋になっているというので訪ねてみた。
 川幅8mの奥村川をまたいでできた木の根のトンネルの中を川が流れている。根が橋の欄干のようになっている。幹径6m、樹高21m、枝張各25mで樹齢は千年を超えているといわれている。幹には緑の苔がむし、注連縄がかけられている。このスケッチに訪れた時にはなかったが、ネットの最近の写真を見ると2本の支え木が施されてあって少し痛々しい感じがする。それでも春にはみずみずしく新緑の枝を空一杯に広げ、紅葉の季節には黄や赤に燃えてまだまだ元気な姿を見せている。
 「巨木を語ろう全国フォーラム」の第1回大会がこの柏原町で開催された。巨樹・巨木保護の高まりの原点ともいえる大ケヤキであり、県の天然記念物に指定されている。
 「雪の朝 二の字二の字の 下駄のあと」の句があまりにも有名な元禄四俳女の一人、田ステ女の生誕の地で、その記念館が近くにある。
2011年1月18日号