「新社会兵庫」 9月23日号
- 現地「憂う会」事務局長が報告
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「憲法を生かす会・ひょうごネット」が呼びかけた「京丹後・米軍Xバンドレーダー基地に反対する兵庫集会」が13日午後、神戸市内で開催され、約100人が参加した。現地の「米軍基地建設を憂う宇川有志の会」の永井友昭事務局長から現地の状況報告を受け、近畿で唯一の米軍基地建設を許さないために、沖縄をはじめ全国の反基地闘争と連帯しながら、兵庫でも現地の状況を受け止めて反対運動を強めていこうと確認しあった。
米軍Xバンドレーダーは高性能の早期警戒レーダー。このXバンドレーダーを京丹後市経ヶ岬に配備しようとする基地建設工事は、今年5月末に強行着工され、この10月にもレーダーの搬入が行われようとしている。
これに対し、地域住民でつくる「米軍基地建設を憂う宇川有志の会」(「憂う会」)や「米軍Xバンドレーダー基地反対・近畿連絡会」などは昨年から現地で署名活動や2回の反対集会を通じて、基地建設を許さない運動をねばり強く展開してきている。
集会では、「近畿連絡会」代表世話人である大湾宗則さんの連帯あいさつののち、永井友昭「憂う会」事務局長から報告を受けた。
永井さんはまず、基地の建設地について、江戸時代初期からの由緒ある曹洞宗の寺院の境内であり、高い海岸段丘と洞窟は古くから景勝の地として寺院を含めて「穴文殊」と言われる所だと紹介。田んぼだった文殊野は、基地建設工事ですべて掘り返されて敷地造成され、いま鉄骨組みが急ピッチで進められている状況だと説明した。
また、基地完成後の問題点として、レーダーの電磁波による影響を指摘するとともに、レーダー配備によって京丹後が日本を戦争に引きずり込む最前線になるおそれや、160人の米軍関係者の事件・事故などの問題が起きるおそれなど、基地の危険性を提起した。
そして、地域住民の思いとして、基地を心から歓迎する者は誰もいない一方で、反対しても仕方がないと思っている人が多いなか、「憂う会」をはじめ基地に疑問をもつ者が現地住民や京丹後市民に対する情報提供や学習の場を企画し、運動の輪は着実に広がっていることも紹介した。
報告の最後は、「沖縄のようには闘えないが、経ヶ岬の名を全国に知らしめることが運動の力を強めることになるし、闘うことは、国のあり方や政治を変えることに繋がっていく」と締めくくり、28日の現地全国集会への参加を訴えた。
(N)
写真上:沖縄をはじめ全国の反基地闘争と連帯して米軍Xバンドレーダー基地反対闘争を強めようと誓った神戸集会=9月13日、神戸市・あすてっぷKOBE 写真下:現地報告をする永井友昭さん=9月13日
- 奨学金問題と学費を考える兵庫の会
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昨年6月に発足した「奨学金と学費を考える兵庫の会」は12日、神戸市内で第2回総会と講演会を開いた。同会は、奨学金問題に関するトラブル・被害の相談と救済に取り組むとともに、制度の改善をもめざすことを目的に出発した。
総会では、発足以降の活動や今後の活動計画を佐野修吉事務局長が報告・提案し了承された。
活動報告では、これまで32件の電話相談が寄せられていることや出前講座「奨学金―何が問題か」を県立高校などで実施してきたことなどが明らかにされた。
今後の主な活動計画として、@県内独自のホットライン(電話相談)の実施(11月16日に実施を予定)、Aサポーターマップの作成、B出前講座の拡充、C返済困難者の聞き取り調査、D各自治体での意見書決議の推進、Eニュースの発行、F会員拡大などが提起された。
さらに、運動体制の強化が打ち出され、新たな役員体制として代表には赤松範夫弁護士(再)と新たに辰巳裕規弁護士を選出。新設の事務局次長に弁護士と司法書士の2人が就任するとともに、事務局員にも弁護士、司法書士が新たに加わった。
総会後は「奨学金問題の現状と課題―相談Q&A解説」と題し、奨学金問題対策全国会議事務局長の岩重佳治弁護士が分かりやすい講演を行った。
写真:奨学金問題の現状と課題について提起する岩重佳治弁護士=9月12日、あすてっぷKOBE
- 護憲の6団体が呼びかけ 10.6
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安倍政権の解釈改憲≠ノよる集団的自衛権行使容認の閣議決定に反対し、安倍政権の暴走を阻止しよう、と呼びかける全県一斉の街頭宣伝行動が10月6日午後6時から(場所によっては時刻が多少ずれているところも)県内52カ所のターミナルで取り組まれる。
行動を呼びかけるのは第1次安倍内閣当時の06年11月3日、神戸市中央区のワールド記念ホールで7500人が集まった憲法集会「はばたけ!9条」を成功させた5団体(9条の心ネット、兵庫県憲法会議、憲法・兵庫会議、平和憲法を守る兵庫県連絡会議、平和憲法を広げる兵庫県民会議)と憲法改悪阻止兵庫県共同センターの6団体。
内閣改造によっていっそう右翼的色彩を強めた安倍内閣は、戦争国家づくりのための法整備へとさらに暴走を進めようとしている。
この暴走を許すなと呼びかける宣伝行動の実施場所は以下の52カ所である(このうち、「憲法を生かす会」関係の団体が責任団体となるのは※印)。
◎JR相生◎JR姫路北◎JR姫路南◎JR宝殿◎JR加古川◎JR大久保◎※JR明石◎※JR・山陽垂水◎JR・山陽須磨◎地下鉄・山陽板宿◎※JR兵庫◎JR神戸◎JR・阪神元町◎JR三ノ宮北◎三宮・デコボコ広場◎ポートライナー三宮◎交通センタービル前◎阪急三宮西口南◎※JR六甲道◎※JR住吉◎※JR芦屋◎JR西宮◎阪神西宮◎※阪神尼崎◎JR尼崎◎JR立花◎JR・阪急伊丹◎JR川西◎JR宝塚◎JR西宮名塩◎JR三田◎神鉄小野◎JR西脇市◎神鉄北えある鈴蘭台◎神鉄西鈴蘭台◎※神鉄鈴蘭台◎地下鉄西神中央◎地下鉄学園都市◎※地下鉄名谷◎地下鉄妙法寺◎地下鉄新長田◎阪急六甲◎阪急夙川◎阪急岡本◎阪急西宮北口◎阪急塚口◎阪神甲子園◎阪神御影◎JR豊岡◎阪急逆瀬川◎JR篠山口◎洲本AEON前
- 労働法制ひょうごアクション
安倍政権による労働法制全面改悪の企ては、臨時国会への「労働者派遣法改悪案」の再上程をはじめてとしてこの秋、大きな攻防の焦点となる。
労働法制改悪反対の運動を拡げようとする「労働法制総破壊に反対する兵庫県共同アクション実行委員会(労働法制ひょうごアクション)」は、運動の強化を目指して10月1日に5回目となる県下一斉ターミナル宣伝行動を行い、14日には6月19日の緊急デモ行進(=写真)に引き続く集会とデモ行進を行う。
写真:6月19日の緊急デモ行進
- 30回目を迎えた反核平和の火リレー
平和友好祭第57回兵庫県祭典 -
平和友好祭兵庫県実行委員会は6、7日の両日、第57回兵庫県祭典を養父市内で開催し、40人が参加した。5月3日の憲法記念日に今年度の実行委員会を立ち上げて以降、職場・地域で青年女性と反戦平和について考え合ってきた。祭典は今年度の運動の締めくくりとして、記念講演や分科会を行い、議論を深めた。
「安倍政権下の動きと私たちの課題」をテーマにした講演は、ピースネット明石の狩郷将弘さんが行った。特定秘密保護法や集団的自衛権の問題点と動向を説明した狩郷さんは、「おかしいことを『おかしい』と言うことが大切。広く市民に訴えるよう私たちの運動スタイルも見直し、楽しく運動しよう」とまとめた。
分科会は、@原発問題を考えるA戦争する国になったら?B30年目を迎えたリレー運動、の3つのテーマで実施。Bの分科会では、「“反核平和の火リレー”運動を通して被爆者の声を聞き、非核自治体宣言や被爆者援護法を求めてきた。また、地域の青年共闘を前進させてきた。“反核平和の火リレー”を通して『何を取り組むのか』という主体性が重要」と確認した。30年間継続させてきたことの意義を再確認し、県民アピールの方法を工夫することも課題とした。
2日目は、生野鉱山で朝鮮人強制連行の歴史を学び、鉱山跡を見学した。
参加者からは「後世に歴史を正しく伝えていくことが大切」などとの感想が出された。
(A)
写真:40人の青年・女性が平和問題を中心テーマに交流した=9月6日、養父市
- 兵庫県農業問題懇話会
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兵庫県農業問題懇話会(中井常男会長)は2、3日の両日、養父市大屋町の農業者グループと懇談し、特区指定を受けた養父市の現状や将来について意見交換した。
今回の取り組みは、農業特区についての懇話会の「農業委員会の権限を市が取り上げ、規制を緩和して農地を市場に委ねてしまっては農地・村落の荒廃を招くことになる」との見解をもとに企画されたもので、グループの主な意見は、@「市の特区構想策定や国への申請などほぼ秘密裏に行われてきた。議会や農業委員会などでも意見集約などは行われていない。農家が意見を述べる場も一切ない。結果だけが公報で知らされるのが現状だ」、A「企業は特区の優遇措置を利用して農業経営のノウハウを手に入れようとしている。養父は企業の実験場に過ぎないのではないか」、B「外部の企業は得るものを得れば撤退する。特区構想は2、3年で破綻するとみている」など、懇話会とほぼ同様の見方が示された。
この懇談会に参加したのは、大屋町筏地区の「天滝を生かす会」、「天滝ゆず倶楽部」のメンバー。特区以前に、過疎化や増え続ける耕作放棄地に危機感をつのらせ、地域起こしのグループをつくって、「幻の滝」として知られる天滝を観光資源化する取り組みのほか、3年前からは耕作放棄田にゆずを植え続けている。
懇話会では「農業者自身によるこうした活動こそが中山間地再生につながる」として連携していくことにしている。
(N)
写真:県道沿いの放棄田を活用した「ゆず畑を視察する懇話会のメンバー=9月3日、養父市
- 戦争の痕跡と現下の日中関係から考える“平和”
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神戸・南京をむすぶ会は8月、第18回を数える南京フィールドワークを行った。参加者は、南京のみの短期間参加者や現地参加組を含めて20人。
南京ともう1か所、中国各地に残る日中戦争時の痕跡を訪ね、過去の日本の侵略の歴史に向きあおうとしてきたこのツアーも、今回は上海から南京、1937年12月の第2次上海事変から当時の中華民国の首都南京への攻略戦のルートをたどってみようというものだった。
最初の訪問地無錫では許巷惨案の幸存者・許玄祖さんから話を聞くことができた。彼は当時2歳で、母親の乳を飲んでいるときに惨事に遭遇、以後幾多の辛酸をなめてきた。『南京への道』(本多勝一著・1987年刊)にも証言者として登場する。
2番目の目的地南京は、このツアーのメインだ。8月15日は侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館(南京大虐殺記念館)で現地の関係者と日本と韓国からの参加者で追悼集会(国際和平集会)が開かれた。犠牲者への追悼と、日中・日韓の厳しい関係のもと歴史を鑑にする未来の平和を祈念する集会であった。
神戸からの参加者はこの日午後、記念館で幸存者・余昌祥さんの話を聞いた。彼も南京を占領した日本軍に襲われ、難を避けるため20日間も下水道で暮らさざるを得なかった。
南京には民間抗日戦争博物館もあり、館長の手配で大学生との交流も持つことができた。館長自身はこの夏、名古屋に行き「平和のための戦争展」に参加してきたが、参加者に若者が少なかったことで日本の将来を悲観していた。
3番目の上海では、1937年11月、日本軍が上陸した杭州湾金山衛で上陸地と惨案跡を見、上海師範大学の蘇智良教授(慰安婦問題研究)を訪ね、近年、東北地方で関東軍が焼却しもらした慰安所への軍の関与を示す資料が発掘され、順次刊行中だという話を聞いた。
また、上海は1937年からの日中戦争発祥の地。戦争の火をつけた海軍特別陸戦隊司令部跡(現存)や魯迅紀念館と故居などを見学しながら現下の日中間の状況を思い、あらためて将来の平和を考えさせられた。
(門永秀次)
写真:海軍特別陸戦隊司令部跡(大きな建物で、現在も解放軍や民間の会社などが使用している=上海
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労働現場を知りたい―。いま、働く者がどんな環境で仕事をしているのか、その環境がどれほど過酷なものか、少しでも具体的に知りたいし、伝えたい。こんな思いから、郵便労働者(集配)の労働実態の一端を今号から4回にわたって紹介します(『労働大学近畿支局ニュース』から)。【編集部】
7時45分、家を出る。郵便局まで自転車で5分、始業前10分ごろに着く。A郵便局第1集配営業部が私の勤務するところだ。
始業時間前から仕事
始業は8時なのにもう仕事を始めているヤツがいる。郵便部で配達地域毎に区分したブツ(郵便物)を自分の担当区のものだけを区分棚から抜き取ってきて、担当の作業台で区分をしている。こういう人が段々と増えてきた。早い人は30分も前から始めているようだ。
名札に正規・非正規の色分け
作業室には集配区分台が班ごとに6列で並んでいて、その中央部の窓側に部長席があり、全班が見えるようになっている。
出勤簿は部長席横の机の上に置いてあり、これにハンコを押す。その横には坦務表がある。今日の仕事は通配(普通通常郵便配達)の○○区が担当だから、そこにもハンコを押す。昨日から今日の担当区は分かっていたが、時々その日の朝になって担当区が変わることがあるので、部長席の真後ろの窓際にある担務ボードで確認する。
ボードには通配区36区、混合日勤6区、混合夜勤6区など、A局の1日の全担務と週休、非番、年休、病休、特休などの休暇枠が班ごとに並んでいて、その下に担当者の名札がずらりと貼り付けられている。正規の名札は白、非正規は黄色に色分けされている。
私の班は正規4人、非正規7人。集配6班を合わせると正規35人、非正規32人(小包・集荷・計画部門を除いて)。
ミーティングの開始
8時、始業のチャイムが鳴る。今日1番の仕事はミーティング。社員が部長席と区分台の間に横2列で並ぶのだが、チャイム前からすでに半数以上が集まっている。
部長席の側には部長、課長、担当部長など管理者連中が社員と対面する形で横1列に並ぶ。
部長が一言、課長も一言。通常10分ぐらいだが、局長が来たときは長々とよくわからない話をして20〜25分になったこともある。郵便が多く、「今日は大変だ」と思う時にはイライラして「早よ終われ」と思いながら仕事の段取りを考えたりしたが、今はそれも慣れてしまった。
今日は36協定締結の話。大事なこともあるが、「誤配をするな、事故を起こすな、イベント小包を売れ」と毎度毎度同じ話が仕事の都合を考えずに長々と繰り返される。が、今日は10分で解散。よかった。
そのあとは、各班でもう一度ミーティング。班や個人の営業目標の進み具合とか、ハッパらしき言葉が班長から出る。最後は、SKYT(ショート・危険・予知・トレーニング)。やっと終わった。
DOSSで監視
次は、DOSS(デリバリー・オペレーション・サービス・システム。社員はディオスと呼ぶ)携帯端末機を取りに行く。私たち郵便屋が腰にぶら下げているヤツだ(=写真)。保管棚にはズラーッと50台もの端末機が充電器に差し込まれて並んでいる。端末機とケース、プリンターの1組を取り腰にぶら下げる。この端末機が1日の仕事量を記録すると同時にひとりひとりの能力を測り、監視することになる。この操作は邪魔くさくて鬱陶しいが、今はこれがないと郵便屋の仕事ができない。
先ず、氏名札の裏のバーコードを読み取り、この端末機の使用者が私であることを認識させる。さらに私に割り当てられた暗証番号を入力する。
抜き取り、区分
次に作業画面を呼び出し、担当区を入力し、最初の作業である「抜き取り」を選択してそのボタンを押すと作業開始の時刻が記録される。
郵便部が配達区ごとに区分したブツを抜き取りに行く。8か所の区分台から抜き取りボテ箱にガサッと入れ、私が担当する区分台に運ぶ。
次は区分だ。端末機の作業画面の「区分」を選択し、ボタンを押すと作業の変更と時刻が記録される。区分台は平面の作業台と5段10列の区分口が一体となっている。ボテの中のブツを取り出し、手紙・ハガキの定形郵便と定形外を分けて作業台に置く。(つづく)
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