「新社会兵庫」 9月24日号
- 解散に伴う解雇は不当労働行為/「現場に戻せ」と会社前で集会
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会社解散による従業員解雇は労働組合つぶしをねらった偽装解散だとして、兵庫県労働委員会に不当労働行為の救済を申し立てていた全港湾神戸支部姫路伊藤分会に対し、兵庫県労働委員会は8月30日、組合側の主張を全面的に認めた救済命令を交付した。この命令を受け、全港湾神戸支部は9月6日午後、(株)イトウメタルの正門前で「組合員を職場へ戻せ」と申し入れるための緊急集会を開いた。
(株)伊藤興業(姫路市)の運輸部門であった(株)伊藤運輸は09年9月30日、会社を解散して全港湾組合員ら従業員を解雇。その事業は伊藤興業が引き継ぎ、さらにその後、経営者一族が新たに立ち上げた(株)イトウメタルにその事業を譲渡した。同族経営による実質的には一体の会社でありながら、経営者一族はそれぞれが別会社だと強弁し、解雇などの責任逃れをしてきた。
こうした経緯について、兵庫県労働委員会はほぼ4年にわたる審理の末、「伊藤興業と伊藤運輸は実質的に伊藤一族の下で一体性を持つ経営体を構成しており」と両社の一体性を認め、「伊藤運輸の解散及び組合員の解雇は、両社が伊藤一族の下で、不当労働行為意思に基づき、伊藤運輸を解散して組合及び組合員を排除するものと認めることができる」と、明確に不当労働行為と断じた。そして、伊藤興業とイトウメタルに、「組合員7人(1人は争議中に逝去)に解雇時点での原職に相当する職務にただちに就労させること」「解雇翌日から命令履行までの間、解雇前(平均)賃金に5分増の金員を可算して支払うこと」「組合に対して今後このような行為を繰り返さないことを誓約する文書を手交すること」等を命じたのである。組合側にとって実に画期的な全面勝利の内容だ。
同分会は同事案で神戸地裁にも地位確認請求の提訴を行なったが、同姫路支部は今年6月26日、解雇は有効とする不当な判決を出しており、県労委の命令はこれとは全く逆の内容となった。
6日の会社前集会には緊急にもかかわらず全港湾の他支部や県下の各地区労、ひょうごユニオンや傘下の各地域ユニオンの仲間らが支援にかけつけた。さらに、定期交流のために訪日していた韓国民主労総全北支部の労働者7人も合流、「韓国の労働者も会社の不当は許さない」と訴えた。
この日はこうした行動に圧されてか、会社側は両社の社長が申入書を受け取りに出てはきたが、「命令に従うつもりはない。高裁、中労委で争う」と不誠実な態度に終始、徹底抗戦の構えを示した。
写真上:全港湾や県内の地域ユニオンの仲間も支援にかけつけ会社に県労委の命令実行を迫った=9月6日、姫路市 写真下:集会には韓国民主労総の労働者も合流して支援した=9月6日
- 新社会党兵庫県本部が決定
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10月13日告示、28日投開票の神戸市長選で、新社会党兵庫県本部(粟原富夫委員長)は、すでに立候補を表明しているぬきなゆうな(貫名ユウナ)氏(61歳)を支持してたたかうことを決定し、9月9日発表した。近くぬきな氏と政策協定を結ぶ。
ぬきな氏は、兵庫労連や兵商連などでつくる政治団体「市民にあたたかい神戸をつくる会」の共同代表。同会が擁立し、共産党が推薦している。
「市民に冷たい神戸市政」は変わっていないとして、市民の願いに応える神戸市政を実現しようと呼びかけており、敬老パスの無料制度復活や借り上げ復興公営住宅の入居継続などを公約に掲げている。また、憲法と地方自治を市政の基本に据えること、非核神戸方式の堅持も掲げる。
粟原・新社会党県本部委員長は記者会見で、「今回の市長選挙は、徹底して生活弱者の立場に立ち、『民間(企業)』でなく『市民』と共に歩む市政への転換が求められる。『官僚』でも『企業家』でもない、『市民』と共にある市長の誕生が求められている」と選挙戦の意義を強調。また、安倍政権による集団的自衛権の行使の合憲化など、憲法の空洞化が図られる情勢や、堺市長選挙での維新の会の動きなども考慮、護憲派の結集が求められる情勢のなかでの護憲共同の意義も訴えた。
ぬきな ゆうな(貫名ユウナ) 1951年11月4日、神戸市生まれ。葺合高校、兵庫女子短大デザイン科卒。現在、市民にあたたかい神戸をつくる会(略称=あったか神戸の会)共同代表。新日本婦人の会神戸北支部支部委員など。3人の息子の母親
- 憲法改正問題に関する懇談会
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安倍首相による解釈改憲の動きが活発になるなか、「憲法改正問題に関する懇談会」は11日、神戸市内で第10回懇談会を持ち、秋の臨時国会をにらんだ憲法情勢を確認するとともに、秋以降の運動についての意見交換を行なった。
同懇談会は昨年9年から、06年11月3日にワールド記念ホールで7500人が参加した憲法集会(「はばたけ!9条の心」11・3集会)を呼びかけた5団体(9条の心ネットワーク、兵庫県憲法会議、憲法・兵庫会議など)を軸に懇談会を重ね、改憲問題をめぐる情勢や運動についての意見交換を行ない、今年5月の憲法記念日を前に、県内の学者・文化人・宗教者ら24人が呼びかけ人となった「兵庫憲法アピール・2013」をつくり、発表した。
今回の懇談会では、集団的自衛権の行使問題を中心とした憲法情勢について羽柴修弁護士(兵庫県弁護士9条の会)から報告を受けるとともに、地域の具体的な活動にも学ぼうと「西神ニュータウン9条の会」の報告を聞いた。
羽柴弁護士は、自民党改憲草案の先取りとして、国家安全保障会議設置法案(日本版NSC法案)、国家安全保障基本法案、秘密保全法案の「3点セット」について、その危険な内容と問題点を解説した。
懇談会では、北区9条の会や憲法を生かす会・垂水、憲法を生かす北区の会などからもそれぞれの日常の活動が報告され、相互に何らかの連携を求めていることも明らかになった。
懇談会としては今後、改めて「兵庫憲法アピール」への賛同者を募る運動とともに無数の学習会を組織すること、さらに秋の臨時国会に合わせた取り組みを共同行動を追求しながら強化することを確認しあった。
写真:地域での憲法を守る運動の取り組みも報告しあった懇談会=9月11日、神戸市
- 第56回平和友好祭兵庫県祭典
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平和友好祭兵庫県実行委員会は8月31〜9月1日、神河町内で第56回県祭典を開き、青年・女性約30人が参加した。
原発問題や憲法問題の学習を行い、職場・地域で平和をどのように広げていくのかを考え合った。
開会あいさつに立った平瀬勲実行委員長は、反核平和の火リレーやフィールドワークの取り組みに触れ、「この間の運動を持ち寄り、有意義な交流にしたい」と述べた。
「原発問題をはたらくものの立場で考えよう」と題する講演では、平友祭本部の近藤和樹さんが福島県実行委員会の議論から当時の労働者の実態を話した。「福島では津波が来ても、原発が爆発しても逃げられない職場実態だった。自分たちの命が大切にされない職場になっていないか」と参加者に投げかけた。
分科会は、@憲法問題って何?A原発問題B労働組合と平和運動の3つを行い、日頃考えることが少ないテーマを話し合った。憲法の分科会では、自民党改憲草案の問題点を学習し、参加者は「現憲法は古い憲法だが、いい中身だと知った」などと感想を述べた。
夜はバーベキューや花火で懇親を深めた。
(A)
写真:憲法問題や原発問題など3つの分科会で話し合った=9月1日、神河町
- 8.31〜9.1 京都府城陽市
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新社会党近畿ブロック協議会(山下慶喜議長)は8月31日、9月1日の2日間、京都府城陽市内で今年の近畿ブロック党学校を開き、2府3県から約50人が参加した。
初日は、山下議長、地元の池内光宏京都府本部委員長のあいさつの後、森博行弁護士(大阪労働者弁護団)の講演に学んだ。テーマは「安倍政権による雇用制度改革の目論見」。森弁護士は、安倍政権が準備している労働法制の規制緩和の柱であるジョブ型正社員の雇用ルールの整備、労働時間法制の見直し、労働者派遣制度の見直しなどについてその問題点を解説。ねらいは人件費の削減や整理解雇を容易にすることにあると強調した。
党中央本部からは松枝佳宏委員長が党の課題について問題提起。運動の歴史を、社会・人間・自然を破壊してきた新自由主義の歴史と関連づけて振り返り、「しかし、人らしく生きる、人間として連帯を求める動きは無数にある」として、今日の組織強化と共同戦線の重要性を「階級闘争」の視点から強調した。
その後、各府県本部から代表発言が行なわれ、堺市長選をめぐる状況、機関紙拡大の取り組みなどが報告された。
2日目は3つの分散会に分かれて、主には党活動、党建設の取り組みについての討論と交流を行なった。とくに、支持者の拡大や結びつきをどうつくり機関紙拡大につなげていくのか、などの課題についてそれぞれの経験をもとに討論した。また、自治体議員(候補)づくりの重要性を再確認し、その実現へまい進することも確認しあった。
写真:夏季恒例の近畿ブロック党学校で2府3県からの参加者は学習と交流を深めた=8月31日、城陽市
- 9.29 日米合同軍事演習反対集会を滋賀・あいば野で
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10月上旬から滋賀県・あいば野陸上自衛隊演習場でオスプレイを使用した日本で初めての日米合同軍事演習が行なわれようとしている。演習が頻繁なうえ、欠陥機オスプレイが使用されることは重大な問題だ。
合同軍事演習中は、オスプレイの拠点を岩国基地に移し、「沖縄の負担軽減」を口実にオスプレイ使用の全国化、既成事実化を図ろうとしている。
この合同軍事演習に反対し、沖縄・岩国の基地撤去の闘いに連帯して、昨年と同様、平和フォーラム・関西ブロックとあいば野に平和を!近畿ネットワークの共催で反対集会が行なわれる。
- 10.3に神戸市で
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2010年の大晦日に日本航空(JAL)が強行したパイロット84人、客室乗務員81人の整理解雇に対する裁判闘争の控訴審が大詰めを迎えている。
経営トップの稲盛和夫会長が「解雇の必要性はなかった」と述懐しているにもかかわらず、昨年3月29日の東京地裁乗員判決、さらに翌30日の乗務員判決は、ともに経営再建計画による整理解雇を有効とする不当判決で、まさに「首切り自由」を容認した。
これに抗する東京高裁での審理が大詰めを迎え、「JAL闘争に連帯する兵庫の会」が支援強化を訴えて集会を開く。
- JAL闘争に連帯する兵庫県集会
●10月3日(木)午後6時30分 ●神戸市勤労会館403号室 ●問題提起、JAL闘争原告団の訴え、闘いの報告など ●参加費 500円 ■主催=JAL闘争に連帯する兵庫の会
- 放置されている戦後補償問題
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南京で改めて侵略戦争の実態を見た
「台湾には日本人はインフラ整備や産業振興で貢献した。だから今も日本人は受け入れられている」という人もいるが、実際には現地の人々が激しい労働で日本のために木を切り出し(当時も明治神宮の檜は台湾から持っていったそうだ。しかも傷つけてはいけない、と人の手で運ばされたそうだ)、鉱石を掘り出していたのである。そのための道を造らされたのだ。
さらに高砂義勇隊を作り、日本軍の最前線で戦わせた。今も戦後補償や靖国合祀問題、軍票問題、「慰安婦」問題などが放置されている。
戦後台湾に対立を生んだ日本の植民地支配
台北では「二二八事件」の跡を追った。「二二八事件」とは、1947年2月28日、台湾各地に広がった市民の抗議や軍との衝突を力で押さえつけ、知識人を逮捕、殺害したという事件である。
50年もの日本の植民地支配は戦後の台湾に新たな対立を生んだ。台湾の人々は祖国復帰を喜んだのに、蒋介石率いる国民党は、日本語を話す台湾の人々を「日本鬼子」の子ども「二鬼子」と呼び敵視した。大陸で日本軍と激しい戦闘を繰り返した国民党軍と言葉が通じないことも大きな原因かもしれない。
1987年にようやく戒厳令が解除され、事実が調査されるようになり、1995年、記念碑が和平公園に建てられた。
私たちは、戒厳令下で2度も逮捕され21年も収監された陳明忠さんと、兄が「二二八事件」で殺害され、自身も逮捕され10年も収監された馮守娥さんご夫妻にお会いし、当時の様子とお二人が生きてこられた時代、その体験も伺うことができた。凄まじい拷問にも耐え、「人権が大切にされる民主的な平和な社会をつくるため、という理想を求めて生きてきた。自分たちの人生に悔いはない」と言われるお二人に圧倒された。「蒋介石の独裁政権、冷戦の犠牲者」だけでなく、50年にも及ぶ日本植民地と中国本土への激しい侵略戦争の犠牲者なのだと思った。
植民地化された50年をひきずり、「独立」か「統一」かも含め議論されている台湾がどう変わっていくのか、日本の責任も含め無関心でいてはいけないと思わされた、少し重い旅であった。
小城 智子
写真:戒厳令下での苦しい体験などを語ってくれた陳さん、馮さんご夫妻(右の3人)
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