「新社会兵庫」 1月24日号
人間の尊厳を守る運動を
新社会党兵庫県本部  委員長
粟原富夫(神戸市会議員)
 新年のごあいさつを申し上げます。
 「朝令暮改」という四字熟語がありますが、今の民主党政権の姿は、その熟語そのものです。「朝令暮改」政治の一番の問題点は、そこには思想も思いもなく、自らの保身が優先し、何よりも議論ができないということです。
 一方、このような政治を批判して「決定できる民主主義」を語る橋下大阪市長も、選挙での「民意」を楯に、マスコミを巧妙に利用しながら、議論なき市政運営を開始しました。いずれの政治にも、「民主主義」という決定手段の基本とされる、少数者や弱者の意見が反映されることはありません。
 ドイツで国会議事堂を放火した大犯罪人であるヒトラーがなぜ政権に就くことができたのか。大恐慌下の経済混乱の中、巧みな弁舌で排外主義を煽り、「民意」を得たヒトラーに、最初は批判していた旧政権勢力が自らの保身で合流してしまったからです。ファシズム下のドイツでどのように少数者や弱者が扱われたか、ここで語る必要はないでしょう。
 現在、選挙で「民意」を得たと語る橋下大阪市長に自民党、公明党、民主党までが「擦り寄り」をはじめています。「視聴率」と「紙面を埋める」ことしか考えないマスコミは、橋下大阪市長に群がっています。小選挙区比例代表制度と政党助成金制度は、始まって以来、国民のことよりも自らの選挙しか考えない国会議員を大量につくりだしてしまいました。また、理念なきマスコミ報道は、目先しか考えない多くの国民をつくり出しています。
 このような流れに抗うことは勇気がいることであり、未来に対する確信が必要です。私たちの陣営からも「あきらめ」の声も聞かれます。しかし、現実は、失業と生活苦にあえぐ若者たち、年金では暮らせない高齢者、大店舗の進出で疲弊する商店街、荒廃する農漁村。そして、東日本大震災で被災し未だ復旧すら進んでいない被災地、さらに原発事故で故郷を離れざるをえない大量の人々、米軍基地で苦悩する沖縄の人々。今の政治と経済は、このような「政治難民」を日夜つくり続けています。これらの人々を傍観者にするのでなく、これらの人々と寄り添い運動化し、運動を結びつけ、大きな流れにすることが求められています。そこに、新社会党の役割、拠って立つ基盤があると思うのです。
 今年は辰年です。龍は十二支で唯一架空の生き物です。善なのか悪なのか、救世主か破壊者か、それを決めるのは私たち人間です。人間の尊厳が問われる1年。新社会党が救世主の一翼になれるよう仲間と一緒に「未来を信じて」この1年頑張る決意です。
写真:脱原発の運動に取り組む俳優の山本太郎さんも加わって呼びかける「さようなら原発1000万人署名」の街頭行動=1月14日、神戸市三宮・神戸マルイ前
―福島県からの避難者の思い―
水谷堯宣(みずがいたかのぶ)さん(74)
 福島第一原発事故のため福島県から神戸市に避難している人は少なくない。灘区に避難している水谷堯宣(みずがい・たかのぶ)さん(74歳)もその一人。水谷さんに今の心境などを聞かせていただいた。

 原発事故で一瞬にして奪われた仕事と土地
 水谷さんは3月16日から奥さんと2人で神戸市灘区の次女宅に身を寄せている。自宅は福島県南相馬市小高区飯崎。福島第一原発からは約17キロ、20キロ圏内の警戒区域にある。原発事故前までは梨園、畑、水田の約9fで息子さん夫婦と共に農業を営む専業農家だった。その水谷さんの農作物と土地、仕事を福島第一原発事故は一瞬にして奪ってしまった。
 3月11日の大地震では津波被害にも遭わず、屋根の一部損壊で済んだ。その日の夜には津波に襲われた親類を自宅に招き、まきで沸かす風呂にも入るなど、まだゆったりしていた。12日15時36分、水素爆発が発生。避難指示が出て同居の息子さん一家らとともに20キロ圏外の同市鹿島区の長女宅に避難、そこで2日間を過ごした。
 原発事故に関するある程度の情報を電話やインターネットなどで得てそれなりの心の準備はしながらも、半分は「何を言ってるんだ、動くものか」と揺れ動くものがあったが、最終的には息子さんからも孫を連れて行ってと頼まれ14日には南相馬市を出ようと決断。それなりの情報を聞いていたものだから決断は早かった。そのため、渋滞にも巻き込まれずに会津に避難、一晩をそこで過ごし、さらに埼玉県の妹さん宅に一泊して16日午後、神戸に到着した。
 「国民の責務」とはどういうことだ!
 それからすでに10ヵ月。「故郷に帰りたい。いつかは帰って農業を続けたい」。それが水谷さんの気持ちの軸だ。しかし、警戒区域は解除の見通しが立たず、放射能の汚染状態が気にかかる。
 そんな水谷さんをカチンとさせたのは、昨秋、除染のモデル事業を始めるにあたって、工事の同意を求める書類が南相馬市から送られてきた時だ。その事業の基となる法律(「放射性物質汚染対処特措法」)に、「国民の責務」という言葉があることを知ったからだ。「責務とは責任と義務のこと。事故で故郷を奪われた国民に責任と義務があるとはどういうことだ」。
 市や事業者等とのやりとりの結果、除染作業が着手され、水谷さんの果樹園や畑の表面5pの土地が剥ぎ取られる。
 10月6日に福島市に避難している息子さんら家族5人で一時帰宅した時は畑の草は3メートルにも伸びていた。その期間中の放射線量の合計は1・8マイクロシーベルト/時だった。
 いま、水谷さんは放射能に関する勉強も積み重ねながら、生活再建の道筋を考えている。春頃の状況を見たうえで、南相馬市か相馬市の線量の低い所に家を借り、そこを拠点に自宅の整理を進め、夏か秋かには自宅に住める準備をきっちりしたいという案である。それでも、「除染の進み具合もあるだろうし、自分の家の状況なども含めて客観的に判断したい」と考える。しかし、それがダメなら、大きな決断だが、「福島とは別の土地での農業展開を考えるしかないかな」ともらす。「決断には時間をかけたい」。
 賠償問題では心の痛みをくんでほしい
 今後、賠償問題も重要な問題として横たわる。
 農業被害をめぐっては、期待所得(売上げから費用を引いたもの)をもとに農協の中央会が一括して東電に請求し、仮払いとして半分はすでに受け取った。だから、今年度中には100%は出るかなと見通す。
 だが賠償はそれだけではない。「精神的な苦痛については私もなかなか心の整理がつかないのでまだ請求していない。そういう人は結構多い」と水谷さん。「慰謝料が10万円だとされているが、それでいいのか、心の整理がつかない。これが公平で妥当だろうという金額を自分でもなかなか出せない。『これだけ寿命を縮めるような思いをさせられて10万円でいいのか』という気持ちで揺れ動いている状態の人は多い。いずれ慰謝料はカネに変えてぶっつけてみないと分からないが、何を根拠に東電に言うのか、ということも自分の問題としてまだ残っている」。
 さらに、財産被害に対する問題も残る。「畑の土を剥ぐ、屋敷の木を切る、庭の木もどうするのか、屋敷の瓦を除染してもなかなか効果がない…、いろいろな問題がこれから具体的に出てくる」。水谷さんは損害賠償審査会にも直接電話をした。「親父、私、そして息子と3代にわたってやってきた『土づくり』、つまり、いい作物が取れるよう土をつくってきた。そのいい土が除染作業で剥がされてしまう。農家でないとその痛みはわかってもらえないと思うが……」と、さまざまな風雪を乗り越えて長年取り組んできた農業への思いは深い。損害賠償審査会の事務局との話ではその問題も議論に乗せるということだったとして、「機会あるごとに、自分の考えをあまり主観的にならず、できるだけ客観的に申し上げて議論してもらい、客観的に評価してもらいたい。あまり欲張っても国、国民に迷惑をかける」と水谷さんは述べる。「とは言え、賠償問題は生活再建のことをきちんと視野に入れながら、息子や孫の今後の人生のことを考えると、きっちりしたことを言って、それなりに国、東電にも考えていただきたい」とつないだ。
 この賠償問題でも、賠償請求の資料が送られてきた頃、新聞で東電が補償≠ニいう記事を見たときカチンと来たという。「補償ではなく損害賠償だろう。補償と賠償の大きな違いは精神的苦痛に対する慰謝料があるかどうかだ。補償ではそれを考えていない。東電に何を言っているのかと電話した。やや感情的な面もあったが、その後国会でもそれが問題になったように、言ったことはそう間違いではなかった」と振り返る。
 さらに、「最近、みんな外に向かってちゃんと言わなくなった。利口になり過ぎだ。穏やかに過ごそうとして、その結果、逆にわれわれの生活を困難なものにしているのかなと思う。庶民として言うべきこと、当たり前のことを言うべきではないのか」と加えた。 そんな水谷さんが、政党や政治家への注文として日頃から常々思い、言ってきたことがある。「庶民の生活を基本にして物事を考えていただけないか。そのスタンスに立って議論していただきたい」ということだ。
 生きる力を失わないように支えてほしい
 「若い人はともかく、私らの年代になれば、急激な障害が出ない限り、故郷に帰ってそこで亡くなりたい。あとがんばっても10年くらいかと思っているから。現実だから、それを覚悟して…」。「まだ心の若さというか、闘う力はある。たしかに粘りはなくなってきたが、まだ負けてはいられない=B滑稽に思われるかもしれないが、そんな気持ちはまだ無くしていない。とくに、土地や生活をどう再建していくかと考えることが生きる力に結びついていく。それを無くしたら、精神的につぶれ、それから肉体的にもつぶれていく。そう考えているので、できるだけ精神的につぶれないようにみなさんの力をお借りしたい。ただ、それぞれが負った心の痛みは、議員の方も、行政も、関係団体の人たちもぜひわかってほしい」。
 故郷、土地、生活、家族……、原発事故で大きな痛手を受けながらも、水谷さんは挫けていない。
報告・宮城県南三陸町を訪ねて
永井俊作(明石市議会議員)
自衛隊を災害救助隊に改組すべきだ
 昨年11月8、9日に宮城県南三陸町の災害ボランティアセンターやNPO漁業再生支援協会、志津川漁業協同組合、南三陸町議会を、10日に気仙沼市市議会を視察した。
 今回の視察で3点を感じ、考えた。1点目、阪神淡路大震災の教訓が生かされていない。2点目、なぜ明治三陸地震の大津波(1896年、遡上高38b)を基準に津波対策計画を立てなかったのか。原発の津波対策への影響を配慮したのではなかろうか。3点目、地震列島の自然災害大国のわが国を考えれば、災害救助隊の組織化こそ急務だ。自衛隊を削減し災害救助組織に改組すべきである。
政府の復興対策は遅くてお粗末
 南三陸町でも気仙沼市でも、「復興支援が遅すぎる。政府や国会議員は、足の引っ張り合いでなく、被災地の生活支援を最優先すべきだ」との批判が強かった。
 とくに仮設住宅(プレハブ協会に丸投げ)がお粗末で、寒さ対策のため二重サッシや断熱材の交換を強いられ、阪神淡路大震災の教訓が生かされていなかった。
 漁港の整備も急務だが、漁船や漁具も確保できていない。1bもの地盤沈下のため、ワカメのボイルなどの加工場の建設もできない状況だそうだ。
漁業「特区」は、株式会社の利権確保か
 宮城県が推し進める災害復興の漁業「特区」は、漁港を集約し、漁業権等を株式会社に認めようとするもの。漁協は、拠点漁港方式や特区には反対であり、すべての漁港の整備復興を主張している。漁師はやる気もあり、ワカメや銀シャケ養殖のノウハウも持っているが、船、ロープ、資材等に約1億円かかる。漁業の助成では国、県、個人負担がそれぞれ3分の1であり、個人負担分は漁協から融資を受け、当面は1隻の船を共有して協同で働き頑張っていくそうだ。ちなみに、放射能の検査は月3回行っている。
長期の支援体制の構築を!
 漁業が津波で壊滅し、雇用の場がない。現在は、義捐金で生活している状況。土木部門で雇用対策に努めてきたが、3月で失業手当が切れるそうだ。
 いま、満潮時には浸水する宅地もあり、恒久住宅や復興住宅は高台に建設する方針で、宅地の確保はこれからである。完全な復興は10年ではとても実現できそうにない。長期的な支援体制の構築が不可欠である。
写真:復旧作業も遅れている被災地の現状=2011年11月8日、宮城県南三陸町
さようなら原発・兵庫 1.14アクション
 労働組合や市民団体でつくる「さようなら原発・兵庫」(さようなら原発1000万人アクション兵庫県実行委員会)は14日、脱原発運動に取り組む俳優の山本太郎さんを迎え「1・14アクション」を起こした。
 この日、午後2時30分から2時間、山本太郎さんを先頭に80人ほどの行動参加者が神戸市中央区の神戸マルイ前を中心に三宮駅南側一帯で脱原発をめざす「さようなら原発1000万人署名」を呼びかける街頭行動に取り組んだ。「命が脅かされる原発はもうやめよう。原発はなくても日本には電力は余っている。利権のために動かされている原発を止めるために、あなたも声を出そう、力を出そう」とマイクで訴える山本さんの訴えに多くの通行人が足を止め、署名に応じた。山本さんは通行人の写真撮影にも積極的に応じながら署名を呼びかけ、2時間の行動で1488筆の署名が集まった。
 街頭行動に先立ち、午後1時から三宮センタープラザ西館で屋内集会が開かれ、参加した約130人を前に、山本太郎さんは、なぜ自分が3・11後から脱原発の声をあげ、運動に取り組むようになったかなどを熱く語りかけた。
写真:街頭行動に先立つ屋内集会でも山本太郎さんは脱原発への思いを熱く語った=1月14日
ポピュリズムと民主主義
労働大学副学長  今村 稔

 橋下式ポピュリズム
 橋下徹氏が大阪市長に就任して以来、マスメディアで主役の座を占めたのは橋下市長の動静とその政治手法に関する報道であった。それにともなって「ポピュリズム」について論及する記事も増えた。橋下市長の政治手法にポピュリズムの色合いを感じ取る向きが多いということであろう。
 橋下市長の手法をポピュリズムと断じることについては、私に異存はない。しかしその際、橋下氏のポピュリズムを大衆迎合と言い換えるのにはいささか違和感を覚える。
 ポピュリズムの対象とされる民衆は、媚びられ下手(したて)にでられると御しやすくなるか、あるいは巧みに煽りたてられれば意のままに興奮するか、いささか軽薄気味に評価されるポピュラーな民衆である。ポピュリズムは本音では、民衆を操作の対象とみなし、政治の主人公と考えることはない。操作が肝心であるから言葉は巧みであり、心理誘導の技術も長けたものである。
 しかし、民衆の政治的成長を促すことこそ政治の神髄と考えるわれわれには、バナナの叩き売りのようなポピュリズムは厳に禁じ手である。
 ポピュリズムには、媚びて下手(したて)に出る迎合的ポピュリズムと麻薬のように煽りたて興奮を呼ぶ幻覚的ポピュリズムがある。橋下的ポピュリズムは後者であろう。
 ポピュリズムの正体
 橋下市長が操るポピュリズムには、先例もあり手引書もある。それによれば、人々が閉塞感に強く捉われている時には、攻撃的、破壊的であることが功を奏するポイントであるといわれている。「自民党をぶっ壊す」と叫び、「刺客」を放って劇場型選挙を演出した小泉政治があった。しかし、自民党はいまも「健在」である。「嘘は大きければ大きいほど人を魅了する」といったヒトラーの例もある。橋下氏は手引書どおりに、選挙をクーデターのように演出した。手引書の本文のみではなく行間に書かれたこと「本音で財界に対決するな」ということも実践した。都構想で東京に負けない大阪を、と訴えながら、東京に拠点を移していく関西財界への抗議はなかった。
 民主主義の戦線で対抗しよう
 橋下政治は今後どのように動くであろうか。とくに民主主義をどう扱うかという問題である。彼は就任直後から「民意は明らかになった」「私のすることは民意である」と強調している。「民意を断行することが民主主義である」と主張し、「選挙という民主主義の手続きによって自らに全権が委譲された」と考えている。たしかに選挙の結果は、彼が市政の執行権力のトップに立つことを認めた。しかし、民主主義とは権力の執行に条件やブレーキをかけるものである。議会をはじめさまざまな機関を設けている。
 歴史上の独裁者はそのために授権法などを求めてきた。全権委譲は、民主主義には本来なじまないものであり、原則的には許されないことである。橋下市長は民主主義を飾り文句として用いながら、実質的には全権委譲を望み、それを既成事実化しようとしている。全権委譲と並んで彼は自らがスーパーヒーローに擬せられることを望んでいる。彼が考える政治というのは、出現したスーパーヒーローが導くものであり、主権者といわれても国民の役割は投票することとヒーローに拍手を送るだけ、というものである。
 その上、ここに来て明らかになったことは、橋下市長は徹底的な新自由主義礼賛であり、思考や行動の基準はすべて市場原理であり競争であるということである。
 橋下市長には、危うさもある。自らをヒーローに見立て、全権委譲を求める似非民主主義であり、思考規準は新自由主義である上に、絶えず敵を設定し、これ見よがしに単身突撃的に攻撃しつづけなければならない。とどまることのできない自己運動の中に身を置いている。
 「維新」の言葉は、歴史の中に山ほどの例があるように、それを用いる者を右へ右へと押し流していく。最初に戦略(行き先)を設定せずに、激しい戦術をとればおのずから戦略は定まってくるという橋下政治はつぎつぎに出たとこ勝負の危険さを現出させるだろう。憲法改悪まで主張しなければ辻褄が合わないというところまで突き進まないとも限らない。
 私たちは、早急に民主主義の戦線と陣地構築にとりかからなければならない。
借り上げ復興公営住宅の居住延長措置を
 阪神・淡路大震災から17年を迎えた。東日本大震災からもやがて1年を迎えようとしている。
 いま県内で切迫する問題は、兵庫県や各自治体が20年契約で都市再生機構や民間から借り上げた復興公営住宅約6600戸の契約期限切れが2015年から始まろうとするなか、行政は被災者の声も十分に聞かないまま住み替えを迫ろうとしていることである。県内の復興公営住宅では65歳以上が占める高齢化率は5割近くに達しているのが実情で、「終の棲家」として入居した多くの被災者はこのまま住み続けたいと考えており、引き続き借り上げ住宅での居住希望者には契約延長などあらゆる手段を尽くして居住できるようにすべきである。
 また、被災者に融資された災害援護資金も全体の4分の1が未だ返済途上で、多くの被災者にとって生活再建は道半ばと言わねばならない。東日本大震災の被災者へは、支払期日到来から10年経過後になお無資力またはこれに近い状態にあり、且つ償還金を支払うことができる見込みがない場合には償還免除が適用されるということを踏まえると、阪神・淡路大震災の被災者にも適用すべきである。
 生活保護率は、神戸市では震災時より2倍に増え、全国平均を大きく上回っており、復興県営住宅では生活保護受給世帯が2割を超えている。また、誰にも看取られずに亡くなった「独居死」はこの11年間で700人近くにのぼっている。
 阪神・淡路大震災の教訓や運動をもとにつくられた「被災者生活再建支援法」は、2度の大改正が行われ、年齢・年収要件の撤廃や、住宅本体の再建に使えるようになった。しかし、対象は全壊・大規模半壊のみで、半壊以下世帯の救済は盛り込まれておらず、支給金額も含め今後の大きな課題として残されている。さらに、一定基準以下の小規模災害には適用されず、東日本大震災でも制度の弱点が露呈した。また、東日本大震災のような大規模災害では、支援法の現有基金では対応できないことも明らかになった。大規模災害は国が対応すべきであり、特別立法等による国の対策が求められている。
 東日本大震災の中で発生した福島第一原発事故は、原発と人類は共存できないことを示した。今こそ原発に頼らない社会・経済構造の実現が求められている。
 また、大規模災害に備えた地域防災計画の見直しや、海外にも緊急展開できる大規模、総合的な消防・救助能力を持つ、非軍事の「災害救助隊」の創設も喫緊の課題となっている。
 新社会党は今後も被災者の立場に立った震災復興の再検証を市民とともに進め、脱原発社会の実現、くらしや生活の再生をめざし、多くの皆さんと手を携え全力で奮闘する決意である。
2012年1月17日
新社会党兵庫県本部
インフォメーション

■さようなら原発 2.4兵庫県集会

  • 2月4日(土) 13時30分
  • 明石市民会館 大ホール
  • 訴え
    鎌田 慧さん(ノンフィクション作家)
    武藤類子さん(福島からの訴え)
  • 参加費1,000円