「新社会兵庫」 11月12日号
 久元神戸市長をして「おぞましい」と言わしめた事件の発生。それも学校という、人の心を育てる場で▼学校といえば今までにも学級崩壊やいじめなどの問題が頻発していたが、多くは子どもによる学校の管理や教師に対するものであり、子どもによる子どもに対するものであった。ところが今回は教師による教師に対するものであった。その内容も、いじめという表現が妥当かどうか、首をひねるほどのものであった。社会的病理現象とさえ言っていいかもしれない▼世間に衝撃が走ったのも当然である。人間性の喪失を猟奇的に感じさせる事件でもあるだけに突発、偶発のようなものでもあり、狼狽気味の「臭いものに蓋」式の対処に駆り立てがちである▼とくに神戸市当局などの対応は、「泥縄」式や「盗っ人を捕らえてみれば……」式が漂うことは免れない。その種子はなかったのか、土壌はなかったのかという必要な点検を避けることに懸命であるとさえ思われる▼かつての「校長・教頭非組合員化」「勤務評定」以来の教育現場管理の強化の過程は、教師の人間性を蹂躙し、主体性を奪う過程であった。自分たちは人間だと自覚し、叫ぶ勇気なくして人間尊重の教育はありえない。教師のガンバリ願うや切。
ストップ辺野古「連続5日大行動」に参加して
      ―I女性会議ひょうごから4人参加
明日の平和を諦めるわけがない!
 10月21日から25日までの期間、毎日朝7時から夕6時まで、辺野古を埋める安和(あわ)桟橋からの土砂搬出を止めるための集中行動が提起され、T女性会議ひょうごのメンバー4人が参加してきた。
 21日昼過ぎに現地に到着。3日間だけだが精一杯阻止行動をするぞ、と張り切って行ったのだが、なんと22日は「即位の礼」の休日で、土砂投入作業は中止とのこと。21日も前日のせいか投入作業がなく、早々と行動中止が決まってしまっていた。
 よかったような残念なような気持ちで、余った時間を使って辺野古の方へ回ってみた。キャンプシュワブ前は道路沿いのテントに人影もなく、塀の中には以前はなかった大きな建造物が建てられ、嫌でも埋め立てが進んでいることを意識させられる。海上には台船と思しき船が視界に入ってくる。海岸に打ち上げられたサンゴの死骸がうら悲しい。
 22日は急きょ、福祉センターで「GOGOドライブ全国交流会」が催された。100人ぐらいを想定していたそうだが150人も集まり、いろいろな団体の報告と決意表明で熱気あふれる2時間だった。
 「あつまれ辺野古」「オール沖縄」「弁護団」「島ぐるみ会議」「キャンプシュワブ座り込み隊」「ナイチンゲールの会」「辺野古高江新聞」「ニューヨークのスタンディングメンバー」「平和サポート」……。実に多彩でユニークな運動を続けている人たちが次から次へとマイクを握り5分の持ち時間を超えて話す。
 そして映像は、「ドローンの眼」に登場した奥間政則さん。今回の「GOGOドライブ」は、一般車両の隙間を走行して車が途切れないようにして、桟橋に入ろうとするダンプを阻止しようというもの。交通法規にのっとった全く合法な行動だ。現場ならではのおもしろい発想に感心する。奥間さんがドローンで写した桟橋内の映像では、出るに出られず桟橋内でたまっているダンプの様子がまるで「ゴキブリホイホイ」のようだ、と形容。会場は大爆笑だった。
 翌23日は土砂搬入があるとのことだったが、敵もさるもの。土砂は前日にすでに山のように運び込まれていた。そこで、この土砂を台船に積み込む空のダンプが桟橋に入るのを阻止する行動をすることになった。
 日本列島最西端、沖縄の朝は遅い。5時は夜中のように真っ暗だったが頑張って起床。6時前には安和桟橋に駆けつける。すでに何十台も集結している。だが、ここでは信号があるため車で阻止はできない。歩道を人が「通行」してダンプの侵入を止める。辺野古のように座り込んだり立ち止まったりしてはいけない。行ったり来たり足踏みをしたり、「通行」して阻止するのだ。7時には機動隊が来るというので緊張したが、あまりの人数の多さからか、機動隊も警察も現れず、やって来た空のダンプ8台は、30分ほどですごすごと引き上げていった。歓声が上がったことは言うまでもない。「勝負は数だ」を実感した瞬間だ。
 辺野古の海は確かに埋め立てられている。しかし、新基地本体の大浦湾は軟弱地盤のため工事は見通しも立っていないという。なのに莫大な費用と時間を費やして強引に進めるのは、ひとえに抵抗勢力があきらめるのを待っているのだ。どっこいあきらめるのは敵の方だと自信を持てた3日間だった。
(門永三枝子)
写真:(上)ダンプの桟橋への侵入を阻止しようと行動する市民たち=10月23日、名護市、(下)遠くに見えるのは土砂を積み出す安和桟橋、手前のカヌーは抗議行動用のもの=10月21日、名護市
地労協運動という枠組みの素晴らしさ
 僕は2018年4月にユニオンあしやに加入しました。
 ユニオンあしやの運動の魅力は第1に、運動の雰囲気です。具体的には、組合員への接し方、確固たる信念、柔軟な運動方針などです。そういった観点でユニオンあしやの運動は、全く違和感なく参加できるものでした。
 第2の魅力は、地域密着型の運動だということです。まず、地労協という運動を維持していることは大きな財産だと思います。市職など大きい組合の青年たちと接点が持てる地盤は、何もないところから労働運動を始めるのとは雲泥の差があります。駅前のビラ撒きで地元の住民や労働者に声を届けられるのも地域運動の利点ですし、組合員に市会議員がいることもあり、労働問題を行政闘争にまで高められるのも強みであると思います。
 第3の魅力は、ひょうごユニオンという形での連携です。尼崎や神戸の比較的大きなユニオンとも関係があり、例えば労働相談のNPOを素早く設立して各地区で分担しながら相談員を常駐させられるというのは、日頃からの連携によるところが大きいと思います。 これらの魅力をより一層生かしていくために今後やっていくべきことは、この恵まれた環境を最大限に生かしきることだと思います。
 若者の運動離れ、労働組合の組織率の低下は厳然たる事実であり、われわれの運動も例外ではありません。地労協にしても、ひょうごユニオンにしても、何もしなければ衰退傾向にある存在であることは見据えなければなりません。
 しかし一方で、労働者の置かれる環境が悪化していること、外国人労働者などの新たな労働問題が増加するであろうこともまた事実です。労働組合の存在意義がますます問われる時代が来ているということです。
 そんなとき、継続的に良質な運動を積み上げてきたユニオンあしやという組合、芦屋地労協やひょうごユニオンという枠組みは、運動再編の中心となるべき存在であると確信しています。  
西村 結生(ユニオンあしや組合員)
休暇取得感覚の違い
 この春、転職をしました。長年勤めた会社を辞めて50歳を過ぎての転職はとても勇気のいるものだったけれど一歩踏み出してみました。
 それまでの仕事と勤務時間もちがい、仕事内容もガラリと変わったので戸惑うこともたくさんあります。一番驚いたのは休暇の取得についてでした。前の職場ではギリギリの人員で働いていたこともあって有給休暇を取るのもどこか遠慮がちになっていました。きちんと仕事の段取りをつけて2週間程度休みを取って旅行に出かけた人が休暇明けに隣のデスクの人に冷やかな態度をとられたり、「有給休暇なんか何日も残っているわ」と自慢げに言う人が何人もいたり、とにかく休まないことが美徳、有給休暇を使い切るのは悪という雰囲気がある旧態依然とした職場でした。有給休暇を申請すると1日ではなく半休にしてくれないかと言われていた人もいたし、どうしても無理な場合は他部署から応援に来てもらったり、本来は定休であった人が休日出勤を要請されることもありました。そんなだったので私も家族の入院、手術の時でさえできるだけ半休にするなど最低限にとどめていたので毎年、有給休暇を消化しきれず、何日かは無駄にしてしまっていました。
 今の職場は(年下の)先輩が「夏休みとった?」と声をかけてくれて「仕事の都合をみて休んだらいいのよ」と言ってくれます。この差は何なのだろうか?
 前の職場にも休暇の制度はあったのに十分に活用できていたとはとても思えません。それどころか全従業員に周知されていたかもあやしかった。実際に一緒に働いていた人から「有給休暇ってあるの?」と聞かれたことがありました。本当にギリギリの人員だったのでしょう。従業員の側にも与えてもらったものという意識が根付いていたように思います。会社は、「法令は順守して制度は作りましたよ。でも、できれば今までのように働いて欲しい」という姿勢だったのではなかったかと今更ながら思います。
 今の職場は、給与、休暇制度等の労働条件を労働組合が何十年にもわたる労使交渉によってひとつずつ獲得してきたのだそうです。そのことを知って、おのずと休暇取得に対する感覚も違っていて当然かなと感じました。  休暇にしても、同一労働同一賃金にしても、当たり前のことが当たり前に行われる社会であって欲しいと思います。
(芦屋Y・M)