「新社会兵庫」 8月27日号
 8月27日は、二十四節気の「処暑」。暑さもようやくおさまるという季節のケジメ。二十四節気は太陽暦であるが、関西あたりで感じる季節感とは半月ほど早いようだ。秋の雲も、赤トンボもお目にかかれない▼「処」の字は私たちの周辺では溢れかえるほど使われている。処分、処置、処方、処刑、処理。処女を頭にいただく言葉は、処女地、処女航海、処女出版とキリがない。処の文字が下につく場合も多い。対処、善処。「善処します」と言われれば、半分ははぐらかされるのではないかと警戒する。処の文字の意味合いはカタがつく、ケジメがつくということのようだ▼おさまるべきものがキチンとおさまったり、カタがつくのはいいことであろうが、カタもつけずにもみ消したりするのは、とくに権力がそれをやれば犯罪だ▼官邸権力の下にある検察権力は、森友事件は起訴すべき証拠が見つからないからと不起訴にした。証拠が見つからないだと?公文書を改ざんしたり、国会で証言拒否をしたのは何だったのか。正真正銘の証拠隠しではなかったか。証拠隠しをした奴が、証拠がないなど、許せない▼処暑を迎え、涼を求めることがあっても、証拠隠しでカタをつけるなど、決して許してはならない。
コミュニティ・ユニオン全国交流集会に多くの参加を
 第31回コミュニティ・ユニオン全国交流集会が10月5日(土)〜6日(日)、姫路キヤッスルグランヴィリオホテルで開催される。
 全国から参加者を受け入れるにあたり、私たちは昨年5月に実行委員会を発足させ、兵庫らしい運動を発信するための議論を重ねてきた。そのひとつが「どこかで誰かが声をあければ、みんなで駆けつける闘うネットワークを!」という集会スローガンだ。これは1991年、自治体臨時職員連絡協議会と地域ユニオン、地区労がネットワークを結成し、「均等待遇実現」をめざした活動の中で生まれたスローガンである。
 集会の主な内容は、@全体集会、A松元ヒロのソロライブ、B兵庫県パートユニオンネットワーク30年の歩み(DVD)、C争議報告集会、Dレセプション、E12の分科会などだ。百聞は一見に如かず、1人でも多くの人に参加していただき、ユニオンを「体感」してもらいたい。
 コミュニティ・ユニオンの誕生は、労働者の小さな訴えからはじまる。1981年頃から「パート110番」がスタートする中で、東京・江戸川で労働相談に来たパート労働者が「私たちも入れる組合があればいいのに」と訴えたことがきっかけといわれている。
 全国ネットワーク(CUNN)は、現在、北海道から鹿児島まで32都道府県の77ユニオン、約2万人が参加している。全国交流集会は1989年に各地のユニオンが初めて青森・弘前市に結集したのが始まりだ。翌1990年に大分で全国ネットが結成され、以降、毎年持ち回りで開催されている。
 兵庫で全国交流集会を受け入れるのは2度目である。前回は阪神・淡路大震災の翌年1996年11月、震災被害の生々しい神戸、しあわせの村で開催した。全体で328人、兵庫からも170人が参加した。私もそのとき初めてユニオン運動に触れた。既存の労働組合が活力を失っていく中で、小さなユニオンが「なぜこんなに元気なのか」と不思議に思ったのを覚えている。
 ユニオン運動の特徴は、企業別の労働組合と違って“1人でも誰でも加入できる”労働組合だ。したがって、運動形態も個別、多様である。しかし、個人を組織化するユニオンだからこそ、パートや派遣、外国人労働者らの労働問題に敏感である。たとえば、派遣法改悪反対、自治体の公契約条例、最低賃金の引き上げ、同一労働同一賃金、外国人技能実習生などの課題の取り組みなどだ。これらは単に個別企業の組合員を救済する活動にとどまらず、貧困、不平等をただす社会的な労働運動の性格を持っている。
 労働者の「駆け込み寺」として発足したユニオンが、社会的に認知されたのが1995年の阪神・淡路大震災時の「労働雇用ホットライン」と「被災労働者ユニオン」の結成だ。尼崎と神戸の地区労、武庫川ユニオンと神戸ワーカーズユニオンが、全国のユニオンの支援を得て取り組んだ労働相談は半年間で1700件を超えた。交渉で震災解雇を撤回させた企業は50社におよぶ。さらに雇用保険未加入者の遡及加入、雇用保険調整給付金の前倒し支給など多くの成果を上げた。被災地で行政や既存労組が対応しきれなかった震災解雇を可視化させたユニオンの反響は大きかった。この経験としあわせの村で開催した全国交流集会を契機に、兵庫県ではユニオンは2つから、芦屋、明石、加古川、姫路、丹波、但馬でも誕生し、県下に広がった。
 日本は1990年代半ば以降、主要先進国で賃金が唯一マイナスの国として知られている。非正規雇用は全労働者の約4割となり、そのほとんどが最低賃金すれすれ200万円未満の「寝たきり賃金」である。公務職場も例外ではない。総務省の2016年実態調査によれば、官製ワーキングプアと呼ばれる非正規公務員は自治体職員の約4人に1人、64万人に達する。来年4月施行の「会計年度任用職員」制度は、これを是正する方向ではなく、文字通り1年有期の「会計年度任用職員」を新設するものだ。
 安倍首相は「働き方改革」で“この国から非正規という言葉を一掃する”と豪語した。しかし、非正規は減るどころか増える一方だ。また、大企業は来年4月から「同一労働同一賃金」がスタートするが、8月6日の神戸新聞は「大企業の5社に1社が正社員の基本給や賞与を減らす可能性がある」と報じている。非正規雇用や外国人労働者の問題は正規雇用にとっても他人ごとではない。「年功賃金」と「終身雇用」が崩壊する中、低処遇の「名ばかり正社員」は激増している。
 この社会構造を変えるには、労働組合の復権が不可欠だ。働く者の4割に及ぶ非正規労働者を置き去りにして労働運動の未来はない。今回の姫路集会が「これからの労働運動」について議論を深める場になれば幸いと考える。
岡ア 進(ひょうごユニオン委員長)
労災適用と職場復帰へたたかう
 相生市にある石川島播磨重工業の関連会社でクレーンオペレーターとして勤務するAさんから相談を受けたのは、今年1月のことだった。
 Aさんは会社から「1週間だけ他の職場に応援に行ってくれ」と配置転換を言い渡され、これに応じたが、応援先は重労働で、かつ忙しい職場であった。「これでは身体がもたない」と感じた彼は元職場への復帰を申し出たが聞き入れられず、1週間だけだった約束は「とりあえず1か月」、「3月まで」と延長されていった。そのうちに彼は足を痛めて「アキレス腱周辺炎」に罹り、休職を余儀なくされた。
 Aさんの加入を受けて姫路ユニオンは、傷病の労災適用と職場環境の改善を求めてこれまで団体交渉を2回実施した。
 ユニオンは「クレーン職場の指導員Bから受けたパワハラが職場復帰の妨げになっている。Bとの接触が生じないかたちでの復帰を求める」と主張したが、会社側が認めなかったことから交渉は決裂した。配置転換以降、会社から受け続けた仕打ちが原因となってAさんは「うつ病」と診断された。職場におけるハラスメントが原因で精神を病んだことを会社に認めさせ、元職場への復帰を求めて近々提訴することを現在、準備している。
 Aさんの訴えに対する会社の態度は、誠実さの欠片も感じられなかった。その背景には、職場におけるBの存在が絶対的なもので、会社の上司・管理職もBに対してモノが言えない、まるで何か弱みを握られているような印象を受けた。
 他方、Aさんはこれまでの間、相生労働基準監督署を何度か訪れて問題解決を訴えていたのだが、監督官の対応たるや、「労災隠し」を会社にアドバイスするかのような対応も見られた。
 姫路ユニオンは、このような「会社の理不尽な対応」「労働基準監督官の言動」を絶対に許すことはできない。Aさんの労災適用、ならびに元職場への復帰を勝ち取るまで精一杯闘い抜く。
細川雅弘(姫路ユニオン委員長)
20年を振り返って
 郵便局に入る前はある大きな自動車工場で働いていました、その工場では車の製造ラインはほぼ毎日が12時間労働で、班長が「今からサービス残業をしてください」と発言している時もありました、当時は何も分かってなかったので、同期の者や先輩たちと疑問には思わず仕事をしていました。そんな長時間労働やライン作業の大変さから入社から3ヶ月あまりで辞めてしまいました。その会社にはもちろん労働組合は存在していましたが、会社側の役職(職制的な人)が中心になって毎日、新聞を配っているだけの活動しかしていないように感じました。3ヶ月と短い期間のことなので、他にも活動をしていたのかしれませんが。
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 郵便局に入って最初に組合活動に関わったのは分会の教宣部長に就いたときでした。やることは新聞を配ることでほかに活動という活動はしていませんでした。たまに分会会議を行うからとみんなで集まって会議をしたり、隣の局の分会と合同で集会に参加したりという活動内容でした。
 本格的に役に就いたのは、当時、執行委員のなり手がいないということで、私にお鉢が回って来たからでした。前述したように自動車工場時代のこともあったので、組合活動は大事なものだと理解はしていましたが、正直、執行委員になるのは確かに嫌でした。でも、役に就かず、ただ断るのはさらに嫌だったので、2年の任期を努めて次の人に変わってもらうつもりで引き受けたのですが、それが今に至っている次第です。
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 初めて執行委員になって印象的だったことは、当時の支部長が「なかなか労働条件の改善まで至らないが、労働組合が存在し活動してきたからここまで(悪くなるのを)止められてきたと思う。ある意味、自己満足で活動をしている」と発言したことです。その時は自己満足なら活動も適当で良いのではないのかなどと思ったりもしましたが、今では、活動を続けてきた私にとって、それはまさにその通りだと実感できる重みのある言葉となりました。
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 職場で一緒に働く者に目を向けて問題を共有し、団結して職場改善をしていくのが組合だと認識し、日々頑張っているつもりです。頑張りは不十分なのでしょうが……。
 この文章を書くことによってあらためて頑張っていこうと思います。これからもあきらめず職場の仲間のために活動を続けていきます。
(SSK/40歳)