「新社会兵庫」 6月25日号
 今年、ILOは創立100周年を迎えた。「社会正義を前進させディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を促進する」のキャッチフレーズのもと、100周年開幕式典を皮切りに世界中で様々なイベントや記念出版物の発表が予定されている▼さらにILOの社会的使命の中核ともいえるフィラデルフィア宣言採択から75周年。宣言は、@労働は商品ではないA表現と結社の自由は不断の進歩のために欠くことができないB世界の何処の片隅にでも貧困があれば、それは全体の繁栄を脅かすC欠乏に対する闘いは〜中略〜労働者及び使用者の代表が政府の代表と同等の地位に置いて遂行する、の4つの原則と追求すべき目標を明示。グローバル化で弱肉強食が進行する社会に「正義」を問い、すべての加盟国に8つの基本的、原則的な条約の尊重遵守を義務付けた▼その8つの条約のうち日本は未だ強制労働の禁止に関する105号と平等・反差別に関する111号の2条約を未批准だ。経済界の根強い反対があり政府も動かない▼第1次大戦、ロシア革命を背景に創立したILOは各国労働者の闘いに影響を受け、指針となってきた。格差が広がる現代の労働者の闘いにも生かしたい。
増大する外国人労働者の組織化を
 2019年4月から新入管法が施行され、新たな在留資格の外国人労働者たちが働き始めている。日本が基本的には単純労働者は受け入れないと建前を転換し、移民受入れを合法化したことになる。
 現実には、1990年の入管法の改正により、日系人に永住資格を与え、単純労働を認めてきたし、技能実習生制度を活用して奴隷状態で労働者を働かせている事態が明らかになってきた。また、留学生たちも現実には労働者として労働力現場に送り込まれ、ほとんど実体のない日本語学校が大量につくられ、実際は就労目的で来日している労働者も多く、失踪事件が多発している。
 1990年代初期は10万強であった外国人労働者は、昨年末には146万人となっている。これは前年同月比で14・2%もの増加となる。外国人全体では265万人になっている。
 政府はこうした増大し、社会問題化している外国人労働者の諸問題の解決策を示すことなく、新たな外国人労働者受け入れに舵を切った。5年間で「特定技能1号」という資格の労働者を35万人受け入れると決めた。技能実習生制度は維持したままだ。認める業種は14分野ということだ。農業・漁業・飲食・介護・宿泊など労働力不足の分野を外国人労働者に担ってもらうということなのだろう。その後、「特定技能2号」という資格が認められ家族の呼び寄せも可能となる。昨年末で146万人という外国人労働者は全国に漫然と働いているのではなく、就労場所は集中している。
 武庫川ユニオンは、15年以上にもわたって滋賀県での労働相談をつづけ、現在も月1回の相談活動を実施しているが、彼らの就労環境、生活環境の改善がされているとは言えない。労働環境は悪化している。毎回の相談に来る外国人の圧倒的多数は労災に関するものとなる。安易な製造業派遣の容認で安全教育の警視は甚だしい。
 今後いっそう外国人労働者を仲間として連帯することが求められている。
小西純一郎(武庫川ユニオン書記長)
「何のため?」という問い
 何年か前に、労働運動に長い間心魂を傾けていた人から、「自分が運動をやっていたころは苦しいことのほうが多かった」というようなことを聞いた。「ああそうですか(そんなもんですか)」くらいに受け止め、あまり実感として分からなかった。しかし、私自身、労働運動などに関わって何年も経つと、「苦しいことのほうが多い」との言葉が、徐々に段々と実感できてくるようになったのだ。「人の一生は重荷を負うて、遠き道を行くがごとし」という人生訓がどうも本当のことのように思えてくるのだ。
 そのような苦労をしながらもなぜ活動するのか、「何のために活動をするのか?」との問いが自分の中で沸々と湧いてくるのだ。
 私は以前にこのように書いた。「労働運動とは何か?なぜ参加するのか?資本に支配されている労働者が、自分たちのパワーを発見し、自分たちの運命を自分たちで切り拓こうとする手段であるからではないのか」。
 労働者は労働力を売り、引き換えにその価格である賃金を得る。労働力を使用するのは経営者である。つまり、労働は経営者の指揮命令下におかれ抑圧的なものとならざるを得ない。さらには、現代のより巨大化した組織における官僚的労務管理、細則に縛られた労働のあり方は労働者に無力感を抱かせる。本来、労働運動はこうした疎外された労働者を力づけるものである。労働者がみずからを組織化すること、議論し自治をおこなうこと、これらは「団結する」という一言で言い表されてきたことである。
 まあ、そのとおりではあるのだが、「実際のところ、労働者は団結してんのかよ?」と言われれば、正直なところ甚だ心もとない。個々バラバラに分断されているのが現状だ。それでもわれわれは共同性を必要としているのだ。われわれは労働者としての正義や善を、価値観を語らなければいけない。世の中に溢れる、すべてを商品化し金儲けの道具にするような言説、市場で評価され勝ち残らなければいけないという考え方、自民党や経団連のような支配階級のプロパガンダの洪水を前にたじろいではいけないのだ。
 「何のために活動をするのか?」という先ほどの問いかけに答えるとすれば、日々の活動が、結局のところ大きな連鎖となり、社会を変える力となるのではないかという、成功する保証もないが、そういう希望というか希求みたいなものが人間には必要なんだと思う。                    
(G・I/40歳)