「新社会兵庫」 11月27日号
 元徴用工たちの新日鉄住金に対する裁判の韓国大法院判決である。1965年の協定をもって請求権問題は最終的に解決したとする日本政府は、もちろん大法院判決は否定し、メディアも同調して韓国の非理を声高に非難する▼日韓関係は大いにこじれているが、元徴用工たちの提訴がたんに未払いの賃金などに対する補償ではなく、植民地時代の不法行為に対する慰謝料の請求だと反論されると、強制ではなく普通に労働契約に基づく労働だったとごまかすために、今度は「元徴用工」という言葉遣いを「旧朝鮮半島出身労働者」に変更すると言い出す。しかし、こんな対応をいつまでも続けていていい訳がない▼過去には政府自身が、強制労働被害者の個人請求権が消滅したとまでは言えないという国会での答弁を行ったこともある。だったら、花岡事件の鹿島や三菱マテリアル(中国人強制連行)などの例にならって和解と基金創設を提案するくらいそんなに難しい話ではない。すぐに出来る▼ただ、人権を踏みにじられた被害者たちがいちばん求めているのは、日本政府や当該企業の心からの「謝罪」だ。これがなければ、戦後補償をめぐるあらそいはエンドレスにならざるをえない、と思う。
外国人技能実習生の問題に初対応
 現在、国会で外国人労働者の受け入れを拡大する「入管法改正案」の審議がされ、さまざまな問題が指摘されている中、その問題を象徴するような出来事が但馬地域の中で明らかになった。縫製会社で働くカンボジア人の技能実習生たちの人権侵害と労基法違反の事案で、東京の全統一労組より取り組み要請があった。
 8月7日、会社に実習生13人中9人が組合員であることを周知するとともに要求書を提出。翌8日に社長と面会し、要求書の説明と団交の日時を確認した。社長はこの時、大筋で労基法違反の実態を認め、是正していくことを約束した。
 組合員が訴えていた実態は、パスポートと在留カードは会社が管理し、雇用契約書などはもらっていないという事実。労働条件では、月曜から土曜まで12時間も働き、日曜日も8時間働いているということ、残業代が1時間300円程度ということ、休みは月に1〜2日程度ということ、給料は会社が管理し、給与明細もなく、小遣い2万円程度が渡されるのみということ、また、家賃の詳細を聞いても答えてくれないということなどだった(全統一労組役員や通訳とメールで確認)。
 8月13日の第1回交渉後、初めて技能実習生と面談して訴えている実態を再確認し、彼女らの希望を聞き、8月26日には技能実習生も参加して第2回団交を持ち、未払い賃金などの諸要求を獲得、一応の解決をみた。その後、9人のうち8人は帰国し、1人は引き続き実習生として勤務することになった。
 当初は、初めての経験でもあり何から手を着ければいいのかわからないことばかりだったが、武庫川ユニオンの全面協力を得て無事に円満解決することができた。
安倍内閣は技能実習生のこうした実態を放置したまま、「雇用の調整弁」として入管法の「改正」を急いでいる。私たちはこうした実態を改善することが第1であることを強く訴えていきたい。
岡田一雄(但馬ユニオン委員長)
ばーばは疲れるけれど
 40年前、長女の産休明けの時に、職場の主任から「子どもさんが病気の時に看てもらう人を見つけておいてね」と言われたことを忘れることが出来ません。「えー!子どもが病気でも休めないのか」と不満とともに、不安に思った気持ちを忘れることが出来ません。
 現在、長女、次女夫婦はそれぞれ2人の子どもの子育てと仕事を何とか両立しています。とくに次女は遠方にいるので厳しい状況です。私は7年前、次女の育休明けと同時に退職しました。心身ともに疲れ切っていた時と重なり、早期退職する大きなきっかけになりました。そして今日まで(もうすぐ7年になりますが)主に孫たちの病気の時の応援をしてきました。
 さて、私の子育ての時からずいぶん経ちましたが、女性が出産後も安心して働くことが当たり前になってきているでしょうか。確かに育休が延長されたり、女性が働くことに対する社会の意識は変わりつつあります。また、父親の子育て参加は当たり前になってきているようです。病児保育もできてきました。しかし、娘たちの働き方を見ていると、よほどでないと休暇を取ることが出来ず、子どもの発病にピリピリしながら暮しています。職場の人間関係が希薄で、他に対しての興味、関心を持つ余裕なども無いようで、職場で愚痴を言い合う時間もないようです。一人ひとりが自分のノルマをきっちりとこなすことを要求され、それが出来ないのなら職場を去るしかないような常識が作られています。育休が明けて出勤した限りは、100%働いて当たり前と、周りも自分自身も考えているようです。しかし、保育所入所1年目は病原菌をもらい、毎週発熱するという状態。また、小学校入学時は新たな条件作りが必要になってきます。相変わらず同じ問題にぶつかり四苦八苦し、職場を去る女性がすくなくありません。M字型雇用はいつまでも続いています。私の子育て応援は自己努力でしかありません。娘たちの職場改善には繋がらないし、娘たちがより多く働く状態を作っていることにもなっています。けれども無理?して休みを取って翌朝出勤する時の何とも言えない重くてしんどい気持や、病気の我が子を前にして、どちらが休むか夫婦喧嘩をした苦い悔いを思い出すと応援せざるを得なくなります。
 しかし、娘たちはこのような厳しい状況の中でも共働きで作る家庭設計を描いています。もちろん経済的な理由が大きいとは思います。ただ、それだけではなく子育てしながら働くことが当たり前と考えているようです。そしてこの頃、「お母さんも大変だったのね」と言うことがあります。反省ばかりの私の共働き子育てですが、少しだけ受け入れてくれたのかなと感じています。娘家族の子育て応援はまだ暫くは続きますが、初孫は小学2年生になりました。10年後、初孫は18歳になります。その時孫がどのような思いを持って社会と向き合うのだろうか、日本はどうなっているのかと考えると暗い気持になりがちですが、今、自分が出来ることを諦めずにやり続けていくしかないのだと考えています。自分自身をなくさないために、そして可愛い孫たちの未来のためにも。
(K・Y)