「新社会兵庫」 08月28日号
 この夏、忘れられない、忘れてならないこと▼先手先手で被害の拡大防止を指示したと首相が胸を張った時、すでに西日本各地では豪雨による甚大な被害が起きていた。狭い地域で多数の生命が失われたが、ダムの放流が伝わっていない、砂防ダムでは食い止められない土砂崩れの危険があることを住民の多くは知らなかったことなどが災害後、明らかになっている。後手どころか無策の人災▼すばらしい人と首相が称賛し、昨年の総選挙で自民党公認と厚遇を受け当選した杉田水脈議員が月刊誌に《LGBT(性的少数者)に税金を使うことに賛同が得られるのか。彼らは子供を作らない、つまり「生産性」がない》と書いた。これまでも杉田議員は元従軍慰安婦、在日コリアンなどを攻撃する発言や男女平等は絶対に実現しえない反道徳の妄想、男女差別撤廃条約を破棄させる等の発言を繰り返してきた。抗議の声の多さに自民党は注意で済ませた。人権を軽視する思想は首相、自民党も同じ▼翁長沖縄県知事が逝去された。県民と共に平和に暮らす沖縄の明日を創るために政権と厳しく対峙する、その闘いの道半ばである。オール沖縄には自治の基本があった▼どう向き合うのかと問われる晩夏である。
新たな30年へ
 武庫川ユニオンは、結成30周年を祝うつどいを開催した7月29日の午前、第31回定期大会を開き、30年を踏まえた新たな前進に向けた方針を確認した。
 ユニオンの結成は1988年5月、連合が結成される直前。「パートもアルバイトも一人でも誰でも入れる労働組合」をキャッチコピーに新しい労働組合運動の形を模索しての出発であった。
 武庫川ユニオン30年の歩みを振り返れば、大きな転機が2回あった。 1回目は1995年、阪神淡路大震災後に開設した「労働・雇用ホットライン」と被災労働者ユニオンの経験だ。同時多発でパート労働者の解雇が発生した。まだ弱小ではあったが、武庫川ユニオンと神戸ワーカーズユニオンがこの解雇問題に取り組んだ。年間で2000件に及ぶ労働相談と闘いは、企業を超えて地域を労働運動のエリアとする新たな労働運動の優位性を実感する闘いであった。
 2回目は2007年から2008年にかけて襲った派遣切りとの闘いであった。アメリカ発のリーマンショックから日本でも大量の派遣労働者が職を奪われ、住も奪われた。派遣労働者の現実を白日のもとにさらした。日比谷公園では派遣村が開設された。こうした取り組みは、派遣法改正と政権交代の大きな要因の一つともなった。
武庫川ユニオンでは組織人員でも闘いでもこの時期に最大の高揚期を迎える。尼崎市役所、弥生ケ丘斎場、猪名葬祭、ダストマンサービス、白鶴物流、川崎重工業など新たな組織化と争議が連続した。
 その後、2013年に労働福祉会館・労働センターの廃止で事務所が出屋敷に移転し、電話番号も変更を余儀なくされ、労働相談が減少し、結果、組織化も進まなかった。事務所だけに責任を押し付けるわけにはいかないとはいえ、影響があったのは事実だ。
 停滞傾向の5年間を経て相談件数はいま増加の傾向にあり、組織人員の減少に歯止めがかかったと総括した。6月現在260人強となった。大会で新たな専従者の塚原久雄氏を書記次長に選出し、新たな30年に踏み出した。
小西純一郎(武庫川ユニオン書記長)
“釣り”を通して
 今年は釣りに挑戦してみようと職場の釣りクラブに入った。猛烈に釣りがしたいということではなかったが、職場内で釣りの話があり、盛り上るにつれて少しずつ興味が湧いてきた。
 これまで釣りをしたことは数回あるが、すべて穴釣りで、狭い穴のなかに釣糸をたらしガシラやメバルなどをねらう、どちらかと言うと地味な釣りしかしたことがない。
 数回してきた釣りではあるが、やはり向き、不向きはあるようで、何回やっても釣果があがらず、向いていないのではとも思ったが、それでも何とかして釣り上げようと釣り好きな人にコツを聞いてやってみた。実際にやってみると何回か当たりはあったものの逃げられてしまい、再度挑戦。こういうときには不思議なもので、なんとかして釣りあげたいと、むきになって竿を上げたり、下げたり、左右に揺らしてみたりと頻繁に繰り返し、今度は当たりすらない。餌を変え、ポイントも変えて挑戦してみるが、なかなか釣り上げることができず、時間だけが経ち終了してしまう。
 なんとも悔しい思いはしながらも、その時間は楽しく、有意義に過ごすことができ、自分の中のでは満足感はあった。ゆっくりとした、ゆったりとした時間を過ごしている感覚だ。
 釣りが終わると、いつも「反省会」と称しての飲み会がある。これも楽しみの1つで、釣り談義に始まり、様々な話題が飛び交う。これもまた楽しい時間である。
 しかし、最近は釣りをする機会が減ってしまい、行けていない。家から数分のところに海があるのに、そこにはなぜか行かない。
 月日が経つなか、ひょんなところから釣りの話になった。嘱託職員の方と話をしているときに釣りの話になったのだ。その嘱託職員の方も大の釣り好きで、民間職場を定年退職し、その時に退職金で船を買って冲に出て釣りをしているそうだ。船を維持するのも大変らしく、特に燃料費が高く、船を出すにも数人で集まり会費を取りながら運営しているそうである。昨年から同じエリアで働くことになり、そんなに頻繁ではないが、釣りの話をする。「先週はアジが釣れた」とか、「今週はタコが釣れた」といった会話になり、一度船に乗せてもらい釣りに行く計画をしていたが、予定していた日に強風が吹き、船が出せないということになって断念した。年内には沖釣りを実現したいと思う。
 今回は釣りのことを書いたが、心が和む時間や場所などいろいろあることだろう。いろいろなことを体験・経験する中で、こんな時間がどれだけできるのか?そこから自身の人生を考えてみたいと思う。
(T・I/43歳)