「新社会兵庫」 05月15日号
- 昨年の憲法記念日、安倍首相が改憲派の集会へのビデオメッセージで、9条への自衛隊明記と2020年の新憲法施行を打ち出してからちょうど1年が過ぎた。この間、党内には9条2項の扱いをめぐって議論はあったものの、自民党は安倍首相の意向に沿って改憲への作業を進め、今年3月の党大会を経て4項目の改憲案をまとめるに至った。この1年の間には疑惑隠しのための大義なき解散・総選挙を強行し、3分の2以上の改憲議席を確保するという経過もあった▼そもそも首相という地位にある者。それに、嘘とゴマカシ、強弁と居直りの強権政治で国政を私物化し、憲法を壊し続けてきた安倍首相だ。改憲を語る資格などさらさらない。そしていま、相次ぐ不祥事で政権の足元はぐらついている。にもかかわらず、首相の改憲にかける執念は凄まじい▼この安倍9条改憲の動きに抗し、全国で取り組まれてきたのが「3000万署名」だ。5月3日の東京の憲法集会で発表された中間集約の署名数が1350万筆超。さて、この数字をどう受けとめるか。毎日新聞の世論調査では、安倍9条改憲案に賛成が27%、反対が31%だ。改憲の企ての息の根を止めるまで課題は多い。まだまだこれからだ。
- 分会自身が出した和解の結論
- A社とは2016年から争いを続けてきた。同年8月に違法な変形労働時間制による未払い残業代と一方的に廃止した各種手当の支払いを求め提訴した。
提訴から1年4ヵ月、会社側代理人が重い腰を上げ、A社を説得し和解することになった。1月の期日では「金銭の工面ができていない」ことを理由に、和解成立を1ヵ月遅らせた。2月、和解期日当日、会社側代理人が和解金を値切ってきた。「合意した金額から下げてくれるなら和解する」。こんなふざけた話はない。当日は判断できず、1週間後に和解期日が設定された。
組合員と話し合った。退職してから時間が経過した組合員は「払ってもらえればいい」というのが本音。反対に、闘ってきた組合員は、A社のワガママを認めてまで和解はしたくないと思っていた。彼らたちが出した結論は、「当初合意した金額以下では和解しない。判決になってもかまわない」だった。仮に判決で和解金額を下回ることになっても、これまでしんどい思いをしながら闘い続けた仲間の思いを優先した。「A社の卑怯なやり方で仲間を失いたくない」と言い切った。
驚いた。分会で意見が分かれ、判断できなくなる可能性を想像していた。分会で意見が分かれた場合、ユニオンとしてどのような判断をするか。三役それぞれが考えた。個人的には、「こんな後味の悪い和解はしたくない」と思った。それでも“お金”は大事で、これからの生活にも関わることも理解していた。だから、揺れた。今回は彼らが結論を出したことで、ユニオンとしての判断をしなくてすんだ。和解協議の結果は、当初の合意金額で和解するが、支払期日は1ヵ月遅らせることで合意した。
今年3月までに11人中10人が退職し、1人がA社に残って闘い続けている。彼らたちが一緒に働き続けられなかったことはユニオンの力不足だと反省している。お金で左右されている社会の中で、仲間を大切に考えた彼らと共に闘うことができたことを誇りに思う。彼らの関係の中に、ユニオンも共に居続けるようにがんばりたい。
木村文貴子(神戸ワーカーズユニオン書記長)
- 産前産後休暇と育児休業
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「産前休暇はお金がないから(無給)休みたくない」。
ユニオン組合員で妊活に成功した仲間から話を聞いてびっくりした。彼女は43歳までの不妊治療費助成を受けるためにあわてて入籍して幸いに赤ちゃんに恵まれた。
「給料がないからやっていけないし、出産育児一時金は病院の費用になるし……」
出産手当金は、健康保険から支給され、産後休暇があける56日以降に提出して、1か月後くらいに入ってくるもので、平均報酬の3分の2くらいを休んだ日数分支給される。
「妊娠が分かった時点で産休を有給にと要求すればよかったね」
「無給は当たり前ですよ、どこでもないです」
「ええっ、公務員は有給だよ」
確かに労基法第65条には、産前は「6週間以内に出産する予定の女性が休業を請求した場合においては、そのものを就業させてはならない」「産後8週間を経過しない女性を就業させてはならない。妊娠中の女性が請求した場合においては、他の軽易な業務に転換させなければならない」とあるが、給与支給は書かれていない。健康保険法には以前から6割支給は書かれていた。2007年に6割から3分の2(67%)に少し上がった。
出産育児一時金赤ちゃん1人につき42万円は、ほとんど病院代に消える。出産後の3カ月を夫の低賃金で暮らすためには、1日でも長く働いて賃金がほしい、と考えたのだ。
◇ 教職員の場合は、産前産後休暇は、給与は減額しないとされている。戦後の日教組の女性部の長い闘いの中で勝ち取ってきた権利だが、いつの間にか、「あって当たり前」とだけ考えるようになっていた。臨時採用教員に広げることが課題だった。育児休業も育児時間午前・午後各30分(労基法67条)という休暇では対応できないと要求を続けて法制度化され、今ようやく全職種に、また、男性も取得できるものになり、一部支給されるようになった。女性部の長い闘いの成果でもある。たしかに改善はされてはきたが、夫婦とも低賃金という若い人には、産休に入る前に蓄えがないと生活していくのは厳しい。
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育児休業給付金は、雇用保険から支給され、開始180日まで標準報酬月額の67%、181日目からは50%、子どもが1歳になるまで支給されるようになった。1976年に導入された時は無給だったが、95年、ようやく20%の給付になり、2010年に50%に、14年に前半は67%と引きあげられた。また、健康保険や厚生年金保険は保険料が免除という改正もされた。
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結局、彼女は職場の仲間と相談して、産前のギリギリまで出勤し、その後に年休を取ることにして、いくらか収入を確保した。職場で働き続けられるようにとユニオンに入り、交渉やユニオンで得た知識を基に職場改善を訴えてきた取り組みが、しっかり彼女を支える人間関係も作ってきていた。
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私たちは、せっかく手当金を勝ち取ったのだから、生活できるように、増額と産休中に支給されるように法制度的にも改善することや、企業への有給化への働きかけをしないといけない課題だと思った。
(小城)
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