「新社会兵庫」 03月13日号
- 周囲の政治的な雑音がさまざまに伝えられた平昌五輪もあっという間に終わってしまった感じで、次はパラリンピックだ。これまで冬季五輪はあまり見る機会が多くなかったのだが、今回はテレビの前に釘付けになってしまった。日本選手のみならず、鍛え抜かれたアスリートたちのパフォーマンスに感動の連続だった▼さらに、その選手たちが語るコメントも感動的で、パフォーマンスの価値をいっそう高めた気がする。心打つ選手たちのコメントの重さや深みは、逆境や屈辱を乗り越えてきたものであり、競技に向き合う真摯な姿勢とひたむきさを伴い、保っているからであろうと感じた▼それとは対照的な、というよりも対極にあるような印象を持つのが、国会での「働き方改革」や森友学園問題などをめぐる首相をはじめとする政府の答弁ぶりだ。答弁の根っこには虚偽と欺瞞があるからだと思えば当然のことかもしれないが、あまりにも言葉が空虚だ▼しかも、問題はデータのねつ造や公文書の書き換え疑惑など、国家の犯罪が疑われる事態である。あまりにひどすぎて、裁量労働制の拡大は切り離しで難を切り抜けようとしたが、疑惑は内閣の存続自体が問われるべき重大な事態であるはずだ。
- 「働き方改革」 本質は労務コストの削減
8時間労働守る働き方を
- 安倍首相は、今通常国会での施政方針演説で「働き方改革を断行します」「戦後の労働基準法制定以来、70年ぶりの大改革」と高らかに宣言し、自ら「働き方改革国会」と位置づけた。「労働時間の上限規制」や「同一労働同一賃金の実現」を含めた法案が、労働者の思いに合致しているのなら、野党は反対するどころか、政府・与党とともに法案成立に協力するだろう。しかし、安倍政権の「働き方改革」を推進するのは経営者団体であり、労働組合は猛反発している。それは「時間外規制」や「同一労働同一賃金」といった看板さえウソ・偽りがあるためである。その化けの皮が剥がれたのが、裁量労働制をめぐるデータねつ造問題である。
「アベ働き方改革」は、何本も放たれた矢の1本で成長戦略の一翼を担う。成長戦略とは、企業の成長が回り回って労働者にそのしずくをしたたり落とすという考え方だ。しかし、アベノミクスは「いざなぎ超え 戦後2番目の長さに」(日経/17年11月8日)を達成し、企業の内部留保は406兆2348億円と前年度より28兆円も増したのに、実質賃金は改善されていない。NHKの調査でも「景気回復を実感」と答えた人はわずか6%で、「実感していない」と答えた人は64%にも達する。
「アベ働き方改革」の本質は、労働者にかかる労務コストの削減だ。残業代の支払い義務をなくすための「裁量労働制の拡大」、低賃金と賃金差別を固定化・合法化する「同一労働同一賃金」、社会保険負担をなくす「多様な就労形態の普及」である。
しかしながら、労働組合の中でも、「アベ働き方改革」問題への対応が弱く、街頭で訴えても、労働者の反応は弱い。その理由の一つは、政府による意図的なウソの垂れ流しである。マスコミからもフェイク報道が垂れ流され続けている。例えば、「高度プロフェッショナル制度の導入」(高プロ)や「裁量労働制」について、「時間ではなく成果で評価する」(NHK)とか「脱時間給」(日経・読売)などの報道である。低賃金の若者にとって、「成果で評価」と聞けば飛びつくだろう。しかし、法案のどこにも「成果で評価」などという文言はない。それどころか、高プロはホワイトカラー・エグゼンプションであり、「残業代ゼロ」のことである。また、裁量労働は「定額働かせ放題」のことである。つまり、いずれも「成果で評価」ではなく、「仕事が終わるまでただ働きしろ」という代物だ。
政府は、「仕事が早く終われば、4時間労働でも6時間労働でも帰ることができる」などと宣伝するが、「仕事量」の取り決めがないのに、どうして早く帰宅することができよう。実際、前年から28兆円も利益を増やしているのに、今春闘では「1000円の賃上げが攻防」という報道すらある。経営者はケチなのだ。さらに、全国の労働基準監督署が賃金、不払い残業の是正指導を行っているが、その総額は百数十億円で推移し続けている。これは毎年である。ばれたら払うが、ばれなければ払わないのが日本の経営者なのだ。相次ぐ製品偽装報で明らかなように、法律すら守らない、口先だけでコンプライアンスと唱える経営者が、短時間で済むような仕事量にするはずがない。何よりもこの制度導入を強く求めているのは、労働者ではなく経営者団体であることからも、法案の本質(残業代ゼロ、定額働かせ放題)を如実に物語っている。
もうひとつの問題は、「同一労働同一賃金」である。私たちが考える「同一労働同一賃金」は、同じ仕事をしていれば、労働時間に比例して同じ処遇(賃金や手当、ボーナス、退職金、休暇等の諸権利も正社員との労働時間に比例)というものだ。ところが、法案が求める待遇格差の解消は、ガイドライン案を見ると、賃金体系が違えば待遇格差の比較さえできない。また、同じ業務に従事していても「責任の程度」「配置変更の範囲」などが異なれば、基本給が違っていても不合理ではないとされている。これでは、「同一労働同一賃金」どころか、格差や差別を合法化するものになりかねない。このように、法案要綱をじっくりみれば、私たち労働者が求めているものとはまったく違うものだと理解できるが、耳触りのよい言葉で惑わされている人たちも多いのだ。
労働組合は、闘わなければならない。私たち「労働法制ひょうごアクション」は、全港湾や全国一般、国労、コミュニティ・ユニオン全国ネットワークなどが計画している「全国キャラバン行動」に参加するとともに、県内の多くの労働組合とも連携を強め、「アベ働かせ改革」を阻止し、8時間労働で生活が出きる働き方を求めていく決意である。
塚原久雄(ひょうごユニオン事務局長)
- 駅前のビラ配布は市民の声が聞けて楽しい
- 県内の高齢者の運動団体である「熟年者ユニオン」(明石、神戸、尼崎間で活動)と「西はりま熟年者の会」(西播磨で活動)、さらにオブザーバーとして東播磨で活動を行ってきた「明日を考える東播高齢者の会」は、兵庫県高齢者団体連絡会(略称=兵高連)をつくり活動してきた。
その主な活動は、それぞれの地域での他団体と連携しながらの活動の交流と学習会の開催である。春には講演会、秋には1泊2日の学習会を重ねながら県下に高齢者運動を拡げる努力をしてきた。ほとんどが70歳以上であるが、安倍自公政権のここ数年の“独裁政治”への怒りを活動のエネルギーに変え、具体的な行動へとつないでいる。
兵高連の世話人会は姫路と明石で行っているが、会の前段にはターミナルでビラ配布行動を行うことになっている。ビラ配布では、時には声をかけてくれる人やビラを取りに来てくれる人、長々と話をする人など、市民の声が聞こえてくる。
国では「出国税」「森林環境税」が決まったが、これからも新たな名前の税金で増税を目論む安倍1強内閣。今では「スマホ税」や「独身税」もささやかれている。2月は姫路(12月は明石)で行ったが、若い人にビラを差し出すと「エッ」という顔をしながらも受け取り読んでくれる。私たちの活動はささやかな活動かもしれないが、若者たちの反応や同じ高齢者からの励ましの声に元気が出る。そのような行動の後の世話人会も楽しく議論ができる。
昨秋の1泊2日の合宿(しあわせの村)も笑いが絶えない2日間であった。
3月15日には神戸市立婦人会館にて第7回兵庫県高齢者団体連絡会総会を開催する。
行動方針では、バスツアーでお世話になっている阪東農園の阪東さんの話を聞こうと検討している。総会のスローガンは「平和憲法を守ろう」「原発のない国をつくろう」「ひとつの命をも大切にする政治をつくろう」である。
横林賢二(熟年者ユニオン事務局次長、兵庫県高齢者団体連絡会事務局長)
- 政治を動かす原動力
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政府が“女性の活躍”を音頭取りする一方で、女性や子どもの貧困は根深く、かつ広がっている。
総務省統計局の労働力調査結果(2月公表分)では、2017年平均の役員を除く雇用者は5460万人。男女別にみると男性は正規が2310万人、非正規が647万人。女性は正規が1114万人、非正規が1389万人となっている。
その彼ら彼女たちの年間収入を階級別にみると、男性正規の場合500〜699万円が22・7%と最も高く、次いで300〜399万円が19・8%であるが、非正規では100〜199万円が28・8%と最も高く、次いで100万円未満が26・9%である。
女性でみると正規の場合200〜299万円が28・1%と最も高く、次いで300〜399万円が22・8%であるが、非正規の場合は100万円未満が44・3%と最も高く、次いで100〜199万円が38・8%である。
自立して生きよ、と成長の過程、様々な局面で言われ続けてきたが、自立を支える手段がこれではあまりに貧弱だ。私は、女でも自分を大事にして生きていくためには収入の道を持て、と育てられた。人間の不幸は、生きんがために「黒いものを白い」と言わねばならぬことだからと、父から何度も聞かされた言葉の実際を、職場の先輩女性が当時直面していた男女差別から教えられた。皆、幸せに生きるために働いているのに、競争させられ、お互いを締め付け合っている現実を知った。
先輩女性達が抱えていた問題を口にして、改善を要求し始めたとき、労働組合や周囲からの反応は「仕事ばかりに責任を持てない。家庭を持っているので結局、退職に追い込まれては女性にとって不本意なのでは」「世の中全体が変わらなければ、女の人だけが働きやすくはならない」「男性の意識が変わらないのにムリだ」などだった。いつか世の中が変わるまで、誰かが変えてくれるまで仕方がない……。
それを動かしたのは当事者である先輩女性だった。我慢し続けるだけでは「変わらない」、次の時代も「同じでいい」で、良いのか。あの時の先輩女性たちの葛藤と決心は、今も私の教科書だ。
けれど、社会全体が変わることを願っていた小さな職場の「たたかい」は、前述の統計に見るように生かされず、むしろ後退している。制度には社会の考え方が反映する。税や社会保障、雇用の仕組みは、男女役割分業、男性世帯主が軸だ。基本の仕組みをそのままにして変革はない。女性への差別をそのままにしての公平も公正もない。何故、と問うことがなければ人々を幾重にも分断している差別にも気づかない。
「自分の子どもの時代も、親と同じように苦労するしかないとは言えない」―そう言った先輩女性を思い出す。政治を動かす原動力がそこにある。
(岡ア宏美)
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