「新社会兵庫」 02月27日号
 昨年11月発表の男女格差を国別に順位付けする「世界経済フォーラム」報告書によれば、日本は144ヵ国中114位で、前年より3つ順位を落とし過去最低を更新、主要7ヵ国(G7)では最下位だった。経済(賃金格差など5項目)114位、教育74位、政治の分野で123位▼政府は女性の活躍社会を掲げている。しかし、管理職の割合増ひとつ実際の労働の場では難しい。入社試験の成績は女性のほうが高く、志もしっかり持っている人が多いという担当者の声を聞く機会も多いが。学びの場では平等だと思っていたが、社会に出たら結婚・出産・子育て・介護などは家族(つまり女性)が担うことが求められている。保育所の不足・学童保育の不足・介護保険制度の改悪などが女性たちを家庭に引き戻し、低賃金の構造を強固にしている。経験不足のままトップに座ることはできないだろう。大学教授等も同様だ▼ひとつひとつの不都合な問題を諦めないで変えていくこと、それは否定するものとのたたかいだ。いじめ、ヘイトで傷つける社会の底に、自らも否定され鬱屈したものを抱える人がいる。○○だから我慢が当たり前、になっていないか、声を上げる今年の国際婦人デーと月間でありたい。
がれき処理業務で石綿禍 公務災害認定求めて提訴
 2012年6月11日、明石市環境部収集事業課の同僚、島谷和則さんから「相談したいことがある」と連絡を受けた。「がんセンターで悪性腹膜中皮腫と診断され、医師から『この病気の原因はアスベストの可能性が高い。患者さんは仕事で石綿を扱う仕事をされている方が多いが、どんな仕事をされてますか?心当たりはありますか?この病気は治療法が確立されていなくて予後が非常に悪い。石綿による健康被害の救済に関する法律があるから申請したらどうか』と言われたけど、訳がわからない。言葉の意味もわからない。石綿・アスベストって?石綿を扱う仕事ってどんな仕事?予後が非常に悪いって、もう助からないってこと?救済に関する法律があるから申請してみたらって言われたけど、どこに相談したらいい?職場に言えばいい?組合に助けてもらえる?力になって欲しい」―。島谷さんは不安を抱えながら、話してくれた。相談を受けたものの、あまりにも深刻な内容だったため、どう声をかけ、どう返事をしたらいいのか戸惑いながら、「職場のことも、申請のことも、今後のことも、できる限りのことはするから治療に専念してほしい。最初に組合に連絡したことが間違いやなかったって言ってもらえるよう、できる限りのことをする」と応えるのが精一杯だった。
 明石市職労に相談内容を伝え、ひょうご労働安全衛生センターの西山さんの協力も得ながら、「アスベスト対策委員会」を立ち上げ、この問題の解決に向けて取り組むことになった。島谷さんと度々面会し、アスベストばく露の可能性についての学習と聞き取りを行い、家族や以前勤めていた職場への聞き取りも行った。その結果、「島谷さんは明石市に採用される以前は石綿にばく露するような仕事はしておらず、石綿を吸い込むような住環境にもなかった。アスベストを吸い込んだとしたら、1995年の阪神・淡路大震災直後の震災がれきの収集・運搬処理業務のときしか考えられない」と判断し、悪性腹膜中皮腫の発症は公務に起因するものとして2012年8月16日、地方公務員災害補償基金兵庫県支部に公務災害の認定請求を行った。
 明石市は2012年7月、「阪神・淡路大震災時のがれき処理業務に携わった職員が中皮腫を発症。がれき処理業務と中皮腫発症の因果関係は不明だが、原因の一つである可能性がある」と公表。これを受けた井戸県知事は定例記者会見の中で、「震災のがれき処理を行う際には、アスベストの状況を測定しながら行っており、当時、環境基準を超えていたような事例は少なかった。中皮腫の発症の原因が阪神・淡路大震災だとはなりにくいのではないか。震災当時の作業データなどからも、震災が原因になるようなデータはない」と発言した。この発言は、震災直後からアスベストの危険性すら知らずに、大量のがれきと粉塵が舞う劣悪な環境の中で懸命に働いてきた私たちにとって到底受け入れられるものではなかった。
 2014年3月26日、基金支部は「公務外の災害」との通知を行った。これを不服として審査請求を行ったが、これも棄却された。現在、再審査請求中であるが、採決は未だに示されていない。島谷さんの妻は「夫が命を落とした原因を明らかにしたい」と提訴を決意。今年1月15日、基金支部の原処分の取り消しを求めて神戸地裁に提訴した。
 これまでに阪神・淡路大震災時の復旧・復興作業に従事した民間労働者4人が中皮腫を発症し、すでに労災が認定されている。石綿関連疾患である中皮腫の認定割合は、近年、民間労働者対象の労災保険が94・6%であるのに対し、地方公務員災害補償基金では42・4%に止まっており、石綿起因の肺がんにおいては、労災保険の認定率が86・5%であるのに対し、基金では24・1%という実態で、基金の認定基準が労災保険と比べて厳しすぎるのが大きな問題だ。本来、労働者の救済制度であるはずの機関が、公務災害を認定させない機関になっているという現状がある。人の命に公も民もない。
 復旧・復興業務で石綿粉じんを吸引した人は多くいるはずである。中皮腫は、潜伏期間の長い病気で、今後の被害増加も懸念されている。今回の裁判で、発症した場合の補償や救済のあり方、また、基金の災害補償に対する姿勢を根本から問いただしたい。災害時の復旧・復興業務に精一杯取り組んできたことすらも否定するような基金の姿勢を絶対に許すことはできない。今後の災害時の復旧・復興に携わる労働者の安心・安全を守るためにも絶対に負けるわけにはいかない。
 2013年10月15日、島谷さんは49歳で亡くなった。最後に私にかけた言葉は、一言「お願いします」だった。命の最後に絞り出した言葉である。決してあきらめることなく、公務災害認定を勝ち取るまで全力で取り組む。  
吉田秀夫(明石市職労)
“労働組合”の持つ力
 就業中のアスベスト吸引による被害をめぐる住友ゴム損害賠償請求訴訟の判決が2月14日、神戸地裁で言い渡された。判決では、原告の元従業員7人全員が、タルクや石綿粉じんを吸引した可能性があると判断。しかし、5人については疾病との因果関係を認めたものの、2人については「吸引量が大量だったとは推認できない」と棄却した。棄却は到底承伏できないので、原告や弁護団とも相談しながら、引き続き闘う決意だ。
 損賠事件には、それに至るまでの前段がある。
 住友ゴムを退職後に中皮腫で亡くなられたMさんの妻が、2人の元同僚(退職者)とともにひょうごユニオンに加入し、「住友ゴム分会」を結成して、退職者の健康診断の実施や労災上積み補償を求めて、2006年10月、団体交渉を申し入れた。しかし住友ゴムは、組合員らが「『雇用する労働者』ではない」として交渉を拒否したことから、兵庫県労委、地裁、高裁、そして最高裁で争うこととなった。実に5年の月日を経て2011年11月、ようやくアスベスト被害に関する退職者の団体交渉権が認められた。
住友ゴムはユニオンとの交渉を拒否しながら2007年3月、一方的に「石綿災害特別補償規定」をつくり、マスコミに発表していたため、最高裁の決定後、その補償規定の見直しを求めて1年半にわたって団体交渉を行ってきた。しかし、ユニオンの要求=「年齢差別をやめ、一律補償とすること」については、1ミリたりとも譲歩しなかったため、やむを得ず提訴に踏み切ったのだ。
損賠訴訟で住友ゴムは、「元社員のうち2人は、損害賠償請求権が時効により消滅している」と団交拒否や交渉引き延ばしによる時効を盾にしたが、裁判所は、訴訟に至った経緯などを踏まえ、「時効制度の利用は権利の乱用で許されない」と厳しく断罪した点で画期的な判断を示した。
 「退職者の団交権」や「時効をめぐる判断」など、住友ゴム事件は闘いを通じて「『労働組合』の持つ力」を改めて私たちに教えてくれている。
塚原久雄((ひょうごユニオン事務局長)
「ものづくり大国」?
 神戸製鋼から端を発して次々と発覚する大手の品質不正問題。インターネットニュースで「揺らぐものづくり大国」という見出しの記事を読んで、「ものづくり大国」なんて、まだ言っているのか?と、一技術者、一技能者として呆れてしまった。日本は、開発で中国や韓国に負け、生産で台湾に負け、既に世界の負け組なのだ。
 私は、メーカーでオーディオの修理工から技術者、技能者としてのキャリアをスタートした。IT系のハードウェア技術者として業務に従事した後に個人事業主として独立。所謂、現場叩き上げの人である。技術や技能の習得をバックアップしてくれたメーカーには感謝している。でも、メーカーに残って自分の人生を託そうというまでには至らなかった。
 何故か?日本では、コア技術に評価が集中する傾向にあり、現場を真っ当に評価してこなかった。これ以上、現場のステータス向上は見込めないことを意味している。現場の技術者や技能者にとって、稼ぐこと以上に、真っ当に評価されないほど辛いことはない。優秀な者ほど、現場に見切りをつけてメーカーを去り独立するか、技術や技能を評価してくれる外資系企業に引き抜かれて転職していった。
 今、日本では、熟練労働者が不足して、技術や技能の継承がままならなくなっている。このままでは、技術や技能の継承が途絶えて、現場は先々立ち行かなくなるだろう。日本の製品は、現場力によって支えられてきたと言っても過言ではない。その日本が現状を省みず、過去にしがみついて体裁を繕おうとすれば、不正でもして嘘で塗り固めて辻褄を合わせるしかない。私見ではあるが、これは、日本がコア技術だけで生き残れると勘違いし、現場を真っ当に評価してこなかった結果ではないだろうか。どれだけ素晴らしいコア技術も、それを製品に落とし込むためには熟練労働者の協力なしに成立しないのだ。
 少子高齢化で現場の担い手は減る一方である。子どもの数が多い団塊ジュニア世代ですら、現状維持が手一杯の状況。このままでは保全も維持もままならない。そんな日が、もうそこまで来ている。
これは、インフラに対しても同じことが言える。インフラは生活インフラだけではない。教育や福祉などは社会インフラと言うことができる。社会インフラを維持できないということは、憲法で定められている人権を保障できないのと同義である。
 個人事業主として人材育成に力を入れてはいるのだが、個人にできることには限界がある。それでも、できることを無理のない範囲で地道にコツコツとやっていくしかない。
(T・Kojima/42歳)