「新社会兵庫」 11月14日号
 衆議院の解散が内閣総理大臣の専権事項であり、首相は任意に衆院を解散できるという言説がこの国でまかり通り、与党議員の追従はいうまでもなく、ジャーナリズムにもそれに対する批判は無かったか、あまりに小さすぎたように思う▼三権のひとつ司法も内閣に唯々諾々と従い、沈黙してきた。それで今回、安倍首相は憲法7条を根拠に「国難突破」解散に打って出て、何とも腹立たしいかぎりだが狙い通りの「勝利」を手にした▼そもそも憲法7条が首相が望むときにいつでも衆院の解散を可能にするとは、憲法のどこをどう読んでも書かれていない。戦後の保守政治がつくりあげてきたフィクションに過ぎない。それらの結果が今回の解散であったのではないか▼さすがに筋もへったくれもない安倍首相の解散には「大義がない」という言い方だが、マスコミにも市民にも批判が強かったように思う。研究者にも異論が目立つ。三権分立の原則からしても、こういう理屈の通らない解散は余地がないようにしなければならない。また、選挙制度そのものも民意を極端に歪めて議席を構成する小選挙区制が続いている。いい加減な選挙制度が政治を劣化させ、投票は有権者の半分という憂うべき状況を招来している。
「市民と野党共同」の発展・強化を
         総選挙後の憲法動向を考える
 安倍政権が「国難突破解散」と銘打ってうって出た第48回総選挙が終わった。結果は自民党が「圧勝」し、与党で再び3分の2を上回る議席を獲得した。安倍政権に対する支持率は選挙前後いずれも不支持が多数世論であった。それにもかかわらず、なぜこのような結果となったのか。
 「市民と野党」の共闘を壊し、「非自民・反共産」勢力結集に舵を切った前原(前)民進党代表の罪は大きい。無節操な一連の動きは国民の政治への不信を頂点にまで押し上げたといえよう。この時点で野党敗北の素地が出来あがってしまった。
 さらにいうならば、選挙制度の問題である。安倍政権は選挙制度によって作られた「虚構の多数派(上げ底政権)」であることを強調したい。各党の比例区得票率は自民33%、公明13%、立憲20%、希望17%、共産8%、維新6%、社民2%(小数点以下4捨5入)だが、自民党は小選挙区289議席中215議席を得た(議席占有率74・39%)。比例区で有権者の3人に1人しか支持を得ていない政党が小選挙区では7割以上(4割は加重議席ともいえる)を得ている。このように小選挙区比例代表並立制の現行制度は民意を反映しているとは言い難い。その意味では憲法論議をする国会の民主的正当性が問われる。速やかに選挙制度改革を着手すべきである。
 さて、今回の選挙結果を受けて、今後、憲法情勢がどのように推移していくのか。さらには私たちはどのような構えであるべきかに触れていくこととする。
 自民党は憲法改正の主要項目として、@自衛隊の明記、A教育無償化・充実化、B緊急事態対応、C参議院の合区解消を公約に掲げた。他の改憲野党の公約としては、希望の党も自衛隊の明記や知る権利等、日本維新の会は教育無償化、統治機構改革、憲法裁判所設置を掲げている。
 与党内でキャスティング・ボートを握る公明党は総論的には慎重姿勢(少なくとも野党第1党と合意し改憲発議)、9条改憲では、安保法制(戦争法制)で「自衛の限界」までの対応が可能となったとしてその必要性を主張していない。自民党としては安倍首相の今年5月の改憲提起(自衛隊条項・教育無償化)を来年の総裁3選を経て、任期中じっくり腰を据えて取り組んでいくのではないかと、筆者は思う。その意味では2020年施行にはこだわらなくてもよくなったのではないか。安倍改憲戦略としては、希望や維新の3党「改憲連合」によってこれからの憲法審査会の論議を進め、盤石の基盤を形成し改憲国民投票に臨んでくるのではないか、と思われる。
 それでは9条改憲を正面突破してくるのかということであるが、筆者としては2つのコースのいずれかと思う。
 ひとつは、初の改憲国民投票を9条改憲にして仮に失敗すれば、改憲機運も一気に萎んでしまう。そこで、「改憲連合」が乗りやすい項目(教育無償化や参院合区解消)で「お試し改憲」を行い、その後、9条改憲国民投票と進めるのではないか(時事通信による今回の総選挙出口調査では自衛隊明記賛成36・2%、反対30・.3%、わからない・どちらともいえない33・3%とほぼ拮抗している)。もうひとつは、時間をかけてでも第1回の改憲国民投票は自衛隊明記など9条改憲にこだわるものである。
 筆者としては前者の可能性が強いと思われる。しかし、安倍首相が政権維持困難と見切れば退陣と引き換えに、後者に挑んでくることも否定できない。これに関しては選挙結果の出た10月25日、日本会議系列団体「美しい日本の憲法をつくる会(共同代表・桜井よしこ等)」が都内で700人規模(自民・維新の国会議員10人も参加)の集会を開いている。 この集会で桜井よしこは「5分の4の改憲派議員が誕生した。史上初である。自衛隊を国軍として位置付けられるかどうかだ。このチャンスを逃したらこの後は難しくなるかもしれない。安倍政権のもとで必ず憲法改正を実現しなくてはならない」という旨の発言をしている。今後、安倍政権に対して相当なプレッシャーをかけてくる決意とも読める。
 このように予想される改憲大攻勢に対して私たちはいかに臨んでいくかがこれから問われる。まず、ここ数年内に改憲国民投票がある認識をもって行動計画を立てる必要性があろう。そのうえで多数を得るためには政治的立場・思想・信条の違いを認め合いながら、私たちの暮らしの中に憲法が根付いている、そのメリット、改憲によって失われること、その弊害について語り、改憲機運の鎮静化を目指していくことだと思う。また、国会では立憲野党が改憲阻止のため、改憲国民投票法の欠陥(選挙活動・最低投票率等)についても大いに論戦していくべきである。
 私たちは決して孤独な闘いをするわけではない。昨年の参院選、そして今回の衆院選での市民と野党の共同による積み上げがある。こうした貴重な「実績」をさらに発展させ、来たるべき改憲国民投票での勝利と安倍政治を許さない闘いを一層強めていかなくてはならない。
鈴田渉((大阪労働学校・アソシエ講師・憲法学)
19年に全国交流集会を兵庫で開催
 10月7日〜8日、福岡市で第29回全国交流集会があり、総勢431人が集まったが、福岡のユニオン関係者の参加が120人以上で力の入り方が分った。集会は衆院選公示日の直前の時期であり、小池新党への批判と立憲民主党の立ち上げを歓迎する雰囲気の中で進行していった。
 コミュニティ・ユニオン全国交流集会の出発は、当時のナショナルセンター総評が開催していた「地域労働運動を強める全国集会」が1988年の奈良集会で最後になったことから、全国でユニオン運動を担っている活動家が独自で集まろうと話し合ったことからだ。
 1989年に青森県弘前市で初の全国交流集会が開かれ、1990年の大分集会でコミュニティ・ユニオン全国ネットワークが正式に発足、今日まで全国のユニオン運動の交流の場として全国集会が毎年開催されてきた。ユニオン運動は誰かからの指示で動くのではなく、自分たちの頭で考えながら運動を進めているので、全国交流集会は他の労働組合のものとは違う特徴がある。年齢層が比較的に若く、女性の参加者が多いことや外国人労働者の参加もある。
 さて、今年の集会は、受け入れ責任組合の連合福岡ユニオンが準備を重ね、成功に導いてくれた。とくに懇親会では、福岡出身の川上音二郎に因んだオッペケペー節での世相批判は絶品だった。さらに炭坑節で盛り上げるなど、現地色を最大限に引き出し参加者に温かい感動を与えてくれた。
 来年は30回大会であり、東北から始まった全国交流集会の節目の大会をぜひ東北で、という希望もあり、岩手県盛岡市での開催となった。
 そしていよいよ2019年は兵庫での開催が決まった。兵庫開催は1996年の第8回集会まで遡る。阪神大震災後の労働・雇用ホットラインを全国ネットの支援で行い、全国の仲間と一緒に取り組んだこともあり、神戸の「しあわせの村」での開催となった。大広間での雑魚寝で、貧しい食事しか用意できなかったが、キャンプファイヤーを囲んだ歌あり、踊りありの集会で思い出深い。
 兵庫開催に向けてまもなく準備会も発足する。全国集会の取り組みを通して兵庫県下のユニオンネットワークを強めること。兵庫らしい集会の成功に向けてみなさんにご協力をお願いします。
小西純一郎(武庫川ユニオン書記長)
「わたしは、ダニエル・ブレイク」を観て
 映画「わたしは、ダニエル・ブレイク」を観た。昨年、カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールを受賞し話題になった、イギリスの社会派監督ケン・ローチの作品だ。
 感動でもハッピーエンドでもない、何かの示唆があるわけでもない。けれど、普段ぼーっと現実に生きているよりも、リアルな現実に直面させられた。あなたは目の前の現実をどう見るか、その現実をどう生きたいか、と考えさせられる作品だった。
 あらすじはこうだ。イギリス・ニューカッスルで大工として働く59歳のダニエル・ブレイクは、仕事中に心臓発作を起こし医者から仕事を止められる。国の雇用支援手当を受けようとするが、審査の結果は「就労可能」で、保険が受けられない。代わりに求職者手当を受けるため職業安定所を訪れるが、働けないのにアリバイのために求職活動をさせられ、実際に活動しても活動した証拠がないと言われる。周囲の支えで再び手当の申請をするが、申請はオンラインのみと言われ、ダニエルは悪戦苦闘する。
 そんな中、シングルマザーのケイティと2人の子どもの家族を助けたことから、交流が生まれる。貧しいなかでも、お互い助け合い、絆を深めていくが……。
ダニエルもケイティも本当に困っているのに、福祉制度の申請主義や役所の官僚的で非情な対応のために、得られるはずの支援が得られず、不条理な現実が次第に彼らを追いつめていく。
 自分も仕事を探してハローワークに行った時に、混雑のためなかなか窓口にたどり着けず、履歴書講座で1日、面接の受け方講座で1日、求人をオンラインで探しては窓口であっさりと選別されて1日を費やすようなことを繰り返して、いつになったら仕事に辿り着けるのかと社会から見放されたような気持ちになった経験とダブり、胸が痛くなった。
 この映画は他人事ではない。見終わった後、イギリスと同じように、格差・貧困・分断の進んだ社会、政権の方針が同じである日本のことを重ね合わさずにはいられない。
 でも、この映画の中では希望を感じる場面がある。職業安定所で唯一ダニエルを助けようとした女性職員がいたこと、ダニエルが我慢の限界を超え、職業安定所の壁に落書きして抗議したとき、道行く人々が賛同の声援と拍手を送ったところだ。ギリギリの、人としての尊厳を奪うものに対する怒りの声、仲間のために上げる声に私は勇気づけられた。映画の結末は、ここでは書けないけど、1人でも多くの人に見て欲しい。私たち自身の尊厳を守るために。
 私は思わずこのDVDを買いました。学習会などで一緒に見ませんか?
(岡崎彩子・37歳)