「新社会兵庫」 10月11日号
 PKO派遣の自衛隊が南スーダンで駆けつけ警護と称する武力行使に入る危険が迫っている、と駅頭で宣伝活動を行った。もちろん武力行使は憲法違反であり、戦死者が出る恐れもある▼みんなで草取りしとんのに、俺はせんでいいんか、と言いよる御仁がいた。PKOの武力行使が草むしり?そんな「説得」で世論づくりが進められているのか。この御仁、PKOの武力行使に参加しなかったら、ならカネを出せとまた言われるやないか、これだけ借金だらけの日本はどうするんや、とも言っていた▼カネを出せないから自衛隊を、というなら正真正銘の傭兵じゃないか。地球儀を俯瞰という首相の下では、自衛隊を出すほどカネも出すという論理になるのは明らかだ▼草むしり、と言っても他家の庭だということを忘れてはならない。国連決議による「正義」という旗印があっても、鉄砲を持ってドカドカと行くのがいいかどうか。大量破壊兵器もなかったのに、イラクを滅茶苦茶にした例もあるじゃないか▼いまの御時世、自衛隊はいやいや行くのではない。自衛隊は胸を張って武力行使ができる既成事実をつくりたくて、稲田将軍の下、進軍を開始しようと勇み立っている。草むしりという地雷をしかけに。
解雇撤回闘争に勝利して職場復帰
 姫路市のゴミ収集業者である(株)金田組に対する解雇撤回闘争について、今年2月の神戸地裁姫路支部での勝利判決に続き、7月29日に出された大阪高裁判決においても勝利を勝ち取り、会社側に上告を断念させて8月17日、姫路ユニオン組合員Aさんは原職復帰を果たした。
 争議の原因となった事件は、2年前の7月、ゴミ収集作業員であるBさんは会社から、「作業中に足でゴミを蹴った」行為が商店街の防犯カメラに映っており、商店街から苦情を受けたことが会社に対する信用を著しく毀損したという理由で懲戒解雇に相当するところだが、自主退職扱いにする、と言い渡されたことだった。
 また、同じ日に一緒に作業をしていたAさんも両手にゴミ袋を持っている状態で空のダンボール箱を足で蹴ってゴミ収集車まで運んだことについて会社から咎められ、Bさんと同じく自主退職を迫られた。
 2人はこの処分に納得できず、労働基準監督署や弁護士に相談する過程でユニオンの存在を知り、姫路ユニオンに加入し、会社と団体交渉を重ねたが、会社の態度が変わらなかったため、その年の10月31日、提訴に踏み切った。
 姫路ユニオンは原告2人と共に、地域での街頭宣伝行動をはじめ、「戦争法」や原発再稼働に反対する各種集会、他の地域ユニオンの定期大会、あるいは他労組が取り組む争議支援行動などに参加して裁判闘争への支援を訴えてきた。
 しかし、Bさんは、高裁判決の直前に家庭の事情により和解に応じることになったため、勝利判決はAさんに対してのみ出された。Aさんは会社からの和解の申し出に対して「お金が欲しくて裁判をしているのではない」とあくまでも闘い続ける決意を変えなかった。
 現在、Aさんは「2年間のブランクはきついですわ」と言いながら元の職場で元気に働いている。
 この紙面をお借りして、これまでこの闘争に物心両面にわたってご支援をいただいた全国の仲間の皆様にお礼を申し上げます。
森山容光(姫路ユニオン委員長)
山間の町、私のお気に入り
 山間の町で暮らす楽しみは日々違う顔を見せてくれる自然との遭遇である。夜明け、光が山にさえぎられたり、隙間を縫うようにさしてきたり、太陽の動きとともに空や山の色が刻々と変わっていくのを見ていると飽きることがない。
 この大自然の下で様々な動物や植物が自然の摂理のままに生きている。自分自身も自然界の一粒だと思うと、様々な思いや悩みがないわけではないが心が晴れ晴れと澄んでいくのを感じる。
 私の一番のお気に入りは田んぼと稲作である。啓蟄を過ぎる頃、トラクターで耕された田の上をトビがピーヒョロピーヒョロと鳴きながら旋回している。目当ては寝ぼけ眼の蛙やミミズ。田植えが近くなると集落総出で大河から水を引く水路の清掃がある。上の田から下の田へ水が入ると蛙の大合唱が始まる。植えられた苗はいかにもか弱そうにみえるが、ひと月もしないうちにたくましい株に成長する。田の水に人も家も山もいろんな物が逆さに映るのもこの時期だ。田の水はどうして抜けてしまわないのか不思議だ。
 梅雨が終わり、蒸し暑い日が続くころ、稲の出穂が始まる。白い花の行列がなんとも可憐だ。8月も半ばを過ぎると出そろった穂の上をトンボが飛び交い始める。実りを迎えた田は本当に美しい。雀が実った稲に群がっているのも、農家さんには悪いが微笑ましく見える。烏は残念ながら自分の体が重いので立っている稲の穂は食べられず、苅田に落ちている穂を食べるしかないのも面白い。
 と、まあ自分の見える範囲だけでも、稲作と田んぼが日本の自然の営みの中心にあり、先人たちが作り上げてきた文化であることがわかる。
 しかしながら稲作と放棄田の問題は深刻だ。わが家にも少ないながら田があり、父が耕作できなくなってからは大型機械が入れる広い田は地域の人に耕作してもらい、狭い田は母が草をはびこらせないためだけに草を抜いては耕し手入れをしてきた。その母も高齢で限界が近づいてきている。さて、狭い田をどうするか。稲を植えるのが一番とは思うが、夫67歳、全く経験がない。減反で2年に1度の耕作のために田植え機やコンバインなど道具をそろえるのかと考えると踏み出せない。これはわが家だけの問題ではない。7軒の集落のうち自力で耕作しているのは2軒だけになった。畦で区切られた四角い田んぼが、境目もわからなくなるほど草が茂っている様は何とも痛ましく無残だ。年の順に母が死に 夫が死んだら、私が用水路の土砂を上げたり草を刈ったりできるだろうか。とてもできそうにない。
(R・F)