「新社会兵庫」 9月13日号
 参院選前は控えていた、戦争法(安保法制)で拡大した自衛隊の新任務のための訓練が9月から始まった。新任務にはPKO派遣における「駆け付け警護」と「宿営地の共同防衛」も含まれる▼だが、PKO派遣先である南スーダンはいまや紛れもない「武力紛争状態」であり、本来なら派遣している自衛隊は撤退させねばならない状況だ。だが、安倍政権は撤退どころか、11月以降には新たに陸自第11次隊を派遣する方針を変えようとしない。第11次隊にこれらの新任務が付与されるのは必至だ。もし不測の事態が起これば、武器使用が行われ、自衛隊が人を殺し、殺される事態が十分に起こりうる▼こうした状況を想定してか、政府は自衛官が死亡した際に支給される弔慰金の最高額を6千万円から9千万円に引き上げる方向で検討に入ったことが伝えられている▼「国民の一人ひとりが、自分の国は自分で守る。そして自分の国を守るためには、血を流す覚悟をしなければならないのです」「靖国神社というのは不戦の誓いをするところではなくて、『祖国に何かあれば後に続きます』と誓うところでないといけないんです」―こんな言葉を発してきたウルトラ右翼の人物が現防衛大臣である。背筋が寒くなる。
奨学金返済で若者の人生を、
「経済的徴兵制」で命を奪うな
■「兵庫・奨学金の会」が設立3周年
 「奨学金問題と学費を考える兵庫の会」(略称「兵庫・奨学金の会」)は9月25日、私学会館で設立3周年のつどいと総会を開催する。
 会の主な活動は、奨学金返済困難者の電話相談と出前講座である。この3年間で相談件数は100件近くになっている。近畿圏だけではなく、沖縄や九州の方からも電話がある。相談者に対しては丁寧な対応をしている。必要な時は事務局の弁護士や司法書士が対応しているが、日本学生支援機構とのやりとりはかなりの時間と労力を要する。この問題は仕組みが複雑で、相談者だけで解決することはかなり難しい。相談件数が多い中、対応者を増やしていくことが運動として必要だ。
 出前講座は「知識は力」ということから、高校や大学に出向いて実施している。最近は、大学からの要請が増えているが、残念ながら予約奨学生をいっぱい抱えている高校からはなかなか要請がない。会としては、借りる前にしっかりとした知識を持つことで、少しでも奨学金被害者を減らしたいのだが。
 この3年で各地域での会の設立の成果もあって、マスコミがずい分奨学金問題を取り上げるようになってきた。一般の方々の認識も少しずつ広がってきている。しかし、奨学生や返済者の生活実態は依然として大変厳しい。今の奨学金が教育ローン、借金だと認識していても、借りざるを得ないからである。
 現状の認識は、自民党を含む各政党にも広がり、参院選では各党が公約に「給付制度の導入」を挙げた。しかし参院選後、具体的な動きはまだない。会としては、今後この給付制度を国に実現化させるための取り組みが大きな課題であり、急務だ。
■つどいの基調講演は「経済的徴兵制」
 基調講演は、布施祐仁(ふせゆうじん)氏(ジャーナリスト、集英社新書『経済的徴兵制』の著者)による「経済的徴兵制」。
 基調講演のテーマを「経済的徴兵制」にした理由は、戦争法である安保法制が成立したことにより、ブラック企業化している自衛隊に若者や奨学生や返済者が経済的理由(貧困)から吸収されていくことに危機感を持っているからである。
 私の退職前の最後の教え子が家庭の経済的事情から、安保法制が成立する2年前に自衛隊に入隊している。高卒では正規の就職口はなかなかない。1年間アルバイトした結果だった。とても心が痛み、心配だ。
■「貧困大国アメリカ」と同じ道
 アメリカは、1973年に徴兵制を廃止ししてから、「経済的徴兵制」を進めている。そのことに拍車を掛けたのが9・11同時多発テロ以降だ。入隊条件に大学費用(国防省が奨学金を肩代わり)や医療保険に加えて、2002年にブッシュ政権は「市民権の取得」と入隊を引き換えにする移民法を成立させた。2007年には更に移民法を改正し、ビザを持っていない不法移民にもチャンスを与えた。その結果、毎年約8000人が市民権と引き換えに入隊している。イラク戦争開始の2003年に米軍がリクルートした新兵の数は21万2000人。そのうち3分の1は、高校を卒業したばかりの若者たちだ。貧困層にとっては兵士以外の選択を奪われた「経済的徴兵制」なのである。イラク戦争では多くの若い兵士が命を失ったが、そのことは今も続いている。
 安倍政権は、若者の貧困・格差の問題を解決しようとせず、ますます拡大させている。そんな安倍政権に「アメリカと同じ道」を歩ませない。将来のある多くの若い人達に憲法25条・26条で保障されている基本的人権、教育の機会均等が保障されていないことは、絶対に許されるものではない。
■2016年度の「防衛費」が5兆円越え
 米軍再編経費を含めた日本の軍事費は4年連続で増加し、ついに5兆円を突破した。
 「アベさま、オスプレイ1機100億円超、4機447億円で。14〜18年度17機約3600億円で爆買契約。ステルスF35A戦闘機6機1084億円。イージス艦1隻1675億円。全てお買い上げー!」
 一方、支援機構の16年度予算奨学生(貸与)は131万8000人、1兆908億円。アベさんがほんのちょっとガマンして、人殺し戦闘機を買うのを止めれば、17年から実施すると言っている給付型はすぐに実施できる。税金を教育に使えば、若者も希望が持てる。
■9・25「兵庫・奨学金の会」つどいへ
 最後に講師の布施祐仁氏の言葉を少し紹介したい。
 「経済的徴兵制の何が問題か。答えははっきりしている。……富める者たちの利益のために行われる海外での戦争で、貧しき者たちの命が『消費』される。……使い捨てにされてよい人間など、この世界に存在しない。……安保法制は成立したが、まだ、政府を『引き戻す』ことは可能だ。私たちには、それを実現するチャンスもパワーもあると確信している。」―綿密な取材を元に力強い言葉を発する布施祐仁氏の講演をぜひ聴いてください。
新原三恵子(兵庫・奨学金の会)
権田工業分会がストライキ
 8月11日、うだるような暑さの中、株式会社権田工業(神戸市須磨区)で権田工業分会がストライキを決行した。ワーカーズでは9年ぶりのストだった。
 権田工業分会は結成して1年になる。労働条件の不利益変更の撤回を求めて交渉を重ねたが、会社の態度は変わらず、今年に入ってからは分会委員長への嫌がらせが続いた。分会の団結は少しずつ崩れ、6月には分会委員長が「退職したい」と報告に来た。彼がいなくなれば、分会は消滅する。引きとめようにも材料がなく、「これまでか」と思ったこともあった。ただ、これまでの努力をムダにしたくないと考え、「退職するのなら最後に闘ってみないか」と分会委員長に話をし、退職まで3ヵ月の猶予をもらった。
 それからは不当労働行為の救済申立、未払い賃金の裁判を弁護士にも依頼し、現場闘争は「36協定の合意拒否」と決めた。当時、社員数は18人。組合員数は13人で過半数だった。団結が崩れかけている分会で、脱退者が出ることは予想されたが、「最低でも組合員は過半数の10人」を合言葉にできる限り組合員と話をした。分会委員長には頻繁な連絡を要請した。
 これまでの同分会の分会会議は、誰も話さず、意見を言わない、通夜のような会議だった。ところが、少人数での話し合いを繰り返し、現場で組合員同士が励まし合った結果、ストライキ突入の10日前の分会の雰囲気は、笑い声が響く明るい会議になっていた。
 会社からの脱退工作も厳しく、7月末には2人しかユニオンに残らないのではないかと思われたが、今も10人が残っている。そして、よく話をするようになり、8月20日に行った分会会議は3時間半の長い会議になった。誰も終わろうとせず、途中で帰ろうとしなかった。
 ストライキは、地域の仲間の支援も大きく、会社から一定の回答を引き出すことができた。ユニオン、分会にとって、「労働者の力で労働条件は変えられる」ことを実感できたことが大きかった。分会の「闘う」気持ちに揺るぎはない。分会委員長は、「生活は厳しいが、この闘いを最後までやってみたい」と言い、働き続ける選択をした。組合員の中には退職を考え次の仕事が決まった者もいるが、みんなが退職を思いとどまるよう説得している。
 「労働組合に加入しても、労働者にはなれない」と言われたことがあったが、こうした闘いの積み重ねが「労働者」になることにつながっていることを実感している。
 私もこの分会と共に闘い抜きたいと心から思っている。そして、彼らたちの成長と共に、ユニオンも成長していきたい。
木村文貴子(神戸ワーカーズユニオン書記長)
沖縄・高江の闘い
 8月6日、Xデーの高江現地集会に参加して以来、沖縄・高江のニュースをウェブサイトやSNSでチェックするのが日課になった。機動隊○○○人が出動、資材を積んだトラック○○○台がゲートを入った、○○○人の市民が抵抗しトラックの侵入を遅らせた、負傷者が出た、拘束された等々……。大事に至らないか、私は毎日ハラハラして見ている。
 住民の願いはただ自然の中で普通に暮らしたいだけだ。地区の総意は2度もヘリパッド建設反対で表明されている。そんな住民150人ほどの小さな地区に国は全国から機動隊数百人を派遣し、非暴力で抵抗する住民を排除し工事を再開した。政府は「基地縮小のため」というけれど、北部訓練場の一部返還は不要になった部分を返還し、残る部分に新しいヘリパッド、しかも約束違反のオスプレイ用を造らせるだけだ。「普天間の代替」と言いながら辺野古に新基地を建設するのとまったく同じ。ハワイではコウモリの生育や農業に悪影響を与えるのでオスプレイの飛行を取りやめ、米国本土では飛行発着訓練は基地内で完結させるのに、沖縄ではどうだ!やんばるの森の木は切られ、オスプレイは普天間から高江まで民家の上を飛ぶのだ。あまりにも馬鹿にしていないか。日本政府はどちらを向いて政治をしているのか。国民を守らないのか。
 8月6日Xデーは事なきを得て終わった。前日の夕方、畑の中の小さな空き地に全国から支援者、国会議員、地方議員など約1000人が集まり、翌朝も雨の中、500人ほどが集まったからか、機動隊は動かなかった。辺野古でも集まる人の数が少ないときに機動隊が現れ工事車両が入っていった。だから、全国からの応援参加が本当に必要なのだ。高江に一緒に行ったメンバーで、継続的に人を送れるよう基金の立ち上げを話しあっている。たくさんの人に高江の現状を知ってもらいたい(多くの人が「高江」を知らない)。現地に行ってもらいたい。本土でできる支援を考えたい。
 「沖縄ではいつも座り込みで闘い、勝ち取ってきた」「諦めなければ負けない」と沖縄の人は言われる。先の戦争では「捨て石」とされ、4人に1人が亡くなるという厳しい経験をさせられ、戦後は押し付けられた基地による被害を受け続けている。そんな沖縄の人たちのこの闘いを見過ごしては、私たちは過ちを繰り返すことになる。
 今、憲法を駆使し、最前線で闘っているのが沖縄・高江・辺野古の人たちで、これは私たちの護憲の闘いだ。
(H・K)