「新社会兵庫」 8月30日号
 暑さが続いているが、やっぱり自然界はよくできている。街中でもトンボが飛び始めた。シャーシャーとやかましいクマゼミの席巻も終わり、いつの間にかツクツクボウシの鳴き声がしている。あと少しの我慢▼1月の新春講演会から始まった新社会党兵庫県本部結党20周年記念イベントも締めくくりに近づいている。ご案内がもうお手元に届いているかと思うが、10月1日、露の新治さんをお招きしての「お笑い人権高座と落語の会」がそれである▼今、チケットの販売、当日配布プログラムへの広告掲載をお願いして担当チームが動いている。その活動を通して兵庫県本部が歩んだ20年の様々な場面が浮かんでくる。労働者のたたかい、差別へのたたかい、震災弱者が負ってきた苦しみをはねかえすたたかい、医療・福祉などの現場で活動を展開する地域の人、自治体議員として、自治体の長として活動する人、企業の立場からも諸活動を支える取り組みも▼広告のお願いをしながら、この多くの人のつながりが力だったと実感する。国政では悔しい節目の年だったが、なおさら平和に幸せに生きる社会を目指して前進するしかない。人の輪を広げながら笑って元気を出して新たな歴史を歩もう。
衆院選へ戦闘態勢の修復を
共闘態勢支える主体の強化を
夕日を呼び戻す?
 別府を発し、由布院、九重や阿蘇の高原を貫き、熊本、雲仙に至るやまなみハイウェイと呼ばれる高速道がある。走程のいたるところで西部劇のシーンを思わせる爽快な景観を味うことができるが、このたびの地震では影響が著しかったと聞く。
 大分県から熊本県に入るには、まだかなりの距離があるというあたりに長者原(ちょうじゃばる)と呼ばれている地域がある。近くには九州大学の地熱発電の研究施設もある。
 地名の由来は、民話に残されている、かつてこの地を支配していた驕慢な長者によるといわれている。広大な占有田の田植えを1日で終わらせようと望んだ長者は、沈もうとする夕日を扇をかざして呼び戻そうとした。陽は再び昇り、田植えは完了したものの、やがて美田は荒野になったという。清盛にまつわるものをはじめ、類似の話は全国各地にある。  安倍総理は参院選前後に「アベノミクスをふかす」と盛んに口走ったが、これを耳にすると私は夕日を戻そうと扇を振る長者の話を思い出す。アベノミクスが西へ沈みゆくさまは、今では多くの人が認めるところである。
はかりの針はどう揺れているか
 先頃の参院選についてマスコミは「改憲勢力、3分の2超」と報じ、安倍政権の勝利という印象をつくり出した。参院選では誰もが、安倍政権の改憲推進劇が演じられるものと予想した。覆面脚本家の日本会議の臭気は漂ったものの、ライトのあたる舞台では安倍の改憲の台詞も、大衆に対する呼びかけも、結集のアピールもなかった。
 マスコミが安倍改憲の大きな前進を報じようとも、実際には大衆の歓呼も、渦巻くような結集も見られなかったのである。逆に大衆の、僅かというべきかも知れないが、新しい動きは11選挙区における野党協同の勝利であった。
 安倍政権の支持率が世論調査で下落しないのは何故かという質問がある。アベノミクス(という景気・経済・生活問題)で、大衆を幻惑しておけば支持率は維持されるとする政権のテクニックも作用したであろう。しかし、今日の調査の危うさは「他に支持する勢力がない」「政権が代わる見通しがない」「政権を変えようという積極性を持てない」等々の気持ちが「安倍政権支持」という項目に代置されて現れるところにある。安倍政権がすすめる政策とは真逆の「原発再稼働反対」や「憲法を変える必要はない」等の項目は長期にわたって過半数を占めている。「安倍政権支持」の数は、空洞のように個々の政策に明確に反対している数によって満たされているのである。参院選の結果、国民の支持が潮のように安倍政権に向かっていると判断する材料はない。加えてアベノミクスの化けの皮は剥がれかけている。それも大衆的なレベルで。
柔軟で深い、真の党派性こそが共闘の鍵
 もちろん、安倍がこの間に手にした改憲のための彼らの前進基地には厳しい眼を注いでいかなければならないが、たたかいは次の衆院選に向けた延長戦的な状態に入っている。急いで戦闘態勢(とくに協同闘争態勢)を修復・前進させなければならない。 
 選挙における協同闘争は、日常的な大衆闘争に支えられていたか。そこが弱かったとすれば、それを手入れする努力をしなければならない。 
 つづいて考えなければならないことは、各選挙区ごとの共闘態勢を支えるわれわれの主体的な態勢づくりである。誠実に共闘を貫くためには、そのなかでわれわれの次のたたかいの成果を獲得しうる党派性が必要である。2019年の地方選への構えである。それは次の参院選につながるたたかいである。  
今村 稔(熟年者ユニオン会長)
ユニオン運動と社会運動の結びつき
 一昨年は幼稚園職場のパワハラ問題、昨年はクリニック職場の残業代未払い問題、そして今年は図書館職場の労働条件全般問題と、労働相談を通じてのユニオン活動に切れ目がない中、大阪で今春開催された「未来を切り開く連帯」集会に仲間と共に参加した。
 ブラック企業の問題を提起してきた「POSSE」、立憲主義や個人の尊厳を訴えてきた「SEALDs KANSAI」、ブラックバイトや奨学金制度について相談に乗る「関西学生アルバイトユニオン」などの若者の団体のつどいだ。「大切なものが壊されようとしている。活動や世代が異なる人たちとのつながりを大事にしたい」という趣旨の提起が新鮮で印象的だった。
 私は「憲法を生かす阪神連絡会」の活動にも関わっているが、護憲の活動とユニオンの活動、そしてその他の社会運動とを有機的に結びつけていく運動が今本当に求められていると、最近つくづく感じている。
 5月に西宮で憲法講演会が開催されたが、終了後の懇親会には、関西学生アルバイトユニオンの学生、「安保関連法に反対するママと家族と有志の会」の若きママ、部落解放同盟の老闘士、JP、NTT、JRの「古参」労働者、弁護士、市議、在日の仲間など、実に多彩な顔ぶれが一堂につどい、交流を深めた。世代の差を感じたのは、自己紹介の際、19歳の学生が「国労って何ですか?」と尋ねたときだ。
 地域からユニオン運動、護憲運動、反貧困・反差別などの社会運動を有機的につなぎ、共に闘っていく、いわば統一戦線の「萌芽」のようなものをその懇親会の場で感じた。
 団塊世代がリタイアして労働運動が急速に後退する中、若者が労働運動に参加することなしに労働運動に未来はない。ユニオンの活動等にどう若き仲間を引き込むのか。そこが勝負どころだといえる。
大野克美(ユニオンあしや執行委員)
みちのく一人旅
 ■はじめに
 2015年夏から始まったI町役場(兵庫県)における被災地・東北派遣に手を挙げる者は誰もいなかった。
「上に上がってきてほしい」―。 総務課の会議室のドアを開けると、総務部長は言った。「宮城県Y町へ行ってくれないか?」「はい。行きます」―。咄嗟の返事の間には、現状から逃げたい思いもあった。
 着任の前日、Y町役場を下見した。驚くことに第1仮庁舎、第2仮庁舎など、現場工事事務所のプレハブ。先制パンチをくらった気分になった。
 その後、役場から3q東の太平洋に向かうと、高さ7・2mの防潮堤が見渡す限り続いている。なんとかそこを駆け上がり、太平洋を見渡すと白波がゴウゴウと音を立て、堤防に迫りくる。津波を連想してしまう。西を見ると津波で流されたと想定できる広大な野原が広がっている。ここで仕事をすることになるという使命感から鳥肌が立った。
■初登庁を経て
「ある程度復興しているのでは?」という予想とは反し、復興にはほど遠い状態。
 僕は何ができるのだろう……。産業振興課副参事というたいそうな名刺が用意され、机に座るやいなや実績報告、補助申請の督促メールをさばかなければならなかった。
 働き方はI町役場よりかなりきつい。そうこうしているうちに課員とも仲良くなった。異常な状態に「労働組合を作らないとこの役場はよくならない」と言った。歓送迎会では元人事担当の女性に、この組織の異常に気付かなければならないと伝えると、「震災前までは互助組織はあったのですが、今は機能していません」とのこと。
 田中君(28歳)はサービス残業をよくしている。「君は年収を100万円損しているよ」と、電卓で2千円×40時間×12ケ月とたたいてあげ、「一緒に超勤出そうよ!」と誘い、「本当にそうですね」と言って出すようになった。ここには組織化の芽がある。田中君の年代は同期が12人おり、みなよく働いている。しかもタダで。
■被災地のいま
 Y町では国道6号線より太平洋側が津波で流された。わがI町の大部分が水没し、そのガレキをのけ、圃場整備、区画整理、まちづくりをしていく作業を、数年で、しかも広範囲を同時進行でやっていくというイメージだ。あと何年かかるのだろう。シムシティを現実にやっていく感じである。ゲームと違うのは常に権利等の利害関係が発生し、人間関係があること。窓口では「聞いてないべ」「約束がちがうべ」「前任者と言っていることが違うべ」などなど常にトラブルだらけ。役場内でも課を越えた連携がうまく行っておらず、常に喧嘩が絶えない。まさに戦場だ。
 政府・マスコミは復興が一段落している感を全国に発信しているが、国道を走る10tダンプの異常な数とそれにより傷んだ道、全国からかき集められた男衆が食うために立地するコンビニの数、あふれるゴミを見れば常識が覆される。
 フクシマの問題もオキナワの問題も同じだと思う。本当に現地に行き、自分の目で見ないと真実がわからない。読者のみなさんも様々な機会を利用して東北、特に太平洋側まで足を運んで欲しいと切に願う。
(T・K)