「新社会兵庫」 7月26日号
- 参院選結果から考える
- 参院選は、事前からの報道のように改憲派が参院でも改憲発議を可能にする3分の2議席を超えた。ガックリくる結果には違いないが、ただ落ち込むだけではいけない▼前回たった2つしか取れなかった1人区では統一候補が11選挙区で勝利した。安倍たちが口を極めて非難した「野合(野党合同と読もう)」の勝利だ。その背景にあった、今までになかったような人たちの選挙への参加は率直に評価してもいいのではないか▼ところで、その結果報道の紙面を見ながら気づいた。共産1億9200万、お維新・怒り6000万、改革5400万、社民・こころ3000万、公明・生活3800万、幸福・支持なし1200万、自民・民進はなし。これ、何の数字、金額だろうか▼実は、今回の選挙で比例代表選挙に候補者を立てた政党等が没収の憂き目にあった供託金の額である。選挙区選挙は別であるから、さらにこの上にかなりの没収金が積み上がることになる党もある。政党要件のない弱小グループは参院選では候補者を最低10人を立てなければ選挙に参加することすらできないのだから、没収覚悟の供託金を用意するのもたいへんなことだ。「ベからず」選挙法とあわせて日本の選挙は民主主義から遠い。
- 参院選結果から考える
問われる私たちの対抗戦略 社会的労働運動の実践から
- 第24回参議院選挙結果は、与党、自民・公明の改選議席過半数を超える「大勝」となった。しかも、おおさか維新の会などを加え、衆院に続き、改憲勢力に参院の3分の2の議席獲得を許し、いつでも改憲の発議ができる状況となった。「安倍1強」の中で、南シナ海などアジア情勢の推移いかんでは「非常事態対応」を盛り込む明文改憲など安倍にフリーハンドを与えたともいえる。すでにマスコミは情勢を先取りし、「論憲・討憲」一色である。戦後70年を超えて、戦後憲法体制が大きな岐路を迎えている。わが党も含め、左派・護憲陣営は厳しく現状を見つめなおし、“一からやり直す”構えが問われていると思う。
なぜこんな状況が生まれたのか。私たちに「憲法を暮らしに生かす力」がないのである。今回の選挙でいえば、自公に対抗する野党共闘は、「憲法」を最大の争点に挑んだ。しかし、安倍の逃げもあって憲法は争点にならず、逆に安倍の仕組んだ「経済第一」(アベノミクス)キャンペーンに「大敗」したのである。誤解を恐れずに言えば、私たち左派・護憲派の危機意識をよそに、一般の勤労国民の関心は、“憲法どころではない”“景気・雇用はどうなるのか”にあったのだ。当然のことだ。
多国籍資本という巨大な資本が生き残りをかけたグローバル競争は、各国の国民経済、地域経済をつぶしている。貧困と格差も深刻化し、日本だけでなく世界の政治・経済が揺れ動いている。典型なのが、移民・難民問題に端を発した英国のEU離脱である。「一つのヨーロッパ」を目指す欧州統合の流れに逆行し、「我が国の経済・雇用」を優先し、「国境(国民国家)」が再浮上してきた。米大統領選におけるトランプ現象もその一つだろう。多国籍資本に振り回され、資本主義の未来が揺れ動き、世界が分裂の傾向を強めている。保守化・右傾化の背景である。
◇ 2012年暮れから始まる安倍政権は、「強い国家」「強い経済」を目指し、一方で日米軍事同盟の強化、安全保障法の整備、一方でアベノミクス(金融緩和、財政支援、成長戦略)で円安・株高を作り出し、輸出産業・資産家優先の経済政策を展開してきた。当初は大企業労働者を軸におこぼれに与ったが、グローバル経済は「日本だけ(円安)」を許さず、円高は外需依存の日本経済を襲っている。また非正規労働者の増大など貧困と格差の拡大で日本社会も分裂の傾向を強めている。
なぜこのような安倍政権に「大勝」を許すのか。闘い、運動がないわけではない。それらの運動・闘いをアベノミクスに対抗する共同闘争に押し上げる、左派・護憲派陣営、とりわけ労働者運動を軸にした闘い・運動がつぶされているのである。今回の参院選でも、学生のシールズ、あるいは高校生、そしてママさんたちや学者・文化人の力で、1人区で共同候補ができた。それは過小評価されてはならない。しかし、選挙闘争は、政党を超え、運動体が結集し、大衆運動として闘われ、流れが作り出せたのか。これまた左派・護憲派の自己批判が求められていると思う。
◇ さて、今後である。
飛躍するようだが、私は、日本だけでなく世界中で「資本主義そのもの」が断末魔の危機ではないのかと考えている。もはや口先でも、労働者をはじめ勤労大衆に未来を約束できない「落日」の資本主義である。だから日本だけが経済成長するなんぞあり得ない。
安倍政権は、参院選で国民の信任を得たと有頂天である。改憲に前のめりであり、アベノミクスを加速させるという。その経済政策は労働・雇用の規制緩和という労働者攻撃であり、税と社会保障の一体改革という社会保障切り捨てと個人責任・自己負担の押し付けである。社会の土台が崩れ、この上に改憲があるのである。
要するに安倍政権はすぐにボロを出すであろうし、勤労国民の不安と反発も高まる。ピンチはチャンスである。私たちは準備しなければならない。そして長期政権を目論む安倍政権に対抗戦略を打ち出す必要がある。
私は、「資本主義に未来はない」中で、勤労国民が安心して暮らせる「もう一つの世界」は可能か、そのような「発想の転換」の時と考えている。
グローバル競争の中で、「国民経済」「地域経済」の空洞化が進んでいる。それに対抗する「もう一つの社会」を考えるのである。まず大胆な発想といえば、労働時間がある。安倍は労働基準法を改正し「残業代ゼロ」を狙っている。反発が広がるだろう。だが、1日8時間、週40時間そのものが見直されていいのではないか。なぜ6時間、30時間ではだめなのか。失業、非正規を迎えるワークシェアリングがなぜ課題・要求にならないのか。そんなことを考える。2つ目は、医療、福祉、介護、子育て、教育……(農業支援、環境)……いわゆる公共的なサービスを、公務員・民間、正規・非正規、老若男女の枠を超え、交流し、連帯し、育て、拡大するのである。安倍政権も「同一労働同一賃金」「(職種別・地域別)最低賃金」、そして介護士や保育士の待遇改善に言及している。口先だけでなく実現を迫ろうではないか。私はこの考えを社会的労働運動と呼んできた。
安倍、すなわち権力に期待するのではなく、私たちが政府、自治体に要求し、闘い、勝ち取るのである。それが憲法闘争の土台でもある。地区労、ユニオン、そして市民・住民運動、闘いは無数にある。手をつなぐのである。課題は山積している。しかも容易ではない情勢である。だが安倍政権は、急速に反撃の条件を作ってくれると確信する。
松枝佳宏(新社会党委員長)
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- 機関紙が200号に
- あかし地域ユニオンの機関紙が、2016年7月発行分で200号の節目を迎えた。1999年2月のユニオン結成から毎月発行を続け、号数を積み上げてきた。
第1号の表紙タイトルは「あかし地域ユニオンができました」で、結成大会の様子を紹介し、ユニオン結成への一人一人の組合員の熱い思いが掲載されている。そして、「私たちの存在を早くみんなに知ってもらい、たくさんの人と手を結びあい、明石を駆け回りましょう!」と結ばれている。
第50号の節目は2004年の1月号で、第100号は08年3月号。第10回定期大会の報告を特集している。その表紙のタイトルは「闘う駆け込み寺への飛躍を」だ。「設立10年を迎え、改めて初心に戻り、学習活動を強め、権利意識の向上やユニオンの闘争力を強め、すべての活動を組織の拡大と強化につなげる取り組みを進める必要がある」と呼びかけている。次の節目の第150号は12年5月号で、4月末に開かれた明石地区メーデーを紹介している。
これまでの各号を振り返ると、毎月発行できたのはひと月ひと月の様々な取り組みが有り、精一杯の闘いが有ったからであろうと思う。諦めきれない思いがユニオンとつながり、その思いを労働組合が受け止め、寄り添い、解決に向け起こしてきた行動の数々が紙面を埋め尽くしてきた。
そして何より編集委員のメンバーの奮闘があっての200号である。05年頃からユニオン内で任務の分担化を進め、機関紙の発行を編集委員会が行うようになった。当初は夕方の時間帯に発行作業を行っていたが、現在は編集委員のメンバー全員が有給休暇を合わせて取得し、平日の15時から印刷・発送作業を行い、その後に次号の編集会議を行っている。さらにその後に場所を変えての反省会が続く。この作業を何年も繰り返しているのである。ただただ頭が下がる思いである。
働く人たちからの共感を得られる運動を展開し続ける限り、ユニオンへの相談は止むことはないだろう。諦めきれない思いが生み出される限り、機関紙は更に号数を刻む。
西山和宏(あかし地域ユニオン委員長)
- 地域と関わりながら
- この4月から週1日だけだが、地域コミュニティの活性化を目指して12年前にスタートした配食サービスと食事処の活動に参加することになった。開発から半世紀の大規模な団地内にその拠点があり、高齢化社会を先取りしたような地域だ。「食」を通した福祉コミュニティづくりを考え、旬の食材を使い生産者とつながり、それを調理して提供する人、その食堂を利用する人が出会える場として週4日の開業をしている。1日に約60人が食事に来られ、個別配食で約60件のお弁当を届けている。この活動を支えるスタッフも高齢化が避けられない。70代、80代の方が朝からテキパキと食事の準備に取りかかり、配食で車を出して運転される70代の男性ボランティアの方も地域の住民として協力している。
私はもうすぐ60歳になるにもかかわらず、猫の手よりはましかもしれないということで参加したところ、平均年齢が下がったと喜んでもらいつつ戸惑いながらの3カ月が過ぎた。私が配食のお届けで伺うのは一戸建のお宅で一人住まいの利用者さんが多く、足元が不自由であったり、耳が遠く大きな声で訪問を告げてもなかなか気づいてもらえないこともある。それでも毎週お会いするうちに顔なじみとなり、季節のことやら体調についてなど一言二言の雑談をする。外出が少しずつ困難になっておられる方や、自宅での調理ができないなど様々な事情があっても外の社会との関係性を持つことで、利用者さんの自立した暮らしにつながっているのだと感じている。
というのも、私自身の母親がすでに自立した一人暮らしができなくなっている。入所している施設でベッドから車椅子への移動も介助なしにはできなくなり、自分の意思で何かをしたいと伝えることもできないが(言語障害)、介護士や看護士の声かけに笑顔で応えることができる。そして、用意された粥とトロミ食を不自由ながらも左手(利き手の右はマヒ)でスプーンを持ち、こぼしながら口に運べることが自分のできる唯一のことになっている。
「食べることは生きること」と考えると、身体をつくる基本として食事があり、食べられることがいかに大切かと感じている。楽しく食べる、美味しく食べることができる幸せ。しんどい時に無理に食べても喉を通らないこともあるが、本当に自力で食べることができなくなったときに「生きる」こととは何かをもう一度考えるこの頃だ。
(I・T) |