「新社会兵庫」 7月12日号
 マイケル・ムーア監督の新作映画は「世界侵略のススメ」という何とも過激なタイトル。ペンタゴンに呼び出された監督は、1945年以降、『全て の戦争』に勝てない現状を打破するために知恵を出せと迫られ、世界中に派兵している米軍を全て帰還させることを条件に、アメリカには無い世界のジョーシキ を奪うために侵略の旅に出発する▼年間8週間の有給休暇を使い切り、昼休みが2時間有るイタリア。労働時間週36時間、休日に部下に連絡するのは法律違反 のドイツ。小学校の給食はフレンチのフルコース。食を大切にするのは、生きることを大切にする教育というフランス。40年前、全ての女性が一斉に休む日を 敢行し、今では世界の男女平等ランキング1位のアイスランドは、全ての機関の雇用や管理職の配置に片方の性が60%を超えてはならないという法律がある。 スロベニアは大学教育が無料の国▼ブラック企業、非正規雇用4割超、平等ランキング104位、奨学金という名の借金地獄等々、日本にも世界のジョーシキは 通用しないのか▼映画の終盤、ベルリンの壁を壊した男が言う。「問題は複雑だ。しかし方法はシンプルだ。小さなハンマーでたたき壊しただけさ」。お勧めし たい映画だ。
「怒りは限界を超えた」 沖縄の投げかけに応えよう
 6月19日、梅雨明けの沖縄。真夏の陽射しが容赦なく照りつける那覇市の奥武山(おうのやま)公園陸上競技場で「元海兵隊員による残虐な蛮行を糾弾!被害者を追悼し、海兵隊の撤退を求める県民大会」が開催された。
 この県民大会の開催予定が報道されると同時に、那覇空港行きのチケットを予約し、この日会場に集まった6万5千人の“限界を超えた”怒りの中に、私は身を置いた。
 行方不明であった20歳の女性の遺体が発見され、加害者が元海兵隊員の米軍属であるというニュースに触れてから、自責の念に苛まれていた。10年以上も 前から沖縄の基地問題に関心を持ちながら、なぜもっと具体的な行動をしてこなかったのか、なぜもう少しだけでもこの問題に時間を割けなかったのか。自分が 1人でももっと真剣に沖縄と向き合っていれば、彼女の命は奪われなかったかもしれない。たまに沖縄を訪れた時だけ基地を押しつけられている沖縄の苦しみに 共感したふりをし、遠く離れた場所で安穏とした日常を送る。沖縄に米軍基地の負担を押しつけていた本土の人間である私は間接的な加害者だと。
 そして、突然に未来を奪われた被害女性の恐怖や怒りや無念さを思い、同じ世代の娘を持つ父親として、消えることのない悲しみや苦しみ、絶望のなかにいる彼女の親御さんの思いを想像し、身を裂かれるような思いを持ち続けていた。
 この県民大会に参加することで、私は消化しきれずに抱えている思いを整理し、改めて沖縄への向き合い方を考えていこうと思った。
 14時開会の2時間前に会場に到着した私は、炎天下の芝生の上に新聞紙を敷き、開会を待った。開会1時間前を過ぎたころから、会場に流れてくる人の列が途切れず、会場の陸上競技場がどんどん人で埋まっていった。
 オープニングは古謝美佐子さんの「童神(わらびがみ)」であった。三線が趣味の私も、とても好きでよく唄う曲である。神様から授かったわが子を全身全霊 をかけて育てていこうという親心を歌った曲である。被害女性の親御さんの無念さを思い、涙があふれて止まらなかった。周りの多くの人のすすり泣きの声が聞 こえ、堪らなかった。これまで何度も聴き、唄ってきたこの歌をこの場で聴いたことで、この歌が自分の中で特別に大きな意味を持つ歌となった。被害女性の生 まれ育った町の稲嶺名護市長があいさつの中で、この歌の3番の歌詞に出てくる「風かたか」(風除け)を取り上げ、「風かたかになれなかった」と無念さをに じませるスピーチをした。会場に集まった人々がこの「風かたか」になれなかった悔しさを共有した時間であった。
 被害者の父親からのメッセージが読み上げられた。「次の被害者を出さないためにも、全基地撤去、辺野古新基地建設反対、県民が一つになれば可能だと思っている。県民として強く願う」。
 沖縄はこれまで米軍基地がある故の事件・事故に苦しめられ続けてきた。復帰後の44年間に、凶悪事件だけで570件あまりを数える。家族の願いであり、被害者の供養になるであろう「次の被害者を出さない」ために、私にできることを考え続けていきたい。
 主催のオール沖縄会議の共同代表である玉城愛さんによる若い世代からの呼びかけはストレートだった。「安倍晋三さん、日本本土にお住まいのみなさん、今 回の第2の加害者は誰ですか。あなたたちです。しっかり沖縄に向き合っていただけませんか。いつまで沖縄県民はばかにされるのか」。
 間接的な加害者だと自覚している私にとっても、刃を突きつけられるような鋭い言葉であった。基地を押しつけていることに自覚すらしていない圧倒的多数の本土の国民は、この言葉をどのように受け取ったのであろうか。
 これまで数々の県民大会を開催し、選挙でも新基地反対の結果を出すなど、何度も何度も県民の意志を表明してきたにも関わらず、無視され、踏みにじられる 沖縄県民からの「しっかり向き合っていただけませんか」という投げかけに、ちゃんと応えられる社会をつくっていかなければ、沖縄をはじめ、少数者の尊厳は 蔑ろにされたままである。
 「怒りは限界を超えた」のメッセージボードを掲げた6万5千人の参加者(そして参加者に想いを託した会場に来れなかった人々)の叫びは、今も私の中で響き続けている。ここで受け取った沖縄の思いとともに、自分の役割を果たしていこうと思っている。

えびす つよし(沖縄県民大会に参加して)
ますます重要になる高齢者の運動
 熟年者ユニオンは5月27日、関西電力神戸支店と第8回目の面談を行った。この日の面談では情報の公開についても話し合った。関電が国や福井県に提出し ている原発の定期点検などの情報が大阪の「原子力情報センター」(大阪市中之島3丁目2―18 住友中之島ビル2F)に行けば閲覧できることが判明した。 一般の私たちでも行って調べることができ、有料だがコピーもできる。しかし、関電ホームページにはその情報が紹介されておらず、「原子力情報センター」で の情報公開もホームページに掲載するよう要求した。面談の継続も約束しており、今後はより具体的な内容で追及したいと考えている。
 6月14日で138回となったサンドイッチマンデモ。今年加入した新会員も参加し、新たな元気ができた。初めてのサンドイッチマンデモは、2003年 11月7日で、参加者は9名だった。その時のシュプレヒコールは、「年金改悪をやめろ」「私たちの税金を侵略戦争に使うな!年金に使え」「年金基金の無駄 遣いをやめろ」「死に追いやる自衛隊派兵反対。支援金を年金医療に回せ」「年金運用資金損失6兆円を返せ」であった(「会報」44より)。今も変わらな い訴えだが、安倍政権のなかで、より訴えのボルテージがあがる。
 今回の参議院選挙の結果によっては「憲法改悪」がすぐそこにきている。7月のデモは12日、花時計前から元町まちづくり会館前のコース。選挙結果にかかわらずこれまで以上の怒りのボルテージをあげたい。
 秋にはバスツアーも企画。また、定期的な学習会の具体化も進んでいる。兵庫県高齢者団体連絡会(兵高連)の世話人会では夏に1泊2日の学習会と来年2月に学習会を計画している。
 最高齢は87歳。高齢者ゆえに、1年、1年をどう運動の継続と発展に繋げていくかが課題である。安倍内閣は福祉の更なる切り捨てを行おうとしている。これからますます高齢者の運動が重要になる。県下にある高齢者組織に加わってほしい。

横林賢二(熟年者ユニオン事務局長)
娘とわたし
 「お母さんはわたしの夢を邪魔する」と、わたしが指した道には見向きもしないで、20歳になるかならないかで上京した娘も、今は3人の子どもの母です。長男は、今春、中学生になりました。彼の歳を考えると、わたしの東京通いも13年目に入ります。
 常勤の娘は、週休2日とはいうものの、仕事の進み具合によっては土曜日も出勤ということが多いです。
 毎朝、長男と次男をばたばたと学校へ送り出したあと、自分の朝食もそこそこに、8時過ぎには末娘を保育園へ連れて行きます。
 夕方5時には仕事を終え、買い物を済ませて帰宅、お腹を空かせた子どもたちに一品できるたびに食べさせながら、いざ自分が座る頃には、食卓には何も無い ということがあると言います。わたしが上京しているときは、6時には準備を終えてみんなを待ちますが、真っ先に食卓につくのは母親です。帰って来てすぐに 食事ができるのが何より嬉しいのだと言います。
 わたしは姑と同居だったので、娘のような思いはしていないので、つくづく大変だと思います。
 このことに限らず、働きながらの3人の子育ては大変です。娘の場合は、夫はほぼ当てにならないので余計です。わたしには夫の協力もありましたが、子ども2人でもいっぱいいっぱいでした。
 病気もするし、けがもする。友達とのトラブルもあれば、学校行事や参加しているサッカークラブのイベントもあります。見ていると、休日も本当に忙しそうです。
 子どもたちは、学校から戻ったり、何かあれば、必ず携帯に連絡を入れています。大きくなってからですが、娘が、「学校から帰ったらやっぱりお母さんに居 てほしかったわ」とぽつりと言った言葉を思い出します。自分がして欲しかったことを、今は携帯電話が叶えているのかなと思います。
 ママ友との協力も欠かせません。サッカーの送り迎えやら学校の代休日、休めない親に代わってお互い助け合っているようです。わたしが上京しているときに も入れ替わり立ち代わりいろんな子が出入りしていました。何とか留守番ができるようになったこの頃は子どもたちだけで過ごせるようになったようですが、親 が休めない時、子どもたちを預ける所に困るのは、昔も今もあまり変わらないようです。
 それでも、仕事を辞めることなく、しなやかに日常をこなしている娘は頼もしく見えます。
 18歳からの選挙権、世の中は変わるのでしょうか。
 子育てと両立しながら、やりたいことを続けられる、そういう当たり前のことができる社会を願います。
(hanahana)