「新社会兵庫」 2月9日号
- 昨年末、ちょっとうれしいニュースがあった。『週刊新社会』2010年新春号で当時の栗原君子委員長との対談でも登場され、兵庫の新社会党ではポスターにも協力いただくなどお馴染みの落語家露の新治さんが、文化庁芸術祭賞大衆芸能部門の優秀賞を受賞されたのだ。新治さんは昨年7月、長年継続してきた「お笑い人権高座」が評価され、奈良人権文化選奨の個人部門を受賞されており、これまでの精進が評価されるうれしいダブル受賞といえる▼人が豊かに生きる上で笑いは大切なものだ。新治さんは当時の対談でも、「笑顔を守るのが政治の役割です」と、平和・人権をスローガンに活動する新社会党にエールを送っておられたが、ご自身の生き方もぶれることなく笑顔の基盤(平和・人権)を大切にされている。インターネットをお使いの方は、新治さんのホームページをご覧になればおわかりになると思う▼新社会党兵庫県本部は今年で結党20周年。記念事業の一つに露の新治さんを招いて「落語会」を、といま相談が進んでいる。弱き者たちが失敗したり知恵を絞り合ったりしながら生きている落語の世界。私たちも負けずに笑い、支え、涙し、人としてたたかい、また明日に向かいたい。
- 福島原発事故から間もなく5年
アベ政治の原発再稼働を許すな
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福島第一原発の事故からまもなく5年になる。私は、市民運動として「脱原発はりまアクション」に関わって活動している。「はりまアクション」は、事故直後の5月30日に新社会党の党員やこれまで地域でのつながりを持った仲間で結成した。大変な爆発事故を起こしてしまった国・東電など原子力ムラ(マフィア)に対しての怒りだけでの結成だった。
原発より命。子どものいのち・健康を守れ
福島では原発事故による放射能汚染のため、今なお10万〜11万人もの県民が避難を余儀なくされている。家族はバラバラとなり、その上、仕事も奪われるなど生活が「破壊」されている。長期避難生活は5年となる。放射能汚染の処理も、止める方法も見つかっていない。使用済み核燃料保管プールも満杯状態。原発稼働による放射性廃棄物のプルトニウムは、核兵器にもなり、半減期だけでも数万年もかかる。壊れた福島原発からは今も日本列島に放射線が撒き散らされ、山・川・海を伝わり、食べ物からの内部被曝、大気汚染による外部被曝の危機にさらされている。アベ政府は、除染したとして避難指示を解除し、帰還を促す。除染した土を入れているフレコンバッグは住民の生活の場に何重にも積み上げられ、5年が経ち破れ始めている。今なお高レベルの放射線量の影響と思われる、事故時18歳以下の子どもたちの「小児甲状腺がん」が153人(福島県15年9月情報)となっている。大人たちの「心筋梗塞」などによる死亡情報は後を絶たない。「はりまアクション」の命題「原発より命」はここにある。
14年5月21日に福井地裁で画期的な判決
原発再稼働をめぐり、14年5月21日、福井地裁で大飯原発3、4号機の運転差し止め請求を認める画期的な判決が出た。この判決で、「司法は生きている」と言われた。主文骨子は、「たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流失や喪失と言うべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失である」という。
さらに、福井地裁では15年4月14日、高浜原発3、4号機の再稼働を即時差し止めする仮処分決定も出た。
ところが、この高浜原発再稼働差し止め仮処分を不服とする関電側の異議申し立ての結果、差し止めを取り消し再稼働を容認する決定が昨年12月24日に出された。この間の流れに逆行したきわめて不当な決定である。
原発再稼働を許さない「市民の力・行動」
原発再稼働をさせない市民の行動は、12年3月29日からの「毎週金曜日首相官邸包囲行動(金官行動)」がきっかけとなり、瞬く間に全国各地の電力会社への抗議となった。今なお毎週金曜日か月2回行動は全国135か所、月1回行動を含めると230か所余りで抗議活動が続いている(東京新聞15年10月4日)。
この首相官邸包囲行動は、今回の戦争法反対行動での市民の立ち上がり・行動にもつながり、今も各地で大学生や高校生、若いママたちの戦争法廃止の行動が続いている。
全ての原発をなくす行動に立ち上がろう
脱原発はりまアクションは、結成直後から映画会や講演会などの原発反対行動だけでなく、福島の子どもの健康・いのちを守るための署名・カンパにも全力を挙げて来た。14年春から始めた街頭カンパやイベントカンパなどで、保養所「佐渡へっついの家」など5団体に毎月5000円〜8000円のカンパを送り続けている(1月22日現在735,185円)。12年7月からの関西電力姫路支店への「毎週金曜日原発やめて行動」は、今年2月12日で179回目となる。また、加古川の地での11年10月からの「福島事故を忘れない毎月11日行動」は、2月11日で52回目となる。
いよいよ今年4月から家庭などの小売り電力の自由化を迎える。私たちも生活を見直し、電気の使い方を考え、そして豊かな自然に目を向け、経済最優先の社会から「原発に頼らない社会」をつくらなくてはならない。原発に固執する電力会社を追い込むため、料金が上がろうとも関電などを拒否しよう。再稼働阻止、すべての原発をなくす行動にいっしょに立ち上がろう。(1月23日記)
菅野 逸雄(脱原発はりまアクション・共同代表)
- 2.14に「年金と貧困」をテーマに学習会
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熟年者ユニオン(今村稔会長)は4月20日に第17回の総会を開く。
この間、熟年者ユニオンが一番大切にしてきた活動であるサンドイッチマン・デモは、4月には136回を数える。
福島第一原発の事故をきっかけに、一昨年からは関西電力神戸支店前を通るコースも新たにつくり、同支店への申し入れ行動を続けてきた。その結果、同支店との面談を7回重ね、「脱原発」「自然エネルギーへの転換」を求め、原発再稼動の危険性を追及してきた。その面談の内容はサンドイッチマン・デモの際に配るビラでも報告してきた。
1月21日の第133回のデモでは、花時計前を出発して神戸市役所にさしかかるとき、中学生と思われる少年3人が手を振りながら「がんばれ」と元気な声をかけてくれ、私たちはその声に励まされた。また、東遊園地では車椅子の高齢者が手を振ってくれた。私たちのエネルギーが伝わった瞬間だと思った。その後、関西電力神戸支店前でシュプレヒコールを行い、面談の申し入れを行なった。デモはセンター街に入りドンク前で解散したが、今年一番の寒さの中、参加人数こそ少なかったが、熱いデモとなった。
今ではセンター街の店の店員からの苦情もなくなり、店頭でビラを取ってくれる店員や手を振ってくれる店員もいる。
今回のビラには、関西電力への要求と2月14日に兵庫県高齢者団体連絡会(兵高連)が主催する「年金と貧困」をテーマとした学習会(午後2時・神戸市勤労会館)の案内を載せた。
主催の兵高連は、熟年者ユニオン、明日を考える東播磨高齢者の会、西はりま熟年者の会の3つの団体で構成する連絡会で、2月には第5回総会を開催する。兵高連の学習会は姫路での開催を含め5回目となる。
安倍政権は、労働者派遣法の改悪などで「一生非正規労働者」をつくりだしているが、高齢者の闘いは若い人達の将来を守る闘いでもあるとして、今、2月の学習会の成功に向けて一生懸命取り組んでいるところだ。
横林賢二(熟年者ユニオン事務局長)
- 責任を取らずに70年
- 昨年末にかけて、ヒトラーに関する映画を3本立て続けに観た。「ヒトラー暗殺、13分の誤算」「顔のないヒトラーたち」「黄金のアデーレ」。
ナチの非情さ、残虐さは言うまでもない。ヒトラー、ナチは、ユダヤ人を600万人も殺害した。事実を基に描かれているこれらの映画の中の主人公は、そのヒトラー、ナチを絶対に許さず、最後まで闘う。感動したのは、彼らが真実の追求を最後まで諦めなかったことだ。そして、ドイツ政府は今もナチの罪を弾劾し、罰するために闘い続けている。
さて、日本はどうだろうか。戦争の最高責任者である昭和天皇、またその命令の下に行動した人たちの責任を明らかにし、弾劾し、罰してきただろうか。事は逆で、最近ますます天皇が賛美されている。映画、小説、ニュース……。いかにも昭和天皇のお蔭で、軍部の中で反対があったにも関わらず、戦争を終わらせることができたと。
事実は、全くその反対だ。昭和天皇が太平洋戦争開戦を決定し、何度ももっと早く戦争を終わらせる機会があったのに、その度に主体的に戦争続行の意思表示をしている。そのことは、あらゆる記録、侍従日記などに記されている。高松宮は1941年以降、速やかに終戦をはかるべきことを何度も申し述べ、何回か手紙も送っている。『高松宮日記』によると、高松宮がサイパンを死守するか、戦争を終結するかと提言したが、昭和天皇は耳を貸さず激しい口論になっている。藤田尚徳『侍従長の回想』によると、1945年1月14日、重臣近衛は天皇へ早期降伏論を上奏したが、拒否された。記録事実を挙げれば切りがない。それらの事実を現天皇をはじめ政府の面々が知らない訳がない。天皇の戦争跡地への行脚が続いている。ウソはウソで塗り固め続ける必要があるからだ。
この原稿を書いているときにも、テレビで現天皇のフィリピン訪問ニュースが流れている。彼は出発前のあいさつで、10万人もの市民の命を奪ったマニラ市街戦に触れて慰霊してきたいと言っていた。もちろん、それは悪いことではない。当然のことかも知れない。しかし、昭和天皇が戦争最高責任者だったとは言わない。「昭和天皇の命で、フィリピンの多くの方々の命を奪ってしまい申し訳なかった」とは言わない。神道の下に祈るだけだ。彼はいい人かも知れない。でも、どんなことでも悪いことをしてしまったら、まずはその事実を認めることが一番だ。そして謝る。これは物事の基本だ。
話はそれるが、私が現役で高校教師をしていた時の生徒指導は、いつもそれが基本だった。問題行動をしてしまった生徒の中には、悪いことをしたということは分かっていても、やはり自分を守ることに固執し、ウソを言ったり、挙句の果てに誰かのせいにしたりする。さらに、子を守る親も登場してきて、同じことを言う。そんなことをしても、その子にとっていいことにはならないのに。
もし間違ったことをしてしまったら、その事実を認めることからしか謝罪は始まらない。そうでなかったら、謝ったとしても、舌の根の乾かぬ内にまた同じことをしてしまう。私は事実、真実を主張することの大切さを基軸に、71年目も「責任」の所在をはっきりさせるために「平和活動」を続けていきたい。
(新原三恵子)
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