「新社会兵庫」 10月13日号
 話題としてはもう古くなってしまったが、戦争法案を「仕上げた」あとの気の緩みからか、つい本音を漏らしてしまったのだろう。菅官房長官が、歌手の福山雅治の結婚について、「結婚を機に、ママさんたちが、一緒に子供を産みたいとか、そういう形で国家に貢献してくれればいいなと思っています。たくさん産んでください」とTV番組でやってしまった。どんなに釈明をしたところで、戦中の「産めよ、増やせよ」を強く想起させる▼続いての違和感。内閣改造を行う安倍政権がアベノミクス第2弾「新3本の矢」とともに打ち出す「一億総活躍社会」なるスローガン。これまた、戦中の「一億火の玉」や「国家総動員法」を彷彿させる。担当大臣まで置くという。“すべての国民が活躍できる社会づくり”というより(それだって同調圧力的なもので、国から言われるのは御免蒙りたいが)、「国民は国のためにしゃかりきになって働け。そうでないものは……」という響きが伝わってきそうだ。まるで戦時体制であるかのように▼たまたまなのか、この2つの話題に通底する国家観。そうだ、自民党改憲草案に盛り込まれた憲法観そのものではないか。権力ではなく、国民を縛る憲法が待ち構えているのか。
戦争法制の廃止へ 運動の継続と政治的共同戦線へ
 集団的自衛権の行使を可能にし、日本を戦争する国へと変える“憲法違反の戦争法案”が、かつてない反対運動の高まりの中、自公与党の「数の力」によって9月18日未明、参議院で強行可決された。強権的で欺瞞的な国会運営で強行可決された「改正」武力攻撃事態法など10の法律を一括した「平和安全法制整備法」と自衛隊をいつでも海外に派遣できる新たな恒久法「国際平和支援法」からなる“戦争法制”は9月30日に公示され、6か月以内の3月末までに施行されることとなる。
 私たちは安倍政権による歴史に残るこの暴挙を断じて許すことはできないし、認めることもできない。
 憲法学者や元内閣法制局長官、元最高裁長官などからも憲法違反と指摘された法案が強行的に成立させられるまでの過程は、立憲主義を否定し、平和主義、民主主義に背を向ける安倍政権によるクーデターと呼ぶべきものであったし、民意と向き合わず、ただ権力に強権的に従わせようとする独裁的な政治手法で貫かれた。また、欺瞞や詭弁を駆使したデマゴギーでも塗り固められていた。
 法案そのものだけでなく、「安倍政治」のこの危険な政治手法と反動的な本性こそ、それに危機感を感じた多くの人々を反対運動に起ち上がらせた大きな要因である。
 そして、戦争法が成立したからと言って、その反対運動はけっして終わってはいない。それどころか、この憲法違反の法制を発動させず、戦争法の廃止をめざす新たなたたかいがすでに始まっている。戦争法廃止のための大衆運動の継続と、来年夏の参院選を大きな政治的節目として安倍“独裁”政権を倒すための政治勢力の結集・形成の必要性は、戦争法案反対運動を取り組んできたものがすでに共有している認識と決意であろう。
 国会前の行動で主導的な役割を果たし、全国に共同闘争を呼びかけてきた「戦争をさせない・9条を壊すな!総がかり行動実行委員会」は9月19日、いちはやく「戦争法のすみやかな廃止を実現するために全力を尽くし、戦争法の発動を許さない世論と運動を発展させる」との声明を発表した。1万5千人近くの学者がそのアピールに賛同した「安全保障関連法案に反対する学者の会」は、名称を「安全保障関連法に反対する学者の会」と改め、「この違憲立法の適用を許さず廃止へ追い込む運動へと歩みを進める」との抗議声明を発表。学生たちのSEALDs(シールズ)や「だれの子どももころさせない」を合言葉に起ち上った「安保関連法に反対するママの会」らも運動の継続を打ち出している。憲法学者たちを中心に違憲訴訟・裁判闘争を準備する動きもある。
 法案成立を阻止できなかったことへの失望はあっても、それ以上に大きな怒りや悔しさがある。決してあきらめることなく「今からがたたかい」と、すでに新たな運動へと歩み出していることも今回の運動の大きな特徴だ。
 そのエネルギーの一つに、これも今回の運動の大きな特徴となった新しい運動の“質”がある。すでに多くの人たちが指摘しているように、老若男女、各界各層、学生ばかりか高校生にまで広がった運動のなかで、組織の動員でなく、いわば主権者の一人としての自覚的、自発的な行動が目立ったことだ。「私は……」と始まる訴えが新鮮だった。こうした”個“も集まって、「立憲主義、民主主義を取り戻そう」と、戦争法制を発動させず、安倍政権を倒そうという運動が展開されていこう。
 今後の運動方向は2つの課題に集約される。戦争法制を発動させない政治状況をつくることであり、戦争法そのものの廃止に向けたたたかいである。同時に、それは立憲主義に背く、独裁的な安倍政権を倒し、「安倍政治」を止めることでもある。
 その政治的な節目は何よりも来年夏の参議院選挙である。共産党は、戦争法廃止の一点での「統一連合政府」構想を打ち出した。安倍“独裁”政治のしたい放題を許してしまっている今日の政治状況を突破するには、何よりもそれを阻止する共同の政治戦線の構築、形成が求められているという認識では共通する。大衆運動の力をそんな政治的な共同戦線の構築にまで集約してこそ展望が開かれる。

上野恵司(憲法を生かす会・ひょうごネット事務局)
憲法9条に恋しよう
 退職して4年目になりました。定年より2年早く仕事を辞めたのですが、退職後の1年ぐらいは、とても寂しくて、あんなに仕事にも時間にも縛られず自由になりたいと思っていたのにかなり未練がありました。それからは「仕事辞めると寂しいよー」と人に確信めいて言ったりします。
 さて、退職後は、残りの人生をどう生きるかが私のテーマです。ここ10年は、孫育ての手伝いで朝夕に時間をとられそうです。孫のうち小学生には、昼間を自分の時間にしたいので、学童保育を勧めて入っています。趣味の洋裁も4年目になり、製作中は嫌なことも頭から離れ楽しんでいます。そんな生活ですが、するべきことは、現実の政治や社会に目をそむけることなく立ち向かうことだと思っていましたが、何か定まらなくて腰も据えにくくてモヤモヤしていました。
 でも、皆さんもそうだったと思いますが、今回の集団的自衛権の行使容認法案が成立したことには我慢ならぬものがありました。2015年9月19日未明は許せぬ日になりました。  人間は生まれて死ぬまで苦労はあるにしても、戦争や原発汚染、人権侵害等の苦しみや悲しみは経験しないでいい社会にしようよ、と切に願っています。
 安保法案のせいで現時点での私の立つ位置は、憲法9条を変えさせないことという軸がはっきりしました。法案成立後のある講演会で、2016年夏の参議院選挙での改憲阻止議席数は「81」だと説明されました。しかも、アベ政権は参院選後、憲法9条をなくす予定。またしてもアベノミクス第2弾でだまくらかして安保の熱の冷めた頃を狙うようです。時間がないですね。知り合いの夫は安保法案成立前の1週間、国会前で座り込みをされました。労をねぎらうと、「しんどくても闘う時や。休んどられへん」と言っておられました。
 話は変わりますが、私の好きなあるラジオパーソナリティの方が、この間ずーっと安保法案やアベ政治を批判されており、楽しんで聴いているのですが、公共放送で発言する勇気に感謝しつつ、決してメディア規制がかからぬよう応援したいと思いました。
 そして、私のすべきこと。退職後に参加させてもらった女性たちの学習会で知識と同時に気力をもらっています。今は靖国神社問題を学習しています。そして、各自の活動状況等を情報交換しています。心おきなく話し合える方がいることは、なんと心強いかです。
 さて、いざ行動となると、「あの人にこんな政治的なこと言っていいんやろか?」とつい迷ってしまいます。そこから一歩前へ、なのですね。最近は、「私たち漫才してるのよ。見に来て、よろしく」と言葉を付け加えています。
 これから訪れる秋の紅葉も楽しみながら、憲法9条に恋して気長に追っかけします。
(ウエダ)
地道な作業の繰り返しと積み重ね
 あかし地域ユニオンでは、少しでも多くの組合員に活動を担ってもらうため、専門部を設け任務分担を行っている。現在、専門部は編集、HP、学習、レクの4つがある。編集部は、毎月発行している機関紙の企画を立て、原稿を集め、編集し、印刷・発送作業を担っている。HP部は、ユニオンのホームページの更新作業。学習部は、毎月の執行委員会における学習会と年4回開催するスタッフセミナーの企画・準備を担当。そしてレク部は、全組合員を対象とするレクレーションの企画と準備を担当してもらっている。
 レクレーションは、バスを借り切って日帰りスキーツアーやボウリング大会を行ったこともあったが、最近ではバーベキュー交流会と暑気払いと忘年会が定番となっている。そうした中で、昨年はじめて企画されたのが芋ほり交流会である。
 神戸市西区のTさんのご好意により畑を貸していただき、春に種イモを植え、秋に実ったサツマイモをみんなで掘り出すのである。昨年は11月3日に行い、多くの子どもたちを含め30人以上の参加で、お目当てのサツマイモをめがけて畑に入り、和気あいあいとした雰囲気の中での収穫作業にいそしんだ。
 普段は土に触れることが少ない組合員も、この日だけは獲物をめがけてスコップを片手に土との格闘である。大きく育ったサツマイモにビックリしながら、お互いに獲得物の大きさを比べ合い、時にはカエルやミミズの登場に畑のアチコチで悲鳴も聞こえる交流会であった。
 収穫に至るまでには、種イモ植えに始まり、何度も何度も雑草ひきを行い、大きく伸びたツルを引く作業がある。コツコツと地道な作業の繰り返しと積み重ねがあっての収穫である。ユニオン運動に芋づる式の大収穫はなく、「急峻な山道をよじ登るのに疲労困憊をいとわない者だけが、輝かしい絶頂を極める希望をもつのです」(マルクス『資本論』)。
 今年ももうすぐ芋ほり交流会である。この1年、掘る人もどれだけ大きく育ったことだろうか。
西山和宏(あかし地域ユニオン委員長)