「新社会兵庫」11月12日号
 「日本のテレビ報道番組ではいつも冒頭に何人かが並んで深々と頭を下げるが、始まりの儀式なのか」と外国人に不思議そうに訊(たず)ねられた人がいる。それほどに「お詫びします」「反省し、再発防止を」というのが多い▼東電の社長、リコールの自動車メーカーや製品回収の家電メーカー、JR北海道、火災の病院、食材偽装のホテル、なんと警察の幹部も。多くは上辺だけのようだ▼「謝罪」「反省」の言葉は注意深く避けられ、「遺憾」が使われる。辞書で「遺憾」を引くと「残念である」という意で、「謝罪」「反省」「悪かった」という意味はない。つまり、「遺憾」と言えば間違いの主体がぼけて「私が悪かった」というのは薄められる▼脱税を摘発された大企業は、「税務当局とは見解の相違があったが、すでに納入した」と言う。見解の相違があれば、争えばよさそうなものだが。本音は「大丈夫だと思ったが、バレれば仕方がない」というところか。「意に反して誤解を招いたとすれば」というのも常套句である。誤解は、した方が悪いのであって私は悪くない、ただ言葉が正確でなかったかもしれない、と言う▼謝罪、反省には心が必要であるが、それが欠けていれば態度の不実や言葉のゴマかしが続くことになる。
高齢者!黙っていていいのか(下)
社会保障切り下げに反撃を
 高齢者攻撃と高齢者の生活(つづき)
 さらに高齢者の生活を圧迫するものとして、消費税増税、介護保険料の引き上げ、物価値上げ、年金支給額減額、生活保護支給費減額などが挙げられる。
 高齢者は他の世代に比べ、所得を上向きに変化させることが最も困難な年齢層である。消費税増税や物価の値上がりによる支出増を補うことができない。これに年金減が追い討ちをかける。高齢者の中には現に生活保護受給者となっている人以外にも予備軍が多く含まれている。
 さきの「高齢社会白書」は、高齢者世帯の約7割が公的年金を主な所得源とし、それは総所得の80%を占めると述べている。さらに高齢者世帯の7割は暮らしに心配のない生活をしている(しかし、高齢者の中には生活保護の受給を必要とする割合は増えているという、一見矛盾していることを言っている)とも述べている。また、高齢者世帯間の所得格差は他の世代よりも甚だしいと指摘している。富裕層も他の世代に比べて多いのであろう。
 したがってわれわれは、高齢者の生活を論じる場合、他の世代よりも貧富2層がはっきりしていることを認識し、富裕層を除く層を高齢者を代表する層として、そこに焦点を合わせて論じなくてはならない。とくに最近の新自由主義の攻撃の激化、貧困の促進が現役世代のみならず、親世代の高齢者にも及んでいることは黙過できない。息子、娘世代に拡がる非正規化に伴い、子、孫世代への援助を求められる高齢者―例えば、孫の奨学金ローンの援助をしなければならない高齢者もかなりの数に及んでいる。「老々介護」が言われて久しいが、介護の負担(金銭的、肉体的)も高齢者に重くのしかかっている。
 新自由主義による著しい社会の劣化、連帯の破壊はいま最も顕著に高齢者を捉えている。

 われわれはどういう世代か
 われわれ高齢者の歩んできた道を振り返ってみよう。戦争のなかった平和憲法70年を中心的な担い手として生きてきた。わが国の輝かしい時代といわれた高度成長期を金の卵として、中堅労働者としてがんばってきた。「労働者が社会の主人公だ」と胸を張って闘ってきた。労働者の団結をモラルとして実感してきた。いまは失われたかのような誇りのある生き方を身に染み込ませてきた。そういう社会層である。現代社会の劣化を黙って見過ごしていい世代ではない。
 身体の奥底にあるはずの「労働者の魂」を発動させ、怒りを燃やす術を思い起こし、若い世代に伝達・伝承していく努力をしなければならない。その道を模索し、語り部とならなければならない。社会を変えていこうと闘った、そのエネルギーを体験した世代である。労働者の誇りを取り戻そうと働きかけなければならない義務を持っている。
 われわれが築きあげた社会の連帯が崩壊させられようとしている時、しかもわれわれ高齢者を槍玉にあげた攻撃が露骨になっている時、われわれは率先して怒りを露わにし、眠りかけているたたかいのノウハウの埃をはらわなければならない。

 戦線を若者に拡げる展望を持って、先ず高齢者パワーの結集をはかろう
1.高齢者攻撃の実態をしっかりと認識し、怒りの渦を!
@高齢者に対する敵の戦略的攻撃を受け止め、連鎖的な反撃にとりかかろう。年金、消費税、生活保護、医療……。
A高齢者団体間の情報交換・交流を強め、つくりあげたネットワークを土台にして、情報交換紙(誌)の刊行など、講演会の共同企画開催、対行政交渉なども強めよう。
B高齢者団体の組織・拡大強化に協力・支援等の活動を強化し、高齢者共同戦線形成への展望を切り開こう。
C若い層との交流活動に格段の努力を。語り部としての活動を惜しまず、若い層が元気になるためにその可能性を信じ、彼らの自主性を尊重しつつ、高齢者のなしうる援助を。
2.憲法改悪阻止をはじめとする平和と民主主義を守る統一戦線の形成の一翼を担う。
@憲法改悪阻止闘争において、もっとも貴重な蓄積財産を持っているのは高齢者である。それを惜しみなく出し尽くそう。
A各地の護憲(憲法を生かす会など)運動に積極的に参加しよう。
B生活を守るたたかいが憲法を守る闘いであることを体験を通して宣伝しよう。
今村 稔(77歳10ヵ月)
塩分たかが1g、されど・・・
 まあ大変!健診で夫が高血圧に加え、これまで黄色信号で留まっていた血糖値、コレステロール値も上昇していることが分かり、薬を服用しなければならなくなった。完璧なメタボリックシンドロームだ。
 定年退職と同時に夫の実家へ転居、仕事中心の生活から新しい地域で退職後の暮らしを作っていく時期でもあり、ゆったりと食生活を考える時間もあるので、「脱メタボ」の健康料理を作ろうと思い至った。
 手始めは、減塩調味料を使い、料理はレシピにある塩分を2/3に程度に抑え、義母が丹誠込めた野菜を存分に使うこと。漬物・佃煮・練り製品、ハム類などは控えめに等々。私自身の地域デビューと家族の健康づくりをめざして、地域の「食生活改善」講座の受講と活動グループへの参加も決めた。
 「健康料理」開始3カ月ほど後のことだ。「俺の体を心配して薄味にしてくれているのはわかるけど、こんな薄味を食べさせられたらストレスがたまってかえって病気になる」と夫。「えっ、こんなことを言うか!!」、やっぱりショックだった。「食生活改善」講座の講義や調理実習で、減塩は調味料の分量を単に減らせばいいのではなく、しっかりと出汁を取り、酢や油、香辛料等を上手に使っておいしく減塩しないと家族に受け入れられない場合があると習った。
 男性の食塩摂取基準は1日9g以下、女性は7・5g以下で高血圧者の目標は6g以下とされる。昆布とかつおで出汁を取り、それなりに調理しても「コクがない(コクは濃と書くそうだ)」とか何とか言って、ちりめんじゃこやもろみで食事の締めをされると、どうしようもない絶望感が広がっていく。
 生活習慣病予防には食生活、運動、生活習慣の見直しが大切だといわれるが、本人の自覚がなくては何も始まらないように思える。
 同居後1年3カ月過ぎた頃から私の血圧が130、140を超える日が多くなってきた。毎日「塩分が足りない」という暗黙の圧力にさらされて無意識で塩1gほど多く入れてるのかしら?その結果、夫の体重の半分もない私の体に塩分の毒が回ったのかも、それとも夫在宅症候群というのがあるそうだけれどストレスが高まっているのかしら、と頭をめぐらしていると思い当たることがあった。運動不足解消にと、夫が掃除機をかけるようになり、私は掃除機掛けから解放された。要するに運動不足が私の血圧を上げているようだ。散歩や体操など意識して体を動かすと血圧も130/85以下に戻ってきた。
 味覚や嗜好は長い間に作られたその人そのものであり、また社会的、文化的なものでもある。変えるのは一筋縄ではいかないものだ。私はただ健康で暮らしたい、その中心に食事があると思っているだけなのだが。
(F)
被災地の労働運動の実情と復興の遅れ
 10月19日、20日の両日、山形県上山市かみのやま温泉で「第25回コミュニティ・ユニオン全国交流集会」が開催された。全国から400人の仲間が集まり、熱気に溢れる集会となった。
 2日目の分科会で、私は第9分科会「東日本大震災と労働者の現状」を選択した。復興がなかなか進まないのは、労働運動と関係があるのではないかと思っていたからだ。
 大震災を語る時、どうしても18年前の阪神大震災と比較してしまうが、決定的に違うのは原発事故だ。阪神大震災の時は、地区労のバックアップを受けながら、労働相談等を通じてユニオン活動の基礎を固めることができたと聞いている。しかし、東日本大震災では、地区労やユニオンの活動がごく限られているということもあるが、それ以上に放射能汚染等による避難者(生産者も労働者も)の多くがもう帰って来ず、人手が不足しているので復興もままならないという実態があった。
 また、この間、東日本の現地との交流を何度か行ってきた神戸のユニオンからは、阪神間では震災アスベスト被害との闘いや、借り上げ公営復興住宅の20年契約問題が新たな問題として浮上しており、同じことを繰り返してはならない、とのアドバイスもあった。
 集会は、おきたまユニオンを中心とした現地の労働組合の方々の力により成功裏に幕を閉じた。
 集会の運営だけでなく、微に入り細に入った「おもてなし」、心配りにも圧倒される思いであった。
 さらに、集会後の「芋煮会」は本降りの雨の中にもかかわらず、予定通り開催された。河川敷に10張もの大型テントを隙間無く張りつめていたが、それでもテントからはみ出しそうな数の参加者だった。米沢牛の入った芋煮とバーベキューが用意され、4人にひとつ並べられた七輪にはちょうど良い状態で炭火がおこっていた。私は現地の方々の途方も無い心遣いに改めて頭が下がる思いだった。そして、この熱気が、必ず労働者主導の震災復興を勝ち取るだろうと確信した。
森山容光(姫路ユニオン委員長)