「新社会兵庫」10月8日号
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例年、文化庁の国語に関する世論調査の結果が発表されると、雑談時のちょっとした話題になる。今年も言葉や慣用句の使い方が調べられていて、「役不足」「流れに棹さす」「気が置けない」などは、本来の意味よりは違った意味で使われていることの方が多いとされている▼その方が多数派≠ナある分、たいていそれで通用してしまうが、その場合、本来の意味とはまったく逆の意味で使われているから、どうも厄介ではある。だが、だからと言って罪があるわけではない▼ところが、安倍首相が最近急に言い出した「積極的平和主義」なる言葉はどうだ。本人はその意味を具体的には語っていないが、この言葉を持ち出すときは、集団的自衛権の行使が前提のようだ。憲法9条の平和主義とは対極の、軍事行動も辞さずという意志を積極的≠ニいう言葉で示しているようで、日米同盟を強め、積極的に軍事貢献を果たしていく≠ニいう宣言に読み取れる。そうなると、この言葉は前後で明らかに矛盾しており、国民を騙すために用いているなら重大な罪がある▼集団的自衛権の行使の容認で9条改憲の突破口をさらにこじ開けようとするための安っぽい修辞なのか。軽い言葉とあの笑顔が気になる。
- NPO活動への挑戦
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NPOの活動に初めて関わることになった。
数年前にカウンセリング・心理学・カラーセラピー等を教える先生と出会い、労働組合の学習会でも「メンタルヘルスについて」や「聴く力をつける」等の講演でお世話になってきた。仕事や組合活動の合間の細切れの時間を使っては先生の授業を受け、私も細々と勉強をしてきたが、それは、ひとつには自分自身のため、もう一つには社会になじめない実兄(下の兄)とのコミュニケーションを少しでも深めるためだった。
先生は以前からNPOを設立していて、軽度の発達障害・精神障害の方を日常的に支援できる居場所を作りたいと常々思っていたらしい。近年、自治体の予算が削減され、今まで無料で先生のカウンセリングを受けてこられた障害者の方の内、受けられなくなった方が多数おられる中で、地域活動センターの立ち上げに向け本格的に準備を始めることとなった。
先生いわく、「カウンセリングを受けられる、カラーセラピーを受けられる等、通所者は自分だけのための時間を持てるような―、ひとりで本を読む、みんなでクッキーを作るなども―、自分を見つめ直せる時間を持ち、孤独感を減らせたら―、カウンセラーもさらに成長できる―、そんな地活を」―。先生のイメージは果てしなく拡がり、一方、私は、市の補助金の規定とにらめっこしたり、口座開設に向け議事録を作ったり、「地活を作った後に運営が成り立たなくなって利用者を放り出すことだけはしてはいけない」と厳しい指摘をしたり。
これは私の勝手なイメージかもしれないが、志のある人、NPO活動等をぐいぐいやっていこうという人は、果てしなく話が拡がったり、多少強引であったり、この前聞いた話と違うじゃんということがあるぐらいの方がいいように思う。私はそんなタイプではないから、先生の拡げまくった(あ、失礼)話や動きを補正したり、文書にまとめて協力者に伝えたり、タイムリーに話し合いの機会を作ったり、先生の苦手分野(?)で細々と動き始めている。
今でこそ、発達障害や精神疾患の知識を持つ親も増え、早期受診のケースも多いが、高齢になるほど、幼少期から親に叱られてばかり、せかされてばかりという中で自己否定感を持ったまま大きくなったケースも多い。
私の亡くなった上の兄は統合失調症(当時は精神分裂症と言っていた)だった。まだメンタルヘルスという言葉がなかった時代の本人の苦しみ、家族の悲しみは一生忘れない。そして、下の兄が高齢になっていく前に、私たちが作った地活の通所者に何かのきっかけでなってくれたら、「生きがい」や「楽しさ」や「ぬくもり」を彼なりにもっと感じてもらえたらと願ってやまない。
来年4月開所に向け、道は険しいけれど、「できない理由」より「どうしたらできるか」を一生懸命探りたいと思っている。
(M)
- お金だけを取るのでなく仲間を増やす交渉
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今年3月、東灘区にある会社で、牛乳配達の仕事をしていた男性から「残業手当未払い」の相談があった。彼は、深夜1時ごろに出勤し、配達して朝8時すぎに会社に戻り、回収したビンを洗ったり車内を掃除するなどして10時すぎに帰る。そこまでなら許せる範囲だが、再び16時に出勤し、ノルマを課されたセールスやサンプル配布、集金を20時まで行い、また深夜1時ごろに出勤する。採用の面接では「16時以降は自由出勤」と聞いていたが、出勤しなければ賃金から5000円引くと言われ、集金も全額そろわなければ歩合給が減額されるため、自分のお金から出して会社に納めていたという。
その勤務状態が8年続き、退職前はうつ病になり、毎日「死にたい」という言葉しか発せなくなって退職を決意した。退職前、未払い残業手当の支払いを求めたが無視された。退職後、相談に行った西宮労働基準監督署の相談員から「この会社で働いていた人がよく監督署に来るけど、会社は払ってないよ。監督署では無理だと思うから、残業の計算は社労士が得意」と教えられ、社労士に5万円払って残業手当を請求した。その金額は慰謝料含め800万円。10人以下の零細企業で800万円をいきなり要求しても払うはずがない。結局、拒否され、あっせんも不調になり、社労士からも見放された。退職から半年後、ユニオンに相談に来た。
要求書を作成し交渉を申し入れ、弁護士が代理人として出席(会社は欠席)。会社に残っているタイムカードで計算したところ、月労働時間は340時間、1ヵ月で2ヵ月分働いていた。時効でない部分だけでも未払いは400万円以上になった。
交渉の結果、相談者の希望最低金額まで補償できたが、彼にとっての8年は何だったんだろうと虚しさだけが残った。
「知らない」ということは、「(労働者の)権利」を一つずつ落としながら歩いているのと同じである。ただ、今からでも遅くない。労働組合で一緒に学習することで落とした「権利」はまた手に入れることができる。相談者がそう思ってくれれば今回の交渉は、「お金だけを取る交渉」ではなく、ユニオンの仲間を増やすこと、労働組合を拡げることにつながったと思える。
木村文貴子(神戸ワーカーズユニオン書記長)
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