「新社会兵庫」6月11日号
 私事で甚だ恐縮だが、ご勘弁願いたい。実は4月中旬、自分の不注意による事故で大きなケガを負い、ほぼひと月にわたる入院生活とその後の自宅療養を余儀なくされた。前任者から引き継ぎ10年以上にわたって携わってきた本紙の編集作業にもついに穴をあけることになった。が、幸いそこは組織。休んでいる間は他の方々のカバーで休刊することもなく、また復帰ができた▼入院中はどうしてもテレビを見る時間が多くなる。残ったケガのダメージでともすれば気分は鬱陶しくなるなか、腹立たしいニュースが追い討ちをかけるように続く。やたらに多いコメンテーターの発言も多くが不愉快だ。安倍が発した浮かれ気味、前のめりの改憲発言、「主権回復の日」式典、アベノミクス「効果」(?)、原発輸出のセールス外交……。そして退院後は橋下の例の暴言・妄言騒動ときた。その間にも共通番号法案、生活保護基準の引き下げなど、重大な懸案事項が可決されていく▼なんとも腹立たしいのだが、活動の現場から離れ、体力も弱った身では気力は下降しがちだ。しかし、気持の行き所が失望と落胆ではあまりに情けない。改めて元気に動ける体のありがたさを思い知らされ、怒りを表わす場の大切さを思った。
憲法25条の空洞化を許すな/生活保護は“恩恵”ではない
 5月26日、大阪市で「今なぜ、生活保護費基準切り下げか?」をテーマとした尾藤廣喜弁護士(生活保護問題対策全国会議代表幹事)の講演に耳を傾けたが、昨年12月の総選挙から、人間の尊厳を支える憲法25条の生存権を具体化した生活保護制度の改悪が財務省筋から用意周到に進められている。
 今年度政府予算では生活保護基準の引き下げをめぐって150億円削減を決定し、3年かけて670億円が削減の予定にある。この通常国会では、「不正」受給対策を強化するために保護申請手続きで資産や収入を記した書類の提出を義務づけた政府の生活保護制度改悪法案が、口頭申請や保護決定までの申請書類の提出などを民主党と修正合意して成立する見込みだ。
 本稿では、今年3月に小野市議会で成立した生活保護監視¥例制定の背景や問題点について考察したい。この主張は、筆者が執筆した『週刊新社会』(4月16日号)の「道しるべ」を加筆したものである。
 生活保護費などを受給者が遊興に浪費することを防ぎ、見つけた市民に通報を求める小野市の「福祉給付制度適正化条例」が今年3月27日、賛成多数により市議会で成立した。全国から賛否約2千件の意見が寄せられた。
 条例は、受給者の責務として生活の維持・向上に努めるためパチンコ、競輪、競馬、賭博など浪費防止を目的とする。市民の責務として、不正受給を疑われたり、パチンコ、競輪、競馬、賭博等への浪費で日常生活に支障がある受給者について市に情報を提供するとした。元警察官などを想定した「適正化推進員」によって、市民から情報提供があった場合など市がその受給者を厳正に指導する。市民の通報を義務化した条例は全国に例がなく、4月1日に施行された。
 寄せられた意見の6割は「税金でギャンブルは許されない」「生活費の散財を禁じるのは当たり前」と賛成する。これらの意見の背景には、生活保護費水準の引き下げを意図する財務省やお笑いタレントの母親が生活保護受給者であるという自民党議員による世論づくりがあることは見逃せない。
 意見の4割は「人権侵害、監視社会につながる」「受給者への差別や偏見を助長する」と反対する。兵庫県弁護士会は、いち早く「憲法違反の疑いがある」と条例案の撤回と廃案を求める声明を出した。権力の暴走を抑制し、国民の権利を保障する立憲主義の理念からも同声明を全面的に支持する。
 生活保護は憲法が保障する生存権であり、人間の尊厳を具体化した基本的人権である。福祉制度で支給される金銭は貧者への恩恵ではなく、すべての人が自立して人間らしい生活を営むための社会的再配分であり、その使途は受給者自らが自律的に決めるべきものである。
 だが、生活保護の受給者には、スティグマ(恥辱・負の烙印)を感じる風潮が根強くある。小野市内に住む70歳の女性受給者は、「真面目に暮らしていても条例で騒がれるたびに肩身が狭い」と受け止めている。同条例は、受給者を萎縮させるとともに制度の根幹を揺るがすものだ。
 受給者の浪費を見つけた市民に市への情報提供の義務を負わせることについては、「監視社会につながる」という意見は多い。蓬莱務・小野市長は「監視ではなく、地域の絆を深めるための見守り」と強弁する。市民には「受給者が誰なのか分らないので通報のしようがない」という声もある。
 生活保護受給者への指導・指示は、福祉事務所の権限と責任で行うべきで、専門的知見のない市民に監視を委ねることは行政の責任放棄と言わざるをえない。元警察官の推進員でなく、ケースワーカーの拡充や丁寧な対応が必要なはずだ。
 週40時間働いても人間らしく生活できないワーキングプアは、1千万人を超えている。「税金で暮らしている」というワーキングプアの生活保護受給者へのねたみではなく、共に手を携えて憲法25条の空洞化を許さない憲法闘争こそが大切である。「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」とは何か。国民の生存権を保障する国の責務を定めた憲法25条が問われている。
菊地憲之(ひょうご自治体労働運動研究会代表)
彼女を守れなかった悔しさ
 最近、私の周りには良い話がない。夫の親は自営業を営んでいたが、年金に入っておらず収入がなくなり、73歳頃から生活保護家庭、夫の兄妹は50歳を過ぎてから介護施設へ転職。腰や肩、腕の痛みをこらえながら勤務をしている。夫は建設関係で収入は不安定、税金・経費込みで総額360万円を切る。わが息子は、自分で仕事したいとサラリーマンを1年で辞めてやっているが、最近まで金融ローン未払いで裁判調停、奨学金返済未払い。娘の夫は、某衣料品メーカーの店長で7時25分出社、閉店1・5時間後に退社、1日で2日分働いている労働時間で、半年から1年ほどで転勤、退職金制度もないという。大学を中退し、今のところ引きこもりでも鬱でもないが、バイトもしないで家にいる20代の子どもを抱える知人は2人、鬱がひどく薬が手放せない知人は2人、嫁を敵と思っている70代の認知症の義母と同居せざるえない知人等々、ほんの身近に、いま社会問題になっていること、以前では特異なケースと思っていたことが起こっている。
 それぞれ色々な背景や要因はあるとしても、ついつい自己の選択と責任の問題と思いがちだ。でもそう言い切れるのだろうか。普通に働き生活していくことのできない社会へとどんどんと悪くなっている。
 5年前、子どもの保育所から一緒だったシングルマザーの知人(40代)について話をしたいと思う。彼女は派遣で私の会社で働くこととなり、3カ月更新で4年働いていた。同じ部門で色々な事務的な仕事に携わっていたが、上司の指示で1年ほど前に部品の棚卸しにかかわる事務作業にかわって働いてきた。仕事の内容を派遣会社に報告したところ、「契約内容と違いますね。会社と相談します」と言われ、後日、職場の上司に呼ばれ、「1年に2回ある棚卸し(1回に1週間)、部品数の確認作業はだめらしい。その間休んでもらわないとダメだけど、君も休んだら収入に響くだろうし、かといって今、君のやる他の仕事もないし……。派遣ではなく直雇用パート扱いもあるが、それでは時給も下がり君も困るだろう……」(?)。まさに本末転倒。全くのルール違反をしているのは派遣先で、彼女には何の落ち度もない。なのに、「辞めるかどうするかはあなたの選択次第だ、というような持って行き方は許せない」と彼女は怒り、派遣会社にもその旨を訴え、1週間の棚卸期間も無給で休んだが、結局、3カ月更新となる2カ月後に雇止めとなった。首切りである。彼女は「私、ここに来る前、社員の職探したけどホントにないんよ」と。パートや派遣で繋ぎながらこの会社に派遣で来たわけだが、「もうこの年だからここが雇止めになるとパートより時給の高い派遣の仕事はない。パートと夜の仕事かな……」と辞めていった。彼女を守れなかった悔しさだけが残る。
(ちらん)
ピンチをチャンスに変える
 4月中旬に1週間入院し、3週間休み、みんなに迷惑をかけた。
 4月17日夜に高熱が出た。インフルエンザだと思い、翌朝、自宅近くの病院に行ったが、おでこで熱を測られ「36度5分しかない」と言われて解熱剤と抗生剤だけを処方された。自宅に帰り、熱を測ると38度を超えている。どれだけ冷やしても熱は下がらず、薬も効かない。19日に少し大きな病院に行くと即入院と言われ、「入院できない」と言っても帰してもらえなかった。
 その時、いろんなことが頭をよぎった。原因が分からなかったので入院期間は明確にされなかった。私がもし非正規労働者で零細企業で働いていたら、いつ治るのかわからず復帰目処も立たなかったら解雇されるかもしれないし、他の社員に迷惑をかけないために退職をするかもしれない。入院費用や検査もいくらかかるのかわからない。経済的なことを考えたら入院なんてできないんだろうなあと考えた。非正規労働は、「仕事」ということだけでなく、生活のすべて、命の重さも「非正規」なんだということを再確認した。
 退院するときも、私の病気の原因は特定できなかったが、たぶん過労だと思う。少し無理をしていると思っていたが、組織拡大しなければと相談を受け続けた。なかなか話が進まない分会もあり、精神的にも追い込まれていた。そのことに気づかないふりをして、突き進んだ結果だろう。
 私が担当していた交渉も相談もすべて止めてしまったが、ユニオンは三役を中心に事務所の留守番体制をつくり、文書の作成や発送をやってくれた。会報は、これまで「できない」と思い込んでいた教宣委員会のメンバーが作り発送できた。
 「ピンチをチャンスに変える」―。私が休んだ穴は大きかったかもしれないが、三役を中心に執行委員は貴重な経験をしたと思う。委員長の「電話で相談を受ける恐怖が軽減された」という言葉が象徴している。「喉元過ぎれば熱さ忘れる」ということがないように、事務所の体制と組織の土台強化が次年度の目標だ。
木村文貴子(神戸ワーカーズユニオン書記長)