「新社会兵庫」4月23日号
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怒れ!巨人ファン!長島、松井といえば、大切な宝だろう。その宝が政権浮揚のインチキ手品のタネとして国民栄誉賞というカラクリ箱に入れられた▼その賞にふさわしくないというのではない。誠意ある表彰ならば、選ぶべき時宜があろう。安倍首相、図にのって政権アクセルを踏み込んだつもりか。インフレターゲット実現に先駆け、国民栄誉賞のインフレ化か▼裏の入れ知恵があったか。浮かぶのはY新聞グループのW法皇。60年安保の大衆運動で安倍の祖父・岸が窮地に追い込まれていた時、Wは新聞記者でありながら官邸に籠り、乱発される政府文書の下書きをしていた。「ウチの長島と松井を使えよ」と言いながら安倍に注ぐ眼差しは、孫を見るようであったろう▼60年といえば、先頃国民栄誉賞を贈られた大鵬とともに、長島は上り坂の人気であった。安保に関する有名人アンケートで大鵬は「分からない」と答えたが、長島は「社会主義になると野球ができなくなる、安保賛成」と答えた。これは流行語になった▼引退後、彼は中国とキューバを訪れ、野球の指導をした。「中国とキューバは社会主義だったの?」と言ったかどうかは知らないが、本能と衝動のプレーヤーらしい選択だった。

- 憲法理念生かす運動を強めよう 5.3憲法集会に参加を
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憲法66年 改めて憲法闘争の強化を
日本国憲法は1947年5月3日、平和主義、基本的人権の尊重、主権在民を3大原則として施行された。戦後の日本は、平和を求める人々の不断の努力によって、戦前のような相次ぐ戦争という事態には至らなかったものの、平和憲法の理念は実現できず、空洞化され続けてきた。強引な憲法の拡大解釈のもとで、自衛隊は肥大化し、日米安保条約は強化され、いまや日本は世界有数の軍事力を持ち、また、米軍基地とあわせて世界最大・最強の基地群が築かれている。さらに、日本の戦争・戦後責任の課題は、戦後68年を迎えたいまも果たされずに山積したままである。
しかも、昨年12月の総選挙の結果は、自民党、日本維新の会など改憲勢力の大幅な国会進出を許し、憲法9条改正に72%、集団的自衛権行使の容認に78%の議員が賛成する事態となった。再び首相の座についた安倍晋三は、今年7月の参院選で改憲発議に必要な「3分の2」勢力を確保する姿勢を打ち出している。
憲法施行66年を迎え、改めて憲法闘争の強化を地域・職場から担っていくことが問われている。
直面する憲法の危機
自民圧勝の総選挙結果は、改憲への動きを日ごとに加速させている。加えて、同じく改憲を主張する日本維新の会の勢力拡大もそれを後押し、並進することになる。
自民党をはじめとする改憲論は、「憲法とは、国家権力を制限し、もって人権の保障をめざすものである」という「立憲主義」を根本から否定をしている。自民党の改憲案は、主権者たる国民の権利抑制を基本につくられており、公務員の政治活動や在日外国人の参政権などの否定、国民の憲法遵守義務の創設のほか、国旗・国歌を憲法に規定し、その尊重義務を国民に課している。また、安倍首相が主張する教育改革は、改憲案に頻出する「公益及び公の秩序」を重視し、個人の権利を抑制する国家主義そのものと言える。
本来、日本国憲法の理念の実現こそ、日本の政治家が果たすべき使命であり、そのことが多大な被害を与えた近隣諸国や、戦争の惨禍の中で亡くなった多くの人たちへの責任である。
憲法を生かした本当の復興を
昨年3月11日に発生した東日本大震災から2年が経過したが、未だ復興への道のりは遠い。また、福島原発事故の収束も未だできず、放射能汚染問題はますます広がりを見せている。
私たちは、福島原発事故以来、原発社会からの脱却を求める全国のひとたちとともに行動を進めてきた。しかし、すでに福島の子どもたちに、甲状腺の異常が発見されるなど、危惧してきた事態が現実のものとして現れはじめている。福島の大惨事の反省もなく、被災した人びとを放棄して、活断層だらけの日本列島に原発を増設・稼働させようとする安倍政権の行為を到底許すことはできない。
私たちは、まさしく憲法理念を実現していくことこそ、被災地及び被災者の本当の復興につながっていくことを発信していかなければならない。
5・3兵庫憲法集会に積極的な参加を
改憲勢力の狙いは、集団的自衛権行使の主張に見られるように憲法9条であり、天皇の君主化や「公益及び公の秩序」による人権の制限などにある。いま日本社会に必要なのは、「平和」や「基本的人権の尊重」を基本にした幸福を追求する憲法の理念を実現することである。
改めて、憲法とは何か、改憲勢力の意図するものは何か、改憲によって社会のあり方や生活はどう変わるのかなど様々な視点から憲法闘争を闘うことが問われている。まさに憲法の精神を生かす社会を私たち自身の手によって作りあげていく努力を進めていこう。
5月3日、神戸市勤労会館・大ホールで開かれる、「憲法ひょうご」主催の「憲法66年 5・3兵庫憲法集会―戦争しないふつうのくに≠―」では山口大学副学長である纐纈厚さんが記念講演「安部政権下の『壊憲』の動き(仮題)」を行う。県下各地から積極的な参加を。
森 哲二(平和運動研究会)
- 転勤してもうすぐ1年半
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自転車5分の通勤から電車通勤になった。折角なので最近は30分歩いて10分体操してから仕事に就く。幸い仕事は徐々に慣れた。ただ人間関係はまだ…。
悲しいことに連続休暇が取りづらい。転勤2週間後に旅行で9日間休んだら、私の仕事をカバーしてくれる同僚の女性から、今度からこの時期ははずすようにと言われた。その後も5日とか3日とか休んで出勤すると、「休むのは良いけど引き継ぎをちゃんとしといてもらわないと」「体制を作ってから休んでください」など言われた。休暇前にはできることを精一杯しているし、もしトラブルがあったら上司がその都度対応すればよいことだ。
とはいえなるべく文句が出ないように神経を使っている。そして休暇後出勤するのがいつも恐ろしい。
隣の席の女性は私の「独り言」が気になると言う。つい出てしまうと彼女の口に人差し指をたてて「しっ!」とやられる。
もんもんとしながら同僚の女性に相談したら、「あなたは周りが見えなくなる人ですね。」と言われ絶句して、意味がわからないままもっと落ち込んだ。
転勤後10カ月目、人間ドック胃カメラで潰瘍跡があると指摘を受ける。そういえば、2カ月目の年末年始休暇に入るなり胃腸が働かなくって、食べるたびに下痢を繰り返し3日間寝込んだ。春頃には胃が痛くて眠れないことがあった。
他にも前任者の仕事を踏襲した形なのに、アルバイトの女性3人が立て続けに私の点検立会の仕事を拒否してきたことも。
別の女性からは、一度のコピーの量が多いとか、現金管理機の硬貨箱の扱いが荒くてうるさいと細かく注意を受けたっけ。
謝罪するべきところはしながら、指摘は気をつけながら、何か私に問題がある?と自問。
男性でいえば、転勤直後にグループ会社の人からいきなりこっぴどく怒鳴られ説教された。彼の職場の女性によると「別件で怒りスイッチON」のタイミングだったらしい。
他課の課長にも「お前」呼ばわりでまともな応対をしてもらえなかった。前の職場では組合執行委員をしていたから経験しなかったのかと納得したものの、女だからとなめているぞ!その課の女性は「彼は酸欠状態」という。イラついている人が多すぎる。
一応私の課長に「ドックで潰瘍跡があった。」と報告した。案の定「できた潰瘍も治る良い職場や。」とかえってきた。潰瘍できる職場を何とかしろと即座に切り返すべきだった。
いろいろあるけどめげずにあと13年程働くつもりです。
(M)
- 滋賀支部の労働相談会はユニオン運動の原型
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武庫川ユニオンが、滋賀で毎月学習会と労働相談会を始めた2006年8月にさかのぼる。当時ダイハツの構内請負会社マブチでユニオンを結成し、月1回の分会会議を兼ねて始めた。
最も活況を呈したのは、リーマンショックから一斉に派遣切りの嵐が吹き荒れた、2008年秋から2009年春にかけてであった。月1回の相談会では間に合わず、度々滋賀に通うことになったのだが、相談会には50人以上が毎回集い、相談を聞くだけでも大混乱であった。95年の阪神大震災後の被災労働者ユニオンの闘いを思い出した。
その後、落ち着きを取り戻していたが、滋賀支部の書記長を担う組合員のがんばりもあり、現在も毎月1回の学習会と相談会を継続開催している。参加者は20人から25人程度、必ず新加入組合員が誕生し闘いが始まる。もちろん組合員の定着が良いわけではないが、とにかく毎月1回日曜日に労働組合に集う意味は大きい。
滋賀支部はブラジル人労働者たちが中心だが、権利侵害を受けているのは外国人労働者だけではない。日本人の若者の過半数は非正規労働者であり、有給休暇や残業手当の支払いなど労働基準法が問題となる職場環境にある。
滋賀支部のブラジル人労働者たちのように日本の若者たちが、集い、学び、交流し合おうとする日が必ずやってくると思っている。職場で団結することは容易ではないが、地域で団結を深め合うことは可能だ。そうした地域的な結びつきが全国的に広がる程度に応じて、ユニオン運動の前進を展望できるのでないかと思う。
私も還暦を迎える。運動の前進は期待通りには進まず、労働運動総体の力量低下はまだ止まらない。口惜しくもあるがまだ諦めてはいない。前進する芽をみんなで広げてきたのだから。
小西純一郎(武庫川ユニオン)
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