「新社会兵庫」 2月26日号
 総選挙から2カ月。自民党の政権復帰は小選挙区制度の賜物だった。比例では前回より200万票以上減らしながら小選挙区の得票率43%が選挙区全議席の79%を自民党にもたらし、安倍政権が発足した。「アベノミクス」はまだ綻びは目立たず、内閣支持率は維持できているようだ▼それにしても小選挙区制というのは民意とかけ離れた政権を用意する。小選挙区制の導入は、もともと93、94年の政治改革騒動の結果だった。その騒動のもう一つの結果、政党助成金制度はどうだ。選挙で議席数が変わって各党が受け取る助成金も金額が変わる。13年度の見込みでは、最大の自民党が145億円余。最小1億円余の党まで共産党を除く10政党が受け取る。社民党も減ったとはいえ5億円余。総額は320億円で、共産党は拒否してもその金額分も10党が分け合う▼この分け前を狙って今回の選挙のようになんとも理解しがたい政党の離合集散が繰り返される。要するに94年の政治改革は「政治の安定」に何も寄与していない。逆に民意を大きく裏切り続けた▼選挙制度も、政党助成金制度も、変えなければならない。廃止が必要だ。だが、そのための力は現行選挙制度も含めた運動でつくっていくしかない。
非常に脆弱な労働監督行政
労働者2万人に対して1人の監督官
 この社会は「働く」ことによって成り立っている。そして現代社会では、その多くが事業所に雇用されて働いている。経済的に弱い立場にある労働者を保護するために、日本社会は2つのしくみを設けてきた。1つは労働条件の最低基準を国家によって規制すること、他の1つは労働者が労働組合を組織することによって労使対等の立場をつくって集団的に規制することである。
 この仕組みはいまも機能しているか。
 年末に厚労省が昨年6月時点の労働組合推定組織率を発表したが17・9%、過去最低を記録した。労働組合の影響力は落ちるばかりであり、それだけ経営者の横暴が広がっている。労働相談を受け、企業と交渉して痛感させられるのは、最低基準であるはずの労働基準法がいまや最高基準であるかのように扱われていることである。
 17・9%と言っても、労働組合に加入している多くは大企業・公務員の労働者であり、事業所規模100人未満では1%に過ぎない。中小・零細企業では100人に1人しか自ら使用者を規制する手段を持たないのであり、法違反は後を絶たない。企業はコンプライアンス(法令遵守)などと声高に叫ぶが、日本経営者団体連合会会長(当時)のキャノンの御手洗冨士夫は、自社の偽装請負が告発されたのに対し、「法律が悪い」、「法律を改正すべきだ」と発言してはばからなかった。労働法規違反は犯罪であるが、かように経営者に犯罪意識は乏しく、やり得の現状がある。
 労基法を守らせ、違反を取り締まるのが労働基準監督署である。2010年度末の労災保険適用事業場は262万余か所、適用労働者数は5248万余人となっている。ところが、これらの事業場を監督する労働基準監督署は全国に321署、そこに配置されている労働基準監督官はわずかに2474人である。兵庫県では11署、78人に過ぎない。労働者2万人に対して現場の監督官は1人にも満たないことになり、すべの事業所を一巡するのに25年程度を要する計算となる。
 財界と自民党の政治は「小さな政府」を標榜して公務員の削減を続けてきた。特に地方労働行政職員の定員は年々削減されており、深刻な雇用失業情勢や労働者の労働条件確保、安全衛生対策、セクハラ・パワハラ等の相談対応、迅速な被災者に対する労災給付などを行う体制は貧弱で、労働者の安全と安心がないがしろにされている。
 スピード違反や駐車違反は、その事実があれば罰金が課せられるが、最低賃金違反や残業不払いなどは、労基署の指導を受けて是正すれば、よほど悪質でない限り経営者の犯罪は許される。
 このような現状だから、労働相談に訪れる労働者が「労基署は労働者の権利を守ってくれるところだと思ってたが違った」と不満・怒りを訴えることが少なくない。とりわけ労働組合を持たない労働者にとっては、労基署や職安が権利を守ってくれるセーフティネットなのである。
 3年前から県下の統一行動として、県内の全労働基準監督署に対して毎年申し入れを行い、交渉をするようになった。労働行政を労働者・労働組合の立場から点検・監視し、問題となる対応があれば、交渉で取り上げ、必要な場合は、上部機関である兵庫労働局、厚労省との交渉で問題にしようということである。労基署交渉の結果を基に、公共職業安定所(ハローワーク)に対する要望も加えて兵庫労働局と交渉し、ユニオンが参加するコミュニティ・ユニオン全国ネットワークによる厚労省交渉に兵庫の取り組みを繋げている。
 労働基準法の第1条は、「労働条件の原則」を、@労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならないとし、Aこの法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならない、としている。労働関係の当事者とは、労働者と使用者である。労働条件の向上を求める労働組合の活動は法律を守る行為であるにもかかわらず、ややもすれば非難され、逆に、法律を犯す経営者の行為が免罪される社会とは何なのか。
 労働監督行政の脆弱さは、日本の政治がいかに労働者を軽視しているかを露わにするものだが、私たちは、いま一度、労働組合「力」を職場、地域で発揮して、労働基準法を名実ともに最低基準にし、誰もが安全、安心に働けるようにしていかなければならない。
黒崎隆雄(神戸ワーカーズユニオン執行委員)
自然と暮らす 10月-2月
 前回(12年10月23日号)「おんなの目」に、山と森の町に転居しての感想を「自然と暮らす 4月―9月」で書かせてもらった。その後の季節の移り変わりと暮らしをまとめてみた。
 10月―秋の田舎を彩るのは柿の木だ。柿の木は普段は目につかないが、色付き始めると堂々たる存在感だ。北海道出身の友人が、あちらこちらに柿がなっている光景を見て、「外国の沿道で、たくさんの房をつけたバナナの木を見たときと同じくらい感動した」と言っていた。柿は、私が子どもの頃の大切なおやつだった。風情も味も郷愁が詰まっている。ある日散歩していると、突然、柿が飛んできた。その方向を見上げると柿の木に猿が1匹。おいしい時間を邪魔されて怒って投げつけてきたようだ。猿も柿は好物なのだ。
 11月― 我が家から10数キロ先にススキで有名な砥峰高原がある。夏休みに千葉から来た孫が、JR寺前駅から3・5キロの我が家まで車に同乗し、「誰も見かけなかったね。車も1台もすれ違わなかったね」と真顔で言った。だが、10月、11月、特に休日には観光バスに乗用車、バイクがひっきりなしに通過する。たくさんの人に砥峰の雄大な自然に接してほしいと思う。しかし観光客が増えても、地元にはし尿とゴミ処理、沿道にはポイ捨て空き缶が残り、お金は少ししか落ちない現状もあるようだ。
 12月―用水路に沿って2キロほど先の市川の水源まで遡ってみた。市川に堰を造り、用水路に水を引き込み、田に水を入れる。大昔から知恵と労力を出して造り上げてきた堰や用水路は、稲を実らせ人々の命をつないできた。積み上げられた石や水垢がついたコンクリートにも歴史を感じ、愛おしいものに思える。近年、この田畑の担い手が少なくなり、営農組合など地域の力によって維持されているのだそうだ。
 1月―雪が降った朝の辺り一面の雪景色は確かに美しい。が、生活をするとなると大変だ。留守中にかなりの雪が降り、夜遅く駅に降り立つと一面の銀世界。雪道を必死で運転して帰ると、義母が県道から車庫まで雪を除けてくれていた。おかげで車庫に入ることができた。雪が降る地域で暮らすには、「雪かき―県道への道の確保は、ねばならない仕事なのだ」と、思い知った。高校生のころ、郷里の新潟で朝、積雪があると、実母がかんじきを履いて県道まで道をつけてくれたのを思い出した。
 2月―寒さは厳しいが、日が長くなり、日差しも明るくなってきた。梅の枝がつんと天を向き、つぼみを膨らませている。杉林が深い緑色から重たげな黄土色に変わってきた。「ハクションの正体見たり杉の花」。今年はスギ花粉が多そうだ。春はもう始まっている。
(F)
ユニオン運動と単組の労働運動の融合
 はりまユニオンでは以前に加古川サンエス有限会社(以下S社)の労働者を守るたたかいに取り組んだ。加古川市から長年にわたり随意契約でごみ収集業務の委託を受けてきたS社は入札にさらされることになり、結局、他社にごみ収集業務を取られてしまった。S社が当該業務以外にも手広く会社運営をしていれば他分野へ社員を振り向けることができたのだろうが、社員は全員解雇という羽目になってしまった。いくらS社を追及しても無い袖は振れないので歯がゆい思いをしたものである。
 私は、はりまユニオンで副委員長をしながら役場の生活環境課でごみ行政に携わっている。今はごみ収集業務や清掃センターの運営に関して入札は行われていないが、いつその流れか変わるやもしれない。その時に、S社のようにならないかと心配している。 なんでもかんでも安ければ良いという流れを断ち切らないと時給800円、年間労働時間2千時間で年収200万円未満の労働者がつくり出され続ける。
 その流れを食い止めるのが公契約条例をはじめとする施策であるが、それ以上に、今の労働組合を強化しないとなかなか困難である。いま、単組の執行委員会で「団結集会に参加しましょう」「ユニオンの学習会に参加しましょう」と呼びかけてもなかなか「よし、行こう!」という雰囲気にはならない。単組の中でも正規と非正規に分断され、正規同士もできるやつ、できないやつという対立が生まれており、なかなか労働組合に結集することが難しい時代に突入している。
 そのような情勢でも、単組の労働運動と地域の課題を抱えるユニオン運動を融合しないと世の中はなかなか変わらない。難しい時代だが、コツコツ続けていくしかないと考えている。
北川寿一(はりまユニオン副委員長)