「新社会兵庫」 10月9日号
 「もしもし、いまメールしたけど、明日3時駅前ね」「お母さん、電話してきたんじゃメールする意味ないじゃない」「でも電話しないと安心できないのよ」。母娘の電話会話がCMで流れている▼電報を連絡手段に使っていた世代にはメールは電報を彷彿させる。当時、「電話は短く、電報は長く」と教えられた。節約のため字数を少なくした電報はわかり難いし、誤解も生む。電話では顔は見えないが、「お身体の方はどう」等の挨拶が用件の間に入り込む。冗漫にはなるが気持が通う▼電車でも多くがメールだ。一昔前、日本人は電車の中で読書しているか、居眠りしているといわれたが、いまはメールだ。官庁統計でも、メールによって日本人のコミュニケーションは増えているという。面談や会話は苦手だが、メールなら意思疎通が可能という人も増えているという▼ムダと思えるかも知れないが、心の通わせ合いという潤滑油は必要だろう。それが乾いていないだろうか。大きく膨らんだコミュニケーションの中には乾いた空洞ができていないだろうか▼メールも結構だが、ムダ話と思われる心の触れ合い、通い合いは必要だ。電話しないと安心できないのよ、という声を聞く人間関係もいいものだ。
「3・11」後に生きること
 東日本大震災は、日本列島が大地震をくり返しながらつくられた国土であることをあらためて実感した。老朽化した東京電力福島第一原発は、地震・津波の力に耐えきれず壊れてしまった。原子力発電所は核エネルギーを使って膨大な熱量とともに放射性物質も放出する。日常的には「安全?」とされていたが、事故後の放射性物質の放出が莫大な量であることが想像でき、大変なことになったことだけは理解できた。
 1986年のチェルノブイリ原発事故は、とてもショックだった。その前年に産まれた0歳児の親として漠然とした未来への不安を感じ、大人として何ができるか深刻に考えた。
 私が中学生の時、「どうして日本は戦争をしたのか」という私の問いに母は「あの時代はしょうがなかったのだよ。終戦までは軍国少女だった」と答え、「負けた後にはどう感じたの」と尋ねると、母は「騙されたと思った」と言ったことが心の奥に淀んでいた。学生時代に『東京に原発を』という本を読み、原発の抱える不安が、チェルノブイリ事故で甦った。その後、友人たちと原発についての勉強を始め、知れば知るほど原発の持つ闇のようなものを感じた。しかし、阪神・淡路大震災後は原発への問題意識が薄れていた。それ故、3・11以後の衝撃で私の中はしばらく思考停止状態だった。自分に何ができるのか、あまりに無力であることが悲しかった。
 実際に起きてしまった原発事故。大地や森林、海域に生息するすべての動植物が放射性物質の汚染の影響を受けること。その原因を「ヒト」がつくってしまったことを受け容れてこれからは生きていくのだと、私が現実を自覚できるまでに半年かかった。
 東日本大震災による原発事故後の福島県の大気中の放射線量は、他地域の十倍以上の値が続いている。成長期にある子どもたちが受けている被ばくの影響は、汚染の少ない環境に長期の保養をすることで、体内にたまった放射性物質を排出したり、免疫力を高めることに有効であることがチェルノブイリの経験から知られている。外で遊ぶことが制限されている福島の子どもたちに、関西方面で過ごしてもらう保養キャンプの取り組みをしている団体があり、今夏も微力ながらの手伝いをした。活動を通してフクシマ≠身近に感じ、フクシマ≠忘れないこと。原発再稼働はあってはならない。原発は廃炉になっても使用済核燃料の冷却が半永久的に続くのだ。
 脱原発社会に向けて声を上げ、これ以上の負債を子どもたち次世代へ残さないことが、私たちの大人の責任だということを肝に銘じている。
(T.T)
出向先で安全配慮義務違反・パワハラ
 ユニオンに寄せられる相談は解雇、賃下げ、そしてパワハラなど様々だが、会社の理不尽な仕打ちでメンタル障害になっている人が多い。
 そして、問題が解決しても働きつづけられない、職場に復帰できても、職場でのケアがない中で、病状を悪化させ退職せざるを得なくなるケースも多い。メンタル障害者の職場復帰後の取り組みが進んでいないのが現状である。
 そんななか、近畿菱重興産に勤務するNさんが、会社の安全配慮義務違反と上司のパワハラによってメンタル障害の病状が悪化したと、7月4日、損害賠償を求めて神戸地裁に告訴をした。
 そして、それと並行して「職場の改善」を求めて近畿菱重興産と団体交渉を進めている。
 Nさんは三菱重工神戸造船所に勤務していた2004年7月、会社の監理技術者資格の不正取得を内部告発した。そうすると村八分にされ、メンタル障害を発症し、労災認定された。
 2007年6月、三菱重工神戸造船所から子会社の近畿菱重興産へ出向になったが、上司から態度がふてぶてしいと罵声を浴びせられるなどパワハラを繰り返し受け続けてきた。Nさんは会社に職場を変えてほしいということも含め、何度も改善を求めたが、会社は何の改善も配慮もしなかった。その結果、メンタル障害の症状はますます悪化してきている。
 メンタル障害で苦しんでいる者に対し、病状回復に向けてきちんとした対応をしないどころか、傷口を拡大するような仕打ちを続けるひどい会社を許しておけないと、職場に踏みとどまりながら、裁判闘争に踏み込んだ。
 このたたかいが少しでも、会社のメンタル障害者に対するケアの改善につながっていけばと願っている。
塩谷 明(はりまユニオン書記長)