「新社会兵庫」 3月27日号
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- 被災地のがれき処理の受け入れが進まない状況について、橋下大阪市長は「みんなで負担しなければならないところは負担するという当たり前の話が憲法9条の精神で吹っ飛んでしまっている」と指摘、憲法9条に刃を向けた。どんな問題でも単純化させて選択を迫る政治手法が彼の常とう手段だが、意識的にだとしてもこの短絡ぶりにはあきれるしかない▼西がこの調子なら、東の石原東京都知事も「憲法改正などという迂遠な策ではなく、内閣が憲法の破棄を宣言して即座に新しい憲法を作成したらいい。破棄は指導者の決断で決まる」とぶち上げた▼そろいもそろってだが、こうした妄言の類いを敢えて発することで閉塞状況にあえぐ人々の関心、期待感を引き付けようとしているかのようだ。自民党がこのほど発表した改憲原案も復古調が露骨だ▼こうした「空気」が生まれる精神的土壌がつくられてきたのか、逆に彼らの発言が反映しているのか、読売新聞の最新の世論調査結果(3月18日発表)では、改憲賛成派が54%と、昨年9月の前回調査から11%増えたとされている▼改憲の危機が再び大きくなっていると言える。いま、あらためて民主主義、憲法を考えてみる時期ではないだろうか。
- 改正入管法
非正規滞在者を日本社会から構造的に締め出し -
兵庫県で外国人登録している人が約10万人いる(2010年12月現在)。神戸市では約4万4千人だ。学校で本名を名乗って通学している児童生徒が、小学校24.2%、中学校20.2%、高校等23.3%と、以前に比べ少しは増えてきている。しかし、韓国・朝鮮籍の児童生徒が減ってきている。ニューカマーと呼ばれる新渡日外国人が増えてきている結果だといわれている。
日本社会では、戦前の韓国併合後の創氏改名以後、日本名を強要し、異文化や外国人を受け入れない差別的な状態が長く続いてきた。戦後も大きくは変わらなかった。本名(民族名)を名乗るのが難しかった。それが、「共生社会」「韓流ブーム」といわれる中で少しでもましになってきたかな、これから変わるかな、と感じてきた。10数年前から本名で来る在日の人たちが増え、中国籍の人だけでなく日本人すらが、「中華同文に行くほうがカッコいい」と動き出したりしていた。
ところが今年、中国籍の子が日本の学校に来る、それも日本名で、という。両親と話すと、「ずっと日本で暮らそうかと思う。仕事のことを考えると日本国籍を取ろうかと考えている。日本名でいきたい」と言われる。ダブル(どちらかの親が日本人)の子達も日本名でやってくる。学校でもうっかり見過ごしそうになるが、改めて、日本の社会は、と考えさせられてしまう。外国人差別はなくなっていないし、「在特会」「維新の会」の差別的な言動は罰せられることもなく広がっている。生活の厳しさが外国人攻撃に向きがちである。
外国人が日本の社会で生活し仕事をしていくためには、生活する言語として日本語の習得が不可欠である。しかし、ニューカマーの人々への日本語獲得の保障は外国に比べ、きわめて不十分だ。多くはボランティア頼みである。また、実際に教育を受け、自分自身のアイデンティティを獲得していくためには母国語での教育も不可欠である。朝鮮学校や中華同文、ブラジル人の学校など私学以上にもっと優遇されてもよい。が、全く支援の手は不十分だ。神戸でも、コリアン保護者の会の方々の努力で蓮池小学校やだいち小学校に土曜日に子どもたちの集まりが作られたり、外国人支援センターの中にベトナム語などの学習の場の灯がともされてきたに過ぎない。
そしてさらに今回、今年の7月9日施行という形で入管法の改正が飛び込んできた。1954年から80年までに外国人登録証切り替え不申請(ほとんどが過失による申請遅延なのに)と告発され、検察に送致された在日韓国・朝鮮人は年平均5127人、警官の街頭での尋問によって「外登証不携帯」として送致された数も年平均3242人にもなっていた。2000年4月に「外登法」の指紋押捺制度がなくなり、いくらか緩和されてきたのかと思っていたのに、この数年来の入国に際しての写真撮影に続く改正である。その延長線上に、在留外国人の動向を監視し刑事罰で脅す(国外退去)というひどい法律である。政府は09年7月に外国人登録法を廃止し、出入国管理及び難民認定法を改定し、「改定」入管法、入管特例法、住民基本台帳法を国会で成立させた。90年代から増えてきた在日外国人が05年には200万人を超えた中で、政府が在日外国人の在留管理、情報収集、管理、利用をより厳密に行いたいと考えてきたための改定である。「外国人登録証はなくなる」と一歩前進のような報道もされた。しかし、特別永住者(在日韓国・朝鮮人、台湾人)には市区町村で「特別永住者証明書」を交付し「外国人住民票」を作成する。中長期在留者(永住者、配偶者など)には地方入管局で「在留カード」を交付し、「外国人住民票」を作成する。しかし、非正規滞在者(超過滞在者・自力入国者など)はおよそ7万人を超えるといわれている。観光や親族訪問、留学などで在日し、在留期間を超えて滞在を続けたために在留資格を失った外国人や難民申請中の外国人などである。しかし、何らかの犯罪行為を行ったわけではない。今回から「在留カード」は交付しない。「住民票」は作成されないか、削除される。公的に外国人個人を証明するものはなく、働くことも生活することもできなくされる。子どもたちが学校に来ることも保障されず、知らずに雇用した雇用主は罰せられる。結局は非正規滞在者を日本社会から構造的に締め出し、見えなくしようとしている。
本来、地域社会における「共生」には国籍の有無も在留資格も関係はない。日本の民主主義が、社会正義が問われている。私たちは法改正の要求とともに具体的な場面での生きる権利を要求していかなければならない。
大城 素子(教育労働運動研究会)
- 放っておけない「タイプ」
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「いっしょにおると元気が出るわ〜」とよく言われる。それは私にとっては何よりうれしい言葉だ。ほめられて(?)うれしいというよりは、そばにいる人がちょっと元気になったり、笑顔が増えたり、ちょっと肩の力が抜けたりして、幸せにちょっぴり近づくのが「好き」なんだと思う。逆に言うと、人が悲しんでいる顔や苦しそうな姿、困っている様子を見るのはなかなか耐えがたい。放っておけない。ただ、そんな「タイプ」なんだと思う。
ある木曜日、職場の後輩が悲壮な顔をごまかしつつ私の席にやってきた。こりゃいかんと思い、少しみんなから離れたところで話を聞くと、頭のいい彼は話の概要をかいつまんで私に伝えつつ、「近日中に話を聞いて欲しい」と言う。彼は若いときから苦労人で、親孝行で、とってもいい奴だ。
あまりに血相を変えてきたものだから私の上司が「○○君どうしたん? 何かあったの?」と心配していたが、「あ、大丈夫です。ちょっと話があっただけで。息子みたいなもんですからね〜」と私。「ほんまや。親子みたいやね〜」と上司。これこれ、15くらいしか離れてないぞと思いつつ(ま、いっか)。
週明けにお茶をしながら彼の話を聞いた。彼いわく、たいへんな過去を乗り越えたつもりだったのに、またたいへんなことが起こってしまった。本当は乗り越えてなかったのかと、想像もしなかった心の蓋が空いてしまった。自分ががんばったらなんとかなることなら全くそうは思わないけれど、そうでないだけに、「やっぱり俺は幸せにはなれないのかな」と思ってしまったそうだ。それで本当に筒一杯の心境だったので、メールじゃなくて、その時直接聞いてもらわないことにはもたないと思ったのがその木曜日だったそうだ。
そうかもな、そうだよな、と思った。
「結局、この4日間、いろいろ自分で考えて自分で動きまして、結論から言うと、ひとつには結婚することにしました。あ、オカンにもまだ言ってないです。心配かけて本当にすみません」と彼。私は大笑いしながら、「オカンより先はすごいな。4日間むっちゃ心配したけど、そんなんええよ」。さらに、アドバイスなんておこがましいので「今、例えば何も起きてなくても、人生どうせ、むっちゃいろいろ起きるはずやから、いっしょやで。幸せになれる、なれる〜」。軽〜っ!! さらに、「子どもの時の苦労や寂しい思いは、しないにこしたことはないけど、してしまったものはしゃあないやんなあ(自分のことも思い出しつつ)。10年20年経ったら、苦労した分、なんか得てるものもある気もするしな〜。とにかくよかった。よかった」と、これまた軽い私。結果オーライ。とにかく彼が元気になったのがうれしかった。
帰り道、「自分ががんばったらなんとかなることとそうでないことか……」―彼の言葉を振り返りながら、彼を苦しめてた過去の苦労も、いや、多くの人を苦しめてる苦労も、残念ながら大半は社会のせいやんな、とくに貧困や失業はそうやんな、と思いを馳せた。苦労人って、深く深く話ができて、喜びも分かち合える仲間、活動家の卵でもあるなとも思った。
みんなが普通に幸せになれたら私はもっと幸せになれそうだ。
(M)
- 雇い止め撤回させ正社員化実現
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尼崎市の誘致で17年前に設立された学校法人重里学園が経営する環境学園専門学校は昨年末、2人の専任講師に対し2012年3月末での雇い止めを通告した。説明を求めた専任講師に、学園側は「解雇ではなく1年契約の終了です」と説明した。
雇い止めを通告された専任講師と雇用に不安を感じた3人は武庫川ユニオンに加入し、2012年1月5日、学園側に雇い止めの撤回を求めて団体交渉を申し入れた。その1週間後、まだ解雇を通告されていなかったもう1人の組合員にも雇い止めが通告された。
団体交渉での学園側の主張は、1年の有期雇用契約であり、法的になんら問題はないというものであった。しかし、彼らや彼女らは、面接時や契約時に、期限の定めのない正規職であると説明されていた。確かに1年の契約書にサインはしていたが、質問すると、「単なる形式である」と回答されていたのである。
私たちは団体交渉で、「1年の雇用契約を交わしていても、単なる形式であった以上、解雇であり、しかも正当な解雇理由がない。さらに、3人目に対する解雇通知はユニオン加入後であり、不当労働行為である」と追及した。3回目の団体交渉で学園側は自らの非を認め、解雇の撤回と4月以降の正社員としての雇用の継続を約束した。裁判によらず、話し合いでの解決となった。
いま、国会に有期雇用労働法制が労働契約法の改正として提案されている。内容は極めて不十分で、有期契約の上限を5年と規制するというものである。
私たちは、有期契約そのものを規制し、今回のような雇い止めという解雇をなくすことが必要だと考えている。
しかし、基本は今回のケースのように労働組合での闘いを通して不当な解雇を撤回させうるということを知ることを広げることだと考える。
小西純一郎(武庫川ユニオン書記長)
- あるゆうメイトさんの憂鬱
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「もう辞めよっかな。夢、無いし……」。
2012年1月17日、日本郵便非正規社員の正社員登用試験の不合格通知を見せながら、あるゆうメイトさんが私にこう言いました。
言われた私が彼に返す言葉はありません。
「辞めるにしても、次のいい働くとこを見付けてからにしろよ……」。
こんな安っぽい、気休めにもならない言葉を返すことで精一杯でした。
気が付けば、生まれた家から始まっていた人生のレースに勝てず、何も持たない者に、いい働くところなんて無い。分かっていて無責任な言葉を吐いた自分を恥じました。
私は32歳。偶然にも、なぜか数年前から正社員として日本郵便で働いています。けれど、私もそれ以前に約7年間、ゆうメイトとして働いていたから、彼の気持ちがなんとなく分かります。
彼は私と同世代。親や先生に、「頑張って勉強して、普通に成績をとっていたら大人になった時、普通の生活ができる。もっといい生活がしたかったらもっと頑張って勉強しなさい」と育てられた世代です。
そして、その言葉に裏切られた世代です。けれど、裏切られたと言えず、自分の頑張りが足りなかったのかもしれないと、自分を責めている世代です。なにも社長になって大儲けしたいなんて思っていません。ただ、自分たちの親たちのように、普通に結婚して、子どもを授かって、普通の生活がしたいだけなのに……。それが難しい。
今回の正社員登用試験は、今からおよそ3年前、亀井郵政担当大臣(当時)の「郵政で働く20万人の非正規社員の10万人を3年間で正社員化する」という発言をきっかけに始まったものです。
私たちの世代は裏切られることに慣れています。だけど、期待しました。彼も3年以内に念願の正社員になって、夢に見た普通の生活ができると期待しました。だから、新手の貧困ビジネスにも見える「営業」も頑張りました。
ところが、その試験の1年目の昨年、正社員に登用されたのは全国でたったの8千人。どう考えても3年間で10万人にはならないと感じていました。でも、期待して藁にもすがる思いで今年も受験しましたが不合格でした。おそらく、今年は昨年よりさらに合格率が低いようです。やっぱりまた裏切られました。
増えることのない年収が300万円に届かない程度のまま10年近くゆうメイトを続けています。友達の中には、いい会社に入って、結婚して、子どもを授かって幸せな生活を送っている人もいます。うらやましいと思い自分の将来に不安を抱いて焦る一方、ゆうメイトよりさらに安い給料でこき使われてへとへとになっている友達や、いまだに働くところがない友達のほうがたくさんいます。だから、わかっています。簡単にゆうメイトを辞めることができないことを。
隣で同じ仕事をしている正社員がうらやましい。ボーナスが減ったと騒ぐ正社員を見るとイライラします。俺のほうがあの正社員のおっさんより仕事できるのに……。勧奨退職する正社員を見ると、途中で辞めるくらいなら正社員の椅子を俺にくれと真剣に思います。偉そうに言うだけの管理職を見るとキレそうになります。10年近くもゆうメイトとして働いているのに、隣にいる正社員に「バイトのくせに」と言われたときは、本当に殴りそうになりました。
でも、簡単に怒りは表わせません。なぜなら、今までに簡単にくびを切られたゆうメイトを見てきたからです。簡単に時間を短縮されたり、簡単に評価を下げられたりしたゆうメイトを見てきたからです。そしてなにより、評価が良くないと正社員になれないからです。だから、今日も「営業」を頑張ります。
今日も全体ミーティングで偉そうに言うだけの管理者の声が響きます。
「営業が低調です。自社商品を愛してください。目標達成まで一人当たりあと2個です」。
元井 一(32歳)
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