「新社会兵庫」 1月24日号
 いただいた年賀状に「辰年は起つ年」というのがあり、発破をかけられた。昨年は兎年、見る人から見れば、わが身は昼寝にふけった兎に見立てられたかもしれない。恥入る次第である▼昔からタツ年を宛て読みして、年頭に志を立てた人もいたと聞く。家を建てる「建つ年」、旅に立つ「立つ年」。痛ましく怒りなしには語れないことであるが、自ら生命を絶つ人の数は毎年3万人を超える。今年こそそういう事象を「絶つ年」としたい▼干支のないアメリカでは、昨年から「起つ」現象が、1%に対する99%の怒りとして現れている。わが国でも12年こそ「起つ年」にすることに異存はないが、先ず「腹立つ年」となるであろうことを年頭に確認しなければならないだろう▼野田首相の年頭記者会見は、消費税増税のアピールが中心であったが、正月に寄席で演じられる二人羽織を見ているようだった。羽織の中では官僚に匕首を突きつけられていたに違いない▼年があらたまって、福島原発災害は収束どころか怒りようのないほどの全容を明らかにするであろう。国家が犯罪行為によって、国民の生命と生活を奪うさまは露呈されるだろう▼起つしかない。ふらつくことなしに、足腰もしっかり鍛えて。
2012年・年頭に思う
あたり前の活動の実践を
岡崎 進(ひょうご地域労働運動連絡会 議長)
 昨年は、地震と津波、原発事故、台風と実に多難の年であった。2012年も先の見通せない1年となりそうである。リーマン・ショックに端を発した金融危機は、アメリカや欧州の経済危機にとどまらす、日本にも暗い影を落としている。生活保護受給者は過去最多の205万人に達し、若者は職がなく、非正規雇用が4割に迫るなど、社会の貧困化が加速している。
 一方、国民のいのちと暮しを守るべき政治は、被災地の苦しみをよそに、権力抗争に明け暮れている。政府と電力会社は原発事故の責任を誰ひとり取ることもないまま、まるで「何事もなかった」かのように原発の再稼働、輸出に動いている。民主党は小泉構造改革を批判して政権交代を果たした。しかし、「国民生活が第一」を掲げたマニフェストは看板倒れとなり、沖縄普天間基地、消費税増税、武器輸出の緩和、労働者派遣法案の骨抜き、TPPの対応をみるとき、もはや自民党政治と区別がつかない。
 いま日本では、将来への生活不安と政権交代の失望から閉塞感が渦巻いている。その不満を過激な言葉ですくい取り人気を集める橋下徹大阪市長を、メディアは「改革者」として大きく取り上げている。フェミニストで知られる上野千鶴子さんは、昨年12月17日の朝日新聞で、この小泉旋風と同質のハシズム≠フ風に「強いリーダーシップへの期待は思考停止や白紙委任につながりかねません」と、警告を発している。
 問われているのは国民主権と労働者運動である。ひょうご地域労働運動連絡会は2004年11月に結成し、8年目を迎えた。現在、連絡会には7つの地区労、8つの労働組合、1つの労働者団体の計16団体が参加している。この間、私たちはけっして大きな組織ではないが、それでも働く者の誇りをかけて、労働者の権利、非正規の均等待遇、争議支援、未組織労働者の組織化、憲法を生かす活動などに全力をあげてきた。
 働く者が差別され、分断され、労働組合の姿が見えなくなって久しくなる。その職場に労働者の運動をよみがえらせることは容易なことではない。しかし、目を外に転じると、チュニジアのジャスミン革命に始まるアラブの民主化運動。富の一極集中に反対し、貧富格差の是正を求める「ウォール街占拠」行動。EU各国の緊縮財政に反発する大規模デモ。ロシアでも広がる反政府の抗議デモ。そして日本でも強まる沖縄の反基地闘争や脱原発1000万人アクションの取り組み。まさしく情勢は激動しているのである。
 厳しい時代は続くが、何もしなければ何も変わらないばかりか、状況は悪くなるばかりである。最近、若い世代で労働組合の原点を学ぶための学習会、セミナー、講演会が広がってきている。労働組合の強化に特効薬はないが、@まず職場と地域で集まり、話し合う場をつくること。A働く者の当然の要求をかかげて行動を起こすこと。B1つの職場、1つの企業を超えて労働者が交流し、連帯すること。この当たり前の活動をしっかりと実践する以外にない。
 人として尊厳ある労働、安心して生きられる社会を目指して、今年も職場と地域から力を合わせてがんばろう。
問われる想像力と創造力
金丸正樹(ろっこう医療生活協同組合専務理事)
 医薬品や点滴液を目一杯詰め込んだバッグを両手と背中にして福島空港に降り立ったのは、福島第一原発の4号機原子炉建屋が水素爆発した昨年3月15日の昼だった。福島市内の医療生協で苦闘している友人たちに、とにもかくにも必要な物資を届けつつ、どうなっているのか見てこようという先遣部隊としてである。
 福島から脱出しようとする人びとで大混雑の空港ロビーを出ると、あとは車窓から見る郡山から福島市内に至る道々は拍子抜けするほど静かだった。人影がない。「そうか、人は外出できんのやな」。たまに車が列をなしているのはガソリンスタンドである。借り上げたタクシーで現地の医療生協に着き、物資を手渡したのち、帰りは避難する福島ナンバーの車で渋滞の道路を会津若松経由で新潟まで横断し、翌朝なんとか帰神できた。新潟空港から飛び立った機内で思ったものだ、「俺たちはこうやって福島から神戸に帰れるけど、福島の彼らはあそこが自分の居場所なんやもんなぁ」と。
 発災後、当生協は大船渡と福島へ継続的な支援を続けてきている。大船渡への支援は、法人内で手上げのあった看護師、事務が1週間交替で空路花巻に飛び、現地の避難所や仮設住宅を訪問する活動だ。福島への支援は、子供達を神戸に招待しリフレッシュしてもらったり、「原発セミナー」の開催など。さらに職員・組合員・患者などによる募金は、年末までで累計300万円を越えた。
 私たちの医療生協は、まもなく組合員が2万人になろうとしている。3つの診療所と7つの介護事業所で180人余の職員が日々悪戦苦闘し、4つの組合員センターで地域の老若男女の組合員が毎日集まって、いろいろな健康チェックや食事会、勉強会、趣味のサークルをやっている。こうした規模の拡大・発展が必ずしも組織の良好な飛躍とは限らない。むしろきめ細やかな意志の疎通や活動の志が薄まっていないか気になるときもある。
 しかし、東日本大震災に際しては、生協のもつDNAとも言うべき協同の精神が既述のように発揮されたのだ。振り返って思うことは、被災地を我が身に引き寄せて考える〈想像力〉と、先例や組織に拘泥しない〈創造力〉がコトに及んでは大切であるということ。そしてその2つの「そうぞう力」は大衆こそが持っているということである。組織者はその芽を摘まず、育み、水をやることに腐心すべきということである。
 震災後、大船渡市の地元紙「東海新報」と福島市の地元紙「福島民報」を郵送購読している。いずれも地元住民は激減しているから購読者も激減し経営も困難らしい。だから貧者の一灯≠ナ購読する、ということではなく自分たち自身のためにである。忘れないことが最大の支援であり、忘却に抗って…といえば大げさだろうか。「もっと神戸にいたかったです 神戸は福島みたいに放射能がなく 都会で明るかったです 大人になったらもう一度行きたいです」―夏休みに招いた福島の子どもから届いたお礼状は、読み返すたびに私の目を撃ち、襟を正させる。
 今年は支援活動を日常生活の一部にしなければ……と新年に強く思う。
仲間たちに関心を寄せて
神戸ワーカーズユニオン委員長  西 直子
 昨初春、うさぎ年女にあやかり「ホップ、ステップ、ジャンプ」の心意気で過ごしたいと新年の決意をしてから、あっと言う間に1年が過ぎ、また新しい年を迎えてしまいました。毎年、1年が怖いくらいどんどんスピードアップするのはなぜでしょう。それにしても、昨年は、東日本大震災から今も続く原発大事故。日本の歴史の大きな転換の年となりました。私も昨年は還暦で人生の暦が一巡した区切りの年。遅まきながら12月の広瀬隆さんの反原発の講演での叱咤激励と、辺見庸という真摯で自己に厳しく且つ繊細な作家であり詩人に出逢ったことは、60才の内面の衝撃≠ナした。
若き日、「定年まで誰もがいきいきと働き続けられる職場づくり」を組合のスローガンに掲げてはいましたが、その頃は我が身に定年でゴールの実感はありませんでした。それからすでに35年が経ち、昨夏、思いがけず神戸ワーカーズユニオンの委員長という重責を引き受ける巡り合わせとなりました。決して「ジャンプ」とまでは言えませんが、替わりに夜勤明けの帰宅中に原付バイクで「スリップ&ジャンプ?」して、散々周りにご迷惑をおかけしましたが、骨折も入院もない単独転倒事故で、辰年新年2日からはなまった心身・足腰に鞭打って肉体重労働の現場復帰をしています。
私にとっては東日本大震災と、我が還暦・定年と、何より周りの信頼する人たちに背中を押されての「60才うさぎのホップ、ステップ」ではありました。しかし、ようやく決意した真夏のユニオン定期大会直後、頼りにしていた旧友、橋本健次さんの突然のお別れには全身の力が抜けました。でも、彼の草案になる、そして最後となった大会で彼自身が宣言もした神戸ワーカーズユニオンの『友だち宣言』のキーワードである「仲間に関心を持つ」ことの大切さを亡き橋本さんの面影と共に繰り返し思い起こしています。前を向いて、誠意をもって生き、働く仲間に関心を持って私なりにがんばることが、橋本さんに少しでも安心してもらえることかと思いながら。
 当面はユニオンの2012年春闘、そして17回を迎え、また新たな思いが重なることになった「被災地メーデー」の準備開始です。さらに、4月での定年後、高齢者再雇用制度で福祉現場の現役延長をめざしながら、私なりの神戸ワーカーズユニオン新米委員長1年生後半の役割を担っていきたいと思います。
 1990年1月5日、新年初出の日に解雇されてからすでに22年。今も多くの仲間の力で営々と引き継がれている、私たちのたたかいの気力と財力の象徴でもあった「りんご・メロン物販」への今も変わらぬ熱い関心とご協力に対してあらためて感謝致します。
 新年の年頭にあたり、各地で首切りを許さない≠ニ働く者の誇りをかけて果敢に闘っている仲間たちや、職場で孤立し、苦闘している仲間たちにさらなる関心≠寄せ、広げること。そして、腹の立つことやおかしいことに対してキチンとモノを申し、「誰もがいきいきと安心して働き生きる権利」を取り戻すために、ユニオン運動の一翼を微力ながら担いたいと思います。立つ年≠ノなるよう。
社会変革の一歩を踏み出すために 何から始めるのか
新社会党委員長 松枝 佳宏
 より露わな「階級社会」―資本主義の現段階
 資本主義が労働者をはじめ勤労国民に譲歩して支配を継続するゆとりを失ってしまった。国家は、資本の商取引の自由のために、あらゆる労働者保護、福祉、教育、農業、環境のための規制を取り外す。国境を越えた資本の生き残り競争は、勤労国民の犠牲の上に企業の利益を作り出し、一部の富める者と多くの貧しき者の「階級社会」を生み出す。私は、これが資本主義の現段階、要するに新自由主義だと理解している。
 デヴィッド・ハーヴェイの『資本論入門』に次の一節がある。
 「貿易が国境を無視し、製造業者が世界を自分たちの市場とする以上、国家は彼らについていかねばならず、彼らに閉ざされた国々の門戸は打ち壊さなければならない。金融業者が獲得した利権は、政府高官によって保護されなければならない。たとえその過程で、意に従わない国々の主権を踏みにじってでもである。世界にある利用可能な一片の土地も見過ごされたり、使われないまま放置されたりしないためには、植民地を獲得し、そこに入植しなければならない」。1907年の米大統領ウィルソンの言葉である。
 それから100年、資本主義は単なる先祖がえりではなく、さらに多規模に、さらに巧妙にブルジョア的自由を横行させ、貧困と差別が世界を覆う。
 阪神淡路大震災からの「この17年」
 もうすぐ原発震災1年を迎えるが、一方における厳冬の中での仮設住宅の生活、そして今なお将来の生活設計の見通しも立たない放射能からの避難生活、そして他方における民主党政権の右往左往ぶりを比較してみると良い。経済危機の深化の中で、被災者・避難者どころではない政治の現実を明らかにしている。
 この1月17日は阪神淡路大震災から17年、いま「旧」被災地で問題になっているのは都市再生機構などから借り上げた災害復興公営住宅の契約期限切れである。言いようのない苦難を経て「終の棲家」と覚悟した高齢者が転居(追い出し)を迫られているのである。「阪神淡路」は新自由主義の端緒段階、「東日本」は小泉構造改革という日本版新自由主義が吹き荒れた後の社会を襲ったという決定的な違いがある。「この17年」の経過を見るとき、私は「次の17年後」を考えるのである。
 大きく歴史が変わろうとする時代
 反骨のジャーナリスト、むのたけじは『希望は絶望のど真ん中に』(岩波新書)という。私たちは激動の時代、大きく歴史が変わろうとする時代に生きている。チュニジアのジャスミン革命に始まる「アラブの春」、「1%と99%」を問題にしたアメリカの若者の「ウォール街を占拠せよ」運動、南米の「左翼」政権の続出、ヨーロッパの労働者の反撃、韓国民衆の奮戦……世界は大きく動いている。
 日本にも無数の闘いがある。被災地、原発立地地域、沖縄……、生活・労働を通して矛盾に立ち向かう当たり前の運動である。私たちはこのような社会に生きている。どう動いていくか先の見通しも立たず、不安で、厳しいが、資本・権力の側もどう政治支配を続けるのか方向を見出せない時代でもある。無数の闘いが結び付き、一つの流れになったとき新しい社会が生まれてくるであろう。産みの苦しみの時であり、なによりも闘いの中心軸である労働者運動の再生は急務である。
 考え出した、未来を担う若者たち
 未来を担う若者たちが、考え、動き出した。第2次就職氷河期といわれるように卒業しても職がなく、職があっても厳しい労働にさらされている。今日の資本主義は、若者に「今」を保障できないだけでなく、今を我慢すれば「未来」は良くなるということも約束できないのである。ある高校教師の「私たちは貧困ビジネスの片棒を担いでいる」という自嘲にも似た報告を思い出す。高卒の職がなく、いまや「全入」の大学に学資ローン(奨学金)を組んで送り出す、しかし、大学中退、あるいは卒業しても職がなく、残ったのがローンのみという現実である。
 社会に疑問を抱くのは当然である。そして、大阪W選挙のように多くの若者が「何かを変えてくれる」という期待のもとに、橋下・維新の会のデマゴーグに巻き込まれている。そのような危険な動きもある。だが、それは私たち「大人」の責任である。彼らは、「大人」たちのように、高度成長も、戦後民主主義の中での闘いの経験も持っていない。「一つもいい思いを経験していない」のだ。
 社会変革の一歩を踏み出すために
 「昔」、激しい闘いがなかったわけではない。しかし、「賃金で、教育も住宅もすべての生活をまかなう」「働き口によって老後の生活=年金も、医療・介護など社会保障給付も決まる」社会を作り出し、モノが取れなくなると急速に組合離れが始まり、ますます企業内に閉じこもり、企業協力が強まる、このような日本的な労働組合運動の弱点が問われているのである。
 何かうまい方法があるわけではない。幸いにも「橋下流」は地方自治、教育、労働組合の課題を浮き彫りにしてくれている。大所高所からの「現代的なファシズム」に警鐘を鳴らすことも重要だが、生活・労働の中から考え動き出す若者と「大人」の自己批判(経験と知恵と時間)が結びつき、国家責任(自治体責任)を追及する運動へ結実したとき、社会変革の一歩を踏み出すことができるであろう。若者も大人も「99%」なのである。
「主人に聞いてみないと」・・・
 数年間のCMで、退職前の夫を持った妻にJA職員が「退職金をどうされますか」と聞いたところ、渡瀬恒彦扮する夫が妻は夫の言うようにするというようなことを言ったけれど、JA職員が「奥様にお聞きしたいのです」と重ねて言ったところ、妻は「私は……」で終わったJAの年金のCMを覚えている方もあるかと思います。今でも私はこの続きが気になって仕方ありません。「主人にまかせます」とか「主人に賛成です」とか「実は、私はこうしたいのです」とか……。
 家に来るさまざまな勧誘の人に「主人に聞いてみないと」と言うとたいがいの人が帰っていきます。便利な断り文句だと私は思っていました。でも、『主人』は文字通り『ご主人様』で、決定権は夫が持っていて、妻は自分では決められないという主婦がかなりいるようです。何をどうやって決めればよいか意見を持っていないとか、自分の考えはあるが決定権がないとか。
 人生の大半を主人や周りの人に従っていてとっても良いお嫁さんだった人が、人生の最後に自分の意見を通した人を私は知っています。今までずっと自分の意見を押し殺していたのかもしれません。
 今の若い人たちは一見、自分の意見を持ち、ものおじしないで堂々と述べる人が多いようにも見えますが、マスコミの受け売りだったり友達に迎合するものだったりしています。自分の頭でしっかり考え、自分の意見を持つことは大切なことだと思います。自分の意見と違う意見にも耳を傾け、排除したりいじめたりしないことももちろん大切ですが。
 別の知人は、婚家とも折り合いが悪く夫も何を考えているか分からなくて悩みに悩んだある時、ハッと「何もかも捨ててこの家を出よう」と思ったのだそうです。すると、目から鱗が落ちたように気持ちがスッと軽くなったんだそうです。知人は仕事を持っていましたから、自分一人は何とか生活できる経済力はありました。でも、結婚して実家を出てしまうとなかなか実家に戻れないとか、離婚するとたちまち経済的に困るので別れられないという話もよく聞きます。
 精神的な自立のためにも金銭的な自立が大切だと思います。そのためには、できるだけ仕事を持つことです(昨今、なかなか仕事がありませんが)。そして、しんどくても家庭と仕事を両立させることです。行政も女性が働きやすい環境を整備してほしいと思います。0歳児から預かってもらえる保育園の拡充・待機児童解消のための具体的な施策などなど。私の経験からすると、児童手当よりもその予算を施設の充実に充てる方がありがたいと思います。
 訪問勧誘を断る便利な言葉!「主人に聞いてみないと」「年金生活ですから」。
(M)
派遣切りを繰り返させない派遣法改正を
 「はりまユニオン」は、大手派遣先企業で長年不安定な雇用で働いてきた組合員が、派遣社員ではなく正社員化を求めて2年近く闘っている裁判闘争(三菱重工、三菱エンジニアリングが相手)に取り組んできたが、どちらも大阪高裁で私たちの主張は全く認められずに請求は棄却されてしまった。2件とも即刻、最高裁に上告した。
 裁判に大きく影響のある派遣法改正法案は、2010年3月に国会に提出されたが、1年半も審議されずに放置され、2011年11月に民主・自民・公明の3党が派遣法改正案を修正した。派遣法改正の柱である、登録型派遣の原則禁止、製造業派遣の原則禁止を削除し、その派遣のあり方を改めて厚労省の労働政策審議会で検討するとし、違法派遣があった場合、派遣先企業が労働者に直接雇用を申し込んだとみなす「みなし雇用制度」も3年後に延期され、日雇い派遣の原則禁止の対象も、「2カ月以内」から「30日以内」に緩和し、例外を政令で追加するとなった。自民党、公明党の主張を大幅に受け入れた案で、国会で成立を目指したが継続審議になった。
 このような情勢の中では最高裁の結果も大変厳しいものが予想される。当初の派遣法改正案(民主、社民、国民新の3党提出)の早期実現に向けて、「はりまユニオン」も「全国ユニオン」の仲間と一緒に全力で派遣法改正に向けた運動に取り組みたい。
 「はりまユニオン」では労働相談を取り組む中で、最近の相談は、雇用形態もはっきりしない、年休も支給されない、社会保険もない外国人労働者や、職場でのパワハラ・イジメによってメンタル障害になって職場復帰、人間関係がスムーズにいかないといった相談が多くなっていることを感じている。外国人労働者の場合、言葉の問題もあるが、契約内容を本人に十分説明もせず、劣悪な労働条件で働かせていることが目立つ。
 また、加西地域からの相談が多くなり、「はりまユニオン」としても加西地域の支援者とも相談しながら運動を進め、将来は分会も作れるよう準備を進めている。
横山良介(はりまユニオン委員長)